終話

吉良宣直(終)


"大往生"


「はっ」


「それ!」


吉良城から五里、仁淀川周辺の


山川の地で、


宣直は、家臣一同を引き連れ、


領民と共に鮎猟を行っていた


「殿!」


家中で一番の剛力の榊(さかき)新左エ門が、


袴(はかま)の裾(すそ)を捲(まく)り上げた


宣直の元まで寄ってくる


「見て下され!


見事な鮎で御座ろう!」


榊の溌剌(はつらつ)な姿を見て、


思わず宣直の顔が綻ぶ


「殿! こちらも取れましたぞ!」


「何じゃ、ずいぶん小さいのう」


家臣が我先に獲った鮎を


宣直に見せようと宣直の下に詰め寄る


「・・・・」


川原のへりに置かれた床几(しょうぎ)椅子に座りながら、


宣直は空を仰ぎ見る


「・・・・」


宣義の事がふと思い出された


「・・・


 どうじゃ、宣義


 この家臣の様を。


 儂の申す事は、間違いではなかったであろう」


刻限は正午になり、皆川から上がり


領下の民と共に、吉良家一同で椀をあげる


「殿! 見て下され」


家臣の矢坂が獲った鮎を宣直に見せる


宣直は黙ってこくりこくりと頷く


「おお そうか、そうか」


「何を申すか! 殿! 


 こちらの鯉(こい)をご覧召されよ」


榊も負けじと獲った鯉を宣直の前に出す


家臣の意気揚々(いきようよう)とした姿に宣直の溜飲(りゅういん)も下がる


「やはり民というものはこうでなければな」


川原で床几椅子に座っている宣直の目から、


川原の至る場所に、家臣や領民の


軒昂(けんこう)な様子が垣間(かいま)見られる


あまりに盛んで、遂には杯(さかずき)を挙げ、


酒を飲む者までいる


「やはり城主とは斯くあるべきだな」


皆で酒を回し、大いに盛り上がっていると


突然、土手の方から、早馬が飛んでくる


「ブルルッ....」


乗り手は甲冑(かっちゅう)を付け、傷を負っている


「ど、どうしたのだ!」


榊の言葉に早馬で乗り付けてきた


甲冑姿の小姓が口を開く


「き、吉良城」


余りに馬を飛ばしてきたせいか、


小姓は息を切らし、項垂(うなだ)れている


それを見た矢坂が、杯を片手に


急かす様に問いかける


「吉良城がどうした! ええ!」


やっとの思いで息を継いでいる様な姿で


かすれ声を出しながら、小姓が漸くと口を開く


「き、吉良城、ら、落城にて御座りまする、


 ・・・」


そう言うと小姓は息絶えた


「・・・」


「城が」


「ら、落城」


「本山が攻め寄せてきたか・・・?」


陣内が騒然としている中、


別の早馬が陣内に駆け付けてくる


「と、殿!」


「なんじゃー!」


「吉良城を攻め落とした本山が!こちらに向かって


 兵を進めましてござるっ」


「も、本山・・・っ!」


河原には、吉良家の者は元より、


本山家に関りが深い領民も数多くいる


「民を省(かえり)みぬか・・・」


木田が口を開く


「と、殿!」


「何たることよ・・・」


木田の呼びかけを聞いているのか、いないのか、


宣直の眉間(みけん)にぴしりと皺(しわ)が寄る


「と、殿・・・」


「・・・!」


一寸経って宣直は我に返る


「川原にいる兵共を集めよ」


「・・・・」


状況に慌てているせいか、


木田は、何も言わず宣直を見ている


「この場には、どれ程の兵がおる」


「・・・あ!」


木田は、驚きながら辺りを見渡す


「じょ、城中の主だった者が全てかと」


「・・・そうか」


捨てる神有らば、拾う神在り


最早(もはや)動転していて正常な判断が付かない


木田を尻目に、宣直は、河原にいる


人影を見渡す


「・・・」


慌てている木田を尻目に


宣直は、周りを見る


「(兵の数はおるが・・・)」


だが考えれば、何も持たず


この場に来た宣直たちには


甲冑も無ければ槍もなく、刀など数える程しかない


「よ、よし、迎え撃つぞ! 支度(したく)を整えよ」


宣直の一言で、川原にいた家中の者が


身支度を整える


「・・・まだか!」


四半刻程立つと、物見に出ていた家臣が、


陣に引き戻ってくる


「と、殿! 本山が目と鼻のさ、先に」


「・・・」


宣直は泰然(たいぜん)とした様子で、


床几椅子の上で目を閉じる


「と、殿」


我を失ってる木田の言葉を尻目に、


宣直は、考え込む


「家臣一同が見守るこの大戦(おおいくさ)...


 家老がその様な様子では


 家臣に示しが付かぬであろう。


 ここは是非(ぜひ)、意を決して狼狽(ろうばい)せず、


 胸を張れ!」


「そ、そうでございますな...


 よ、よし、陣に着け!」


布陣した吉良の軍勢を遠目に見ていた


本山軍は、元より吉良家の者達が


武具を持っていない事を察しているのか


特に急ぐ訳でも無く、


ゆっくりと吉良の陣から


半里程の場所に布陣すると、


そのまま湖面の水面(みなも)の如き


静けさで滞陣している


「・・・」


「動きませぬな」


半刻程立った頃だろうか、


静寂(せいじゃく)を保っていた本山家の軍勢の中から、


一騎の騎馬武者がゆっくりと


両軍の間に進み出てくる....


「な、なんだあれは」


宣直が木田に問う


木田が答える


「恐らくは何某(なにがし)かの使者で御座ろう」


本山の陣から進んできた騎兵は、


吉良の陣から一町程の距離に進むと、


馬を止め、大声で吉良の陣に向かって叫ぶ


「我こそは本山の将、 門田 重清なり!」


吉良の軍勢は固唾(かたず)を飲んで


その口上に聞き入っている


「すでにこの戦! 大勢は決してござる


 無駄な血を流さず、この本山に下られよ!」


木田が宣直の前に進み出る


「殿、軍勢はこちらも少なくは御座らん


 むざむざ下る事は御座りませぬ」


宣直には下るつもりは無いが、


余りに多くの事が起き、言葉が出て来なかった


本山の騎兵が続ける


「・・・


 どうした! 吉良の軍は口も満足に利けぬか


 それとも我が本山と一戦交える御積りか!」


門田が馬をゆっくりと、吉良の陣の右に左にやる


「すでに吉良城は我が本山の掌中(しょうちゅう)!


 見たところその有様(ありさま)では


満足に戦えぬで御座ろう!


 降伏なされよ!」


突然、押し黙っていた吉良の陣中から


馬に跨り、剛力の榊が門田の前に出る


「本山の戦とはこの様な御振舞(おふるまい)か!」


「・・・何を申す」


「領下の民の事を考えず、


今までの散々の厚恩を


仇で返すお積りか!」


「バン」


突然乾いた音が川原に響き渡り、


馬に乗っていた榊が地面に突っ伏す


音がした方を見ると


火縄を持った銃砲兵の姿が見える


「・・・残念でござる」


門田が馬を自陣まで引き返す、


と同時に本山の軍勢が一斉にこちらに向かって


迫り寄せてくる


「う、討てー! 討てえええええええっ」


宣直が自軍に向けて檄(げき)を飛ばす


・・・


元々、この戦、


いや既にこれは戦では無かった


甲冑もつけず、槍も碌に持たず、着のみ着のままで


この場にいる吉良家の軍勢は


本山の陣に向かって行くが、


或る者は銃で撃ち抜かれ、


或る者は矢で射られ、


かろうじて敵陣に辿り着いた者も


敵陣に辿り着くまでの間に


力を使い果たし、


本山の槍兵の前に力尽きて行った...


本山は勝ち戦の勢いに乗り


圧倒的な勢いで吉良軍を叩き伏せる


ついに、本山の軍が、宣直のいる陣内へと到達する


将と思われる騎兵が名乗りをあげる


「そ、そこに見えるは本山宣直と見た! 


 わ、我こそは酒田! 名を恭二郎、


 首級(しるし)頂戴致す!」


酒田が功を焦ったのか、


それとも馬上の戦いに慣れていないのか、


槍を捨て脇に抱えていた太刀を抜き


宣直を斬り殺そうと迫る


「ずん」


太刀で宣直を刺しにきた酒田を、


横で見ていた木田が突き刺す


「殿! お逃げ下され!」


宣直は無表情だった


既に城は落とされ、行く先も無い


戦も大勢が決し、覆す事も儘(まま)ならず...


酒田が倒れて直ぐに、別の騎兵が宣直に向かってやってくる


しかも一騎では無い


木田が刺される


身に着けている物から将兵と見た


本山の軍勢が我先に木田の首を引き千切りながら


奪い合っている


「木田・・・」


言葉を発した直後、


宣直の体を馬が蹴り上げてくる


「ズサッ」


宣直は、蹴り上げて来た馬の腹を


大太刀で払い上げるが、


多勢に無勢か、宣直の体に


本山の槍が突き刺さる


「げ、下郎共-----」


「御免!」


「・・・・!」


宣直はなおも果敢(かかん)に、


本山の槍兵を幾人か切り伏せるが


「ズンッ!」


「首級頂戴いたす!」


「ぐ、ぐおおおおおおっ!」


鬼門の表情を浮かべた


宣直の五体に本山の槍が容赦なく突きつけられる


「・・・っ、っ...」


「宣直ぁああああああっ」


「っ------」


宣直が最後に見たのは、


本山の兵が馬上から無表情で


槍を打ちおろして来る姿だった


宣直は、死んだ








だが、吉良の名跡は本山によって語り継がれ


子々代々様々な紆余曲折があって


繁栄していくのだった...


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「吉良 宣直(のぶただ)」 ろわぬ @sevennovels1983

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