第13話 ご挨拶

「では、父上に会いましょう」

「………今?」

「今です。先延ばしにしたくはないので」

「了解」


 若干アナスタシアに引っ張られるような形で部屋を出る。すぐそこでは使用人らしき人が待ち構えていた。空気を読んで部屋には入ってこないでいてくれたのだろう。


 アナスタシアがその使用人の女性と一言二言交わした。その女性の後について魔王城の中を歩く。


「どこにルカ様はいらっしゃるんだ?」

「…………敬語とそうでないものが混ざってると不思議な話し方になりますね」

「ルカ様に敬語なしで話すわけにはいかないだろ?」

「確かに。敬語使った方が楽なのならば、父上と会うときはそれでもいいです」

「いいのか?」

「ええ、もとはと言えば私の我がままですから」


 我が儘という認識はあったらしい。もう困っているようなことはないのだが。何なら仕事中にアナスタシアに敬語で話しかけていた時のほうが違和感があったほどだった。


「それで、父上ですが、多分どこかで働いてるのだと思います」

「多分」

「ええ、魔王を引退してからはかなりの自由人になったので。母上と仲睦まじいのは変わりませんが」


 案内されたのは、魔王城の中でもまだ訪れたことのない場所だった。あまり自分勝手に出歩くのも良くないかと思って下手な散策は控えていたのだ。


 通された部屋の中で、アナスタシアと二人で待つ。直ぐに扉は開いた。


「………えーと、アナスタシアに呼ばれて来たんだけど」


 部屋を訪れた男性───ルカが、気まずげに視線を逸らして言葉を発した。アナスタシアは何故そんな顔をされているのかが分からない困惑顔で、俺はと言えばアナスタシアとは違う困惑で言葉を失っていた。


 部屋の中に入って来たのは、魔王城に来た頃から使用人として見かけることが多々あった『ルカ』だった。名前が同じだとは思っていたが、まさか本人だとは思いもしなかった。


「………あー、君のことを試すような真似になってしまって申し訳ないとは思っているよ」

「どういうことですか?」


 アナスタシアが疑問の声を上げる。少し荒げた声から、アナスタシアがいらだっていることが分かった。


「ちょっと使用人の仕事をしようと思って、ウィラード君の召し使い的なことをしてたんだよね…………」

「………娘の婚約者と知っておきながら、ですか」

「ごめんって」


 二人が言葉を交わしている最中、俺は必死にここ数日のことを思い返していた。何か粗相をしていないかと記憶を探る。鍛錬筋トレをしていたのは見られただろうが、それは若干恥ずかしいだけであって問題ではない。普段は敬語を使って話していたし、問題となることはなさそうだった。


 少し安堵していると、なおも親子で口論───というよりアナスタシアが一方的にルカを責めているだけだったが───をしていたアナスタシアが、こちらを向いた。


「ウィルも知っていたのですか。父上が使用人をしていたことを」

「いえ、使用人の『ルカ』が先代魔王のルカ様だということは今知りました」

「普段はウィラード君がアナスタシアに敬語を使ってないことは知ってるから、無理にかしこまらなくてもいいよ」

「父上は少し黙っていてください」

「………はい」


 ルカがアナスタシアに睨まれて俯いた。可哀そうに。


「何か変なことはされませんでしたか?」

「………本当は先代魔王だったってことを考えられないほど、普通の使用人だったな」

「父上は意味の分からないところまで器用なので、気が付かなかったのでしょう」


 呆れた視線を向けるアナスタシア。ルカの精神状態はもう復活したようで、机の上に置いてあった菓子類に手を伸ばしていた。このぐらい我が強い人でないと魔王は務まらないのだろうか。アナスタシアにしてもそうだったが。


「本当はもう少し真面目に紹介する予定だったのですが、その気も失せました」

「あー、ターシャ。そこまで厳しい対応しなくても」

「いえ、父上は放っておくと暴走するので」


 不思議そうな顔をしたルカが顔を上げる。その表情を見てアナスタシアが溜め息を吐いた。


「もうご存知かと思いますが、この人が私の婚約者です」

「今代勇者をしていました、ウィラードです。この度はアナスタシアの婚約者にならせていただく運びとなりました。よろしくお願いします」


 一応丁寧に挨拶をし、頭を下げておく。顔を上げたときにはルカは嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「いやー、この娘にも春が来るとはね」

「生物としての摂理です」

「少し前まで恋愛に興味ないなんて顔をしていたのにね」

「魔王であれと抑えていただけですが」

「普通に興味が湧く人に出会っていなかっただけだろう? 私の家系は一目惚れしやすい家系なんだ」

「…………そういえば母上に対しても一目惚れでしたね」


 アナスタシアが諦めたように溜め息を吐いた。

 自分はと言えば、彼女が自分に一目惚れしたという言葉に動揺していた。自由奔放な性格でありながらも、大切な場面では適切な判断を下せる。それが自分からアナスタシアへの評価だった。ここまで明け透けに話されてしまうと、何となく居心地が悪い。


 ルカに促されてソファへと腰を下ろす。アナスタシアは無言で隣に座ってきた。父親の自由な様子に若干不機嫌になった彼女は、そのまま机の上にある菓子類を手元に引き寄せる。ルカに残された分はない。

 悄気しょげた様子のルカを尻目に、アナスタシアが菓子を一つ手渡してきた。


「それで、父上は婚約を承認してくださるということでよろしいのですか」

「うん。どうせ断ってもアナスタシアなら諦めないだろうし、いいよ」

「…………ありがとうございます」


 思考がばれていることが不服なのか憮然とした様子のアナスタシアが、もう一つ菓子を手渡してくる。美味しいことには美味しいのだがここまでされると餌付けをされているように感じてしまう。

 端から見ればその通りの光景なのだろうが。


 そんな様子をルカが微笑まし気に見つめている。娘の幸福を想っているのか、それとも純粋に野次馬根性で笑っているのか。きっと後者だろうと勝手に結論付けた。


「じゃあウィラード君。娘のことをよろしく頼むよ。少し強引だったとは思うけど、アナスタシアの思いは本物だから。今は難しいけど、人族と魔族の垣根がなくなるようにもしてくれるだろうし。君のためにね」


 柔らかい表情のまま、ルカが言う。その表情が一瞬真剣みを帯びたことに気を取られながらも、ルカへと向き合った。


「自分がターシャ───アナスタシアの事を任されるという言い方をなさられることに違和感はありますが。自分からアナスタシアを受け入れないようなことはないかと」

「…………うん、君らしい。いいね」


 どうやら、魔王の父親にも受け入れられた様子。段々と魔族の中腹へと進んで行っているような気がして───そもそも初手で魔族の長たる魔王に誘拐されているのだが───もう後戻りできないのだと身に染みて思った。

 何となく嫌な気はしなかった。

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