第14話 ご挨拶再び

 婚約発表の日が明日へと迫った今日、自分はルカの妻、つまりアナスタシアの母と面会していた。二人きりで話したいと言われ、何故か今はアナスタシアの部屋で向かい合って座っている。


 アナスタシアの母親はヴィルヘルミーナという名で、アナスタシアと同じように近寄りがたい美貌を持つ女性だった。しかしアナスタシアよりも雰囲気は柔らかく、髪の白さも相まって聖母のような空気を纏っている。


「急に呼び出しちゃって申し訳ないわね。でも、アナスタシアの婚約者とどうしても話してみたかったの」

「いえ、こちらとしても挨拶をしておきたかったのでありがたいです」

「ありがとう、そう言ってくれて嬉しいわ」


 笑みを絶やさないまま、ヴィルヘルミーナが飲み物を勧めて来る。断る空気でもなかったので、ありがたく受け取り、一口含んだ。

 ハーブの香りが鼻を抜けて、緊張が少し和らいだような気がした。


「今日態々二人で話したいって言ったのは、アナスタシアが貴方に迷惑をかけてないかと思ってなんだけど…………、実際のところどうかしら?」

「迷惑が掛かっていないと言ったら噓になりますが、そこまで苦しんでいるわけでは。むしろ自分は苦境から救い出して貰った側ですので」

「救い出して貰ったというのは?」

「自分は一応人族の方では勇者と仰がれていたのですが、切り捨てられそうだったので」

「…………なるほど。分かったわ。教えてくれてありがとう」


 ほっとしたようにヴィルヘルミーナが息を吐く。


「私もルカに振り回されてきた方だから、ヴィラード君が同じように苦労していないか不安だったのよ。振り回されてはいるみたいだけど、そこまで酷そうじゃなくて本当によかったわ」

「…………というと、ルカ様の時は酷かったのですか」

「…………えぇ、正直に言うと」


 そう言うと、ぽつりぽつりと昔の話をしてくれる。


 始まりは当然のように求婚からだったらしい。一介の魔族として過ごしていた、日常生活を送っていた彼女の元に唐突に表れ、どれだけ愛しているかを滔々と伝えて求婚した。そのまま、返答も聞かずに姿を消してしまったらしい。


「多分、忙しかったのだと思うわ。だってあの頃のルカは相手にしなきゃいけないことがたくさんあったから」


 それでも、殆ど面識のなかった魔王に唐突に愛を語られ、魔王という存在を敬愛してはいたものの困惑を隠すことはできなかった。


「ちょっと軽々しいんじゃないのって。だって、出会って直ぐに一目惚れしたとか言ってたんだもの」


 確かにそう思うのも無理はないだろう。一目惚れというものは、落ちやすいが冷めやすい。疑ってかかるのも無理はない。

 事実ヴィルヘルミーナはその事実が気に入らず、果てには抱いていた敬愛心をも失ってしまったのだという。親から遠回しに止められるほど明確に拒絶し、魔王に逆らうことになっても嫁には行かないと言い続けた。それでもルカは止まらなかった。


「まぁ、それでも最終的には絆されてしまった私も私だわ。…………あそこまで熱烈に誘われたらどうしようもなかったのだけれども」

「………まぁ、血は争えないのでしょう」

「えぇ。その通りだわ」


 ルカがそこまで情熱的になる場面は正直想像つかないが…………。まぁ、あの調子でヴィルヘルミーナに付き纏っていた可能性も無きにしも非ずだ。彼ならやりかねない。


 アナスタシアも、本来はあの調子で落ち着いた性格なのにあんな暴挙に出た。あの血筋なら何をしても可笑しくない。それこそ、誘拐などと言う行動を取らなくて良かったと言うべきなのだろう。

 自分の場合はあのまま王国に帰ったとしても家族と会うようなことは出来なかっただろうから、どちらかと言えば好都合なのだが。婚約が無事に公表されたら、アナスタシアを連れてかもしれないが、実家に顔を出すぐらいはさせてくれるだろう。人族側が許してくれるかは別として、アナスタシア個人は許してくれるような予感がしていた。


「…………それで、アナスタシアが嫌いになったりはしていない?」

「好きですよ、アナスタシアのことは。………すいません、呼び捨てで。彼女にそうしろと言われたもので」

「えぇ、アナスタシアならそう言いそうだわ。だから気にしないで。………それで、そう。アナスタシアのことは嫌いじゃないのね。それは本当に良かった」


 ヴィルヘルミーナに、自分の母親の顔を見たような気がした。どの家でも母親という者は強く、優しいのだろうか。自分の家の母親はもう少しがさつな部分があるが。


「それこそ最初は突然でしたが、アナスタシアは素敵な女性ですから。心配はなさらなくてよろしいかと」

「そう言ってくれると嬉しいわ」


 残念ながら自分の中に、アナスタシアを嫌うという選択肢は残っていない。


「私は婚約には全面的に賛成よ。………本当はウィラード君のご両親にも挨拶をしたいところなんだけど。ご両親はご存命かしら?」

「連絡を絶たされていたので詳しくは分かりませんが、多分まだ健在だと思います」

「…………ウィラード君も、苦境に立たされてきたのね」

「自分よりも苦しい経験をしている人がいるとは思いますが。それなりに辛くはありました」


 それももう気にならないが。何せここは平穏だ。


「私たちは、ウィラード君を歓迎するわ」

「…………ありがとうございます」


 ヴィルヘルミーナは優しく笑った。

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