第8話
吉良 宣直(八)
"このままでは行かぬ"
国境にいる本山の存在が
宣直の理を慮(おもんばか)ったのか、
宣義の目に写る宣直の仕様は、
己の求める君主の振る舞いではなくなっていた…
狩猟や酒を好み、
政務は家老である宣義に一任し、
宣直は、宣義の諫言を聞き入れず
君主として己の道を歩んでいた
「殿!」
今日も家臣の木田を連れ、
身支度(みじたく)を整え、
城を出ようとする宣直を宣義が諫める
「・・・
何用でござるか」
宣直の横にいる木田が、
宣義に返事をする
「己に話しているのではない」
割って入って来る木田を
宣義が制する
木田は嫌味な顔浮かべ、
宣義に反駁(はんばく)する
「・・・
宣義殿、如何に大殿の血身(ちみ)で、
家老であろうとも、
ちと出過ぎでは御座らんか
これではどちらが家の長か、
分り申さん」
木田がそう言うのを、宣直は
黙って見ている
「・・・
この本山との状況が逼迫(ひっぱく)している
この時期に、狩猟に出かけられるとは…
この様な折こそ、なおさら努めねば、
家臣共に示しが付きませぬ」
宣義がそう言うと、今度は宣直が答える
「お主がいるであろう
一人でできる物を何故
人を割く」
馬上で宣義を見下ろしながら
宣直が、宣義に返事をする
「人は見たままに物を見るのでござる
如何に殿が、臣の居ぬ間に
働こうと、それを家臣に示さねば、
無能の輩(やから)と思われる物でござる」
宣直は、弓を張り終えると、
弽(ゆがけ)を取り出し、それを眺(なが)めている
「殿...!」
宣義が、更に諫(いさ)めようとするが、
宣直は、宣義の顔を一瞥(いちべつ)し、
呆(あき)れ顔を向ける
「よい 下がれ」
「殿! 他家に囲まれているこの折に
何故勤めませぬ」
「当主は誰だ」
宣直の顔が歪(ゆが)む
宣義は若干怯(ひる)んだが、
押し黙って宣直を睨み付ける
宣義の態度を見て、
宣直が言を接(つ)ぐ
「戦時には戦時の倣(なら)いがある
紙を読んで戦に勝てるか
書が家を助(すけ)てくれるか」
「・・・
文武両道と言う言葉が御座います
古(いにしえ)から聖王は、両形を揃(そろ)える物、
力だけでは野盗と変わりませぬ」
「では、楚の項羽は何故
覇者になった
己の槍で、他国を抑えたからであろう」
「その項羽は劉邦に敗れまして御座います」
「では石勒(せきろく)はどうじゃ
弓馬(ゆんば)を鍛(きた)え、
周りの国を平らげていった」
「それは数少ない古事で御座います
史歴を見ますれば、
その様な王は多くは御座いますまい」
「・・・
では判官(ほうがん)九郎義経は
平家を倒した功績は
義経あっての物であろう」
「最期は兄の頼朝に縊(くび)り殺されておりまする」
宣直は、宣義の聖文を解さず、
宣義は、宣直の直言を解する事ができなかった
「昔から、君子は
下は臣民を慈(いつく)しみ、
上は社稷(しゃしょく)を祀(まつ)り、
小事には捕らわれず、
大事に目を向ける物で御座る
狩猟や、酒色などは、
臣下がする行いであり、
君子がやる物では御座らん」
宣直には、宣義の言葉が
知恵が先走り過ぎていると思ったのか、
その言、正中を得ず、
甚(はなは)だ虚言の様にしか聞こえない
「・・・・」
宣直は、宣義が諫めるのも聞かず、
そのまま馬の轡(くつわ)を手に取り、
城外に出ようとする
「・・・」
城から出て行く宣直に
宣義はかける言葉が見つからず、
宣義は一人で城へ引き返して行った
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます