イザナイガタリ

サルベージ

　翌朝、CELIAを訪れたみづほが目の当たりにしたのは、狭い店内を埋め尽くさんばかりに積み上げられた段ボールの山だった。それは、足場を見つけることも難しいほどに。

「何これ……」

　みづほが呆然と呟いた直後、背後で車が止まる音が聞こえた。振り返り、彼女が視たのは、またもや段ボールを山積みにした軽トラだった。

「おはよう、みづほ。今日もよろしくね！」

「これは何の騒ぎなんですか⁉」

　質問の答えが返されたのは、軽トラの積荷を店内にやっとのことで詰め込んだ後だった。

「髑髏の貌をサルベージするわよ。公共の監視カメラの映像、ネットにあげられた動画、写真、新聞や雑誌の記事、SNSの投稿、ありったけ全部掻き集めてきたわ！」

「正確には、マダムが蒐集していたものを借りてきたんだけどね」

「つまり、こういうこと？　手当たり次第にこの町の情報を漁って、髑髏の貌に関わりのある情報をピックアップすると？」

「大正解（ザッツライト）」

　当然のように胸を張った美玖を見下ろして、みづほは頭を痛めた。

「そんなの人手が足りるわけないじゃない！」

「だからみづほを誘って人手を増やしたのよ」

　なおさらのこと頭を痛める。もう帰っていいだろうか。

　みづほが美玖との関係に後悔を抱いたのは、これが初めてだった。

「怪異の世界って、もっと華やかなものだと思ってた」

　パソコンを睨みつつ愚痴をこぼす。真知は乾いた笑声を上げ、宥めるように返す。

「怪異に頼って解決することなんて割と限られているからね。こればかりは仕方ないよ」

「それはまあ、わかるけど」

《思考螺旋》を町中の人間に適用するわけにはいかず、美玖は戦闘第一主義の脳筋タイプ。みづほに至っては怪異を持たない。捜索作業は、自然と地道な方向となる。

　そうやって愚痴を言い合う間にも手は止まらない。みづほは担当が静止画や文章でよかったと心の底から胸を撫で下ろした。動画をチェックすることになれば、一時間も経たないうちに音を上げていただろう。

　画面を切り替える。表示されたSNSの投稿には『髑髏のパーカー』といった言葉が紛れ込んでいた。髑髏が印刷されたフードを被っているという姿は、やはり悪目立ちをするようで、みづほが想定していたよりも多くの目撃情報が見つかる。

　気がかりなのは、目撃情報から推察できる《髑髏の貌》の容姿だった。

　時にわんぱくな少年であり、時に大柄の男。痩せぎすの女であり、髪の長い老婆。

　体型や性別、年齢までもが多種多様に溢れ、共通事項として認められるものは髑髏のフードだけだった。

「これってどういうことなのかな？」

「考えられる可能性としては、髑髏が組織の特徴（トレードマーク）であるということかしら。それなら多種多様な人物で溢れていても不思議ではないけれど、それにしては行動パターンが単調すぎる。おまけに同時刻で目撃されるのは一人だけ。これを複数人の行動だと見做すには、あまりにも不自然よ。それこそ、同一人物だと断じてもいいほどに……」

「やっぱり、何かしらの怪異が絡んでいるってこと？」

「可能性はあるわ。こんな世界に関与しているくらいだから、不思議でもないしね」

　それからまた、サルベージを続けること数時間。目がブルーライトにやられてどうしようもなくなってきた頃には、髑髏の貌の容姿から行動パターンに至るまで、あらかたの情報が集められた。

「このくらいでいいだろう。あとは足を動かす時間だ」

　パソコンを閉じると真知は立ち上がり、店の奥からアタッシュケースを取り出してきた。バックルを外し、中身をカウンターに陳列していく。無線通信機にGPS端末、モニターを兼ねた腕時計。果てはナイフから拳銃に至るまで、物騒な武器の数々が登場する。

「これってスパイ映画だったっけ？」

「いいや、泥臭い怪異譚だ。刺激的なものがご所望なら、あいにくとお門違いだ」

　拳銃に弾倉が込められる。慣れた手つきで装備を整える真知を見やり、美玖が補足した。

「仕方ないのよ。《思考螺旋》は怪異に関与できない。だからこその対怪異最弱なの。それなのに大抵の怪異は獰猛で、人智を越えていて、人間の地力では対処できない。それが焼け石に水だとしても人類の叡智に頼るしかないのよ。だから、逆に言えば、私はこれだけで充分」

　ふふんと鼻を鳴らして、無線機だけを手に取った。椅子から飛び降りる美玖を見つめ、今度こそお役御免だと悟り、みづほはパソコンの電源を落とした。

「出かける前に珈琲を淹れていってね」

「了解しました、お嬢様。ついでにフォレノワールもご馳走しよう」

「ふぉれ……何？」

「シュバルツヴェルダー・キルシュトルテとも。平たく言えばチョコレートケーキ」

「ずるい！　私も！」

　抗議の手が上がり、彼女達の出発が遅れることが確定した。

「いってらっしゃい」

　まだ食べる！　と駄々をこねながら引きずられていった美玖を見送り、みづほはフォレノワールにフォークを突き刺した。

（これも真知の手作りなのかな）

　そうだとしたら、怪異退治に明け暮れるよりもこちらを専業にした方がよっぽどいいのにと感じ、それが叶わないことを思い出す。また、やるせない気持ちが胸に広がる。

「うん、美味しい。太っちゃうな、こんなの毎日出されたら」

　次の一口に手が伸びる。