第2話
「吉良 宣直(弐)」
"内憂外患(ないゆうがいかん)"
「このような時代に、
まともな神経でおれるはずがあろうか」
宣直は思う
齢十一にして、酒の味を覚え、
十三にして女を知った
いつ東の境にいる本山家と戦になるか
そう考えると、
毎晩鬱鬱(うつうつ)として、気が気ではない
酒に溺(おぼ)れ、
女に溺れ、
気がついたら意識を失い、床に着いていた
「ガラ」
宣直の居室の襖が開く音がする
「・・・・」
不意に、宣直は
側妾(そばめ)の肩越しに枕元に置いていた
脇差を手に取る
「若! 若!」
「・・・何ぞ」
宣直が脇差を手に、
片膝(かたひざ)を立てながら
襖の辺りを見ると
「起きて御座ったか」
そこには叔父であり、家老である
宣義が立っていた
宣義は、宣直の床を一瞥(いちべつ)するなり、
宣直の枕元に転がっている
酒瓶(さかびん)に目をやる
「・・・
酒でござるか」
「何用じゃ」
宣直は、悪びれる様子も無く
憮然(ぶぜん)とした顔を浮かべながら
宣義に目をやる
「・・・」
宣義は、宣直の脇に寝ている
乱れた着物姿の女に目をやる
「横にいる女子は...」
宣直の隣に寝ている女の顔を宣義が覗き見る
「・・・・」
宣直は宣義の視線にまるで狼狽(ろうばい)する
素振りもせず、布団を上げ、着物を直す
「なに、女と言う物は、知れば知る程
味が出る
これも男の甲斐性よ」
こちらをまるで意識する事も無い
宣直を見て、宣義の眉が動く
(少し放縦(ほうしょう)に育てすぎたか)
宣直の父である宣経は、なかなか男子を授からなかった
それ故に、宣直が生まれた時の喜びは
一入(ひとしお)だった
歳をとってからの子供は可愛いものである
「そ、それより、何用じゃ
この夜更(よふ)けに」
せっかく気分良く床についていたところを
宣義にああだこうだと小言を言われては
たまったものではない。
宣直はさっさと着物の襟(えり)を正し、
宣義に目を向ける
「殿がお呼びでござる」
宣義は、一言そう言うと部屋を出て行く
「・・・父上が」
宣直は慌てて着物の帯を締(し)めると
足早に宣義の後を追う
天守に辿り着き、襖の外から呼びかける
「父上! 宣直まかりこしてござる」
「入れ」
襖を開けると、宣経が険しい表情で
こちらを睨(にら)みつけている
「・・・・」
(これは只事(ただごと)ではない)
宣経に気後(きおく)れしない様、
平静を装って
「どかり」
と側に座る
「・・・
酒臭いな」
宣経が不機嫌そうに尋ねる
「な、なに、酒は武芸の嗜(たしな)みとも申すゆえ、
どうともござらん」
「まあよい、
お主今年でいくつになる」
「これは異なことを、
先日元服を迎えた通り、
当年で十五になりまするが」
「十五か...」
宣経が何やら含みを持った表情で答える
答えたきり、宣経は一言も発せず、
手元にあった茶碗(ちゃわん)を眺(なが)めている
何も喋らぬ父親の態度に、
宣直も黙した
「・・・」
しばらく沈黙が続いた
宣経は茶碗を上にかざしてみたり、
下に置いたりしている。
(訳が分からぬ)
とにかくこのまま沈黙が続いても
耐えられぬ、宣直が堰(せき)を切る
「・・・
見事な茶碗でござるな」
宣直が、そう言うと、
宣経はちらりとこちらを見たが、
視線を茶碗に戻し、
相変わらず黙したまま何も語らない
「天目茶碗(てんもくぢゃわん)でござるか」
これと言って茶碗などは有難くもないが、
このまま押し黙っているのも
妙なので、宣直が語りかける
「分かるか」
分かるも何も、その様な事は
城下の子供でも知っている
「・・・
何か用があったのではござらんか」
宣経が一向に話をする素振(そぶ)りを見せないので、
宣直が焦(じ)れたように聞く
「・・・
名来(なごろ)衆の事は知っておるな」
名来衆とは東の本山家との国境付近に
居を構える、吉良方の国人衆である
「名来が何か」
「近頃東の本山家と誼(よしみ)を通じておるようでの」
「・・・
名来が、本山と」
宣直は驚いた。
名来と言えば、宣経の父、宣忠の代から
吉良方の国人衆として、使えてきた
いわば、譜代(ふだい)の臣である。
それが本山家と誼を通じているとは...
「捨て置けませぬな」
如何(いか)に元服したばかりの宣直と言えども、
事の重大さは分かる
名来が本山家について、その勢力下に納まれば、
吉良家の主城である吉良城は
本山家にとって裸城(はだかじろ)同然である
宣経が茶碗を置く
「・・・
お主行って確かめて来い」
「・・・拙者(せっしゃ)一人ででござるか?」
「お主はまだ物が分からん
宣義を連れて行け」
「叔父御(おじご)と」
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