「吉良 宣直(のぶただ)」

ろわぬ

第1話

戦国武将伝


「吉良 宣直(のぶただ)」(弌(いち))


作:井田 謙二


享禄(きょうろく)二年、土佐の地では守護代である細川氏が、


応仁の乱により徐々にその力を失うと、


在地の豪族たちが、勢力を拡大し、


土佐の地を各人で治めるようになっていた。


世に言う、


"土佐七雄"


である。


"土佐国吾川(あがわ)郡"


四国の中央より、


やや西に位置する、この地は古くは、


鎌倉幕府の罪人を流す流刑地として知られ、


源氏の流れを汲(く)む氏族も多い


吉良氏もそのような清和源氏の流れを汲む氏族であり、


土佐七雄の一角を担(にな)っていた


吉良宣経|(きら のぶつね)


「お主も今年で数えで十五。


 今日はまことめでたい」


吉良宣直|(きら のぶただ)


「父上...


 されど我が吉良家の国外には、


西は一条、東は本山家、


 さらにその東は長宗我部家も台頭(たいとう)していると


 聞いておりまする。」


吉良宣経


「・・・


 そうじゃ、それ故(ゆえ)、お主は、尚の事一層


 励(はげ)まねばならん」


吉良宣直


「・・・


 心得ておりまする」


土佐国に割拠(かっきょ)する土佐七雄の一つに数えられる、


この吉良家では、当主宣経の代になり、


逼迫(ひっぱく)した状況に追い込まれていた。


土佐国の守護代である西の一条家とは、


従属関係を築き、伊予守(いよのかみ)の位を授けられていたが、


東の国境を一(いつ)にする、本山家とは、


いつ戦が起きてもおかしくないような状況になっていた。


そのような状況の中、次期当主である


吉良 宣直


は、吉良城から二里ほどの潮江天満宮にて


元服の儀を済ませ、帰途に着いていた


馬に体を預け、日暮れの道を、


吉良城へと向かう


「しかし、親父も潮江天満宮で


元服の儀を済ませ、とは


 道真(みちざね)公にあやかって


少しでも学問に励めと言う


 心積もりか」


吉良 宣義(のぶよし)


「学はこの乱世においては生き死にを左右する


 必須の知識でござる。


 学びすぎて損はござらんぞ」


吉良宣義、吉良家当主である宣経の従弟(いとこ)である。


学問に秀で、一時は家臣から宣経を差し置いて、


吉良家の当主になる事を推戴(すいたい)されたが、


吉良家の傍流(ぼうりゅう)である事を理由に、


当主を辞退し、今は吉良家の家老として、


宣直の目付け役を任されていた


「相変わらず叔父貴(おじき)は固いのう」


いつも通り口やかましい、宣義の


教義のような一言に、宣直は辟易(へきえき)していた


この叔父からは、何かにつけて、


やれ稽古(けいこ)だ、学問に励め、などと小言を言われ、


うるさくて仕方が無い。


吉良城下の街を家臣を引き連れ、馬で歩く。


城へつながる大通りを歩くと、


次期当主である宣直の晴れ姿に、


城下の民が、感嘆(かんたん)している。


「あれが、宣直様、


見るからにご立派な姿をしてなさる」


どこから聞こえてきたかも分からない


町人の声が耳に入る。


「まあ、なんと見事な」


他愛の無い一言だが、普段城中で


厳しく躾(しつけ)けられている


宣直には、非常に耳障(みみざわ)りがいい。


宣義が諫(いさ)める


「・・・


 若、町人と言うものは、見た目ではああだこうだと、


 人を褒(ほ)めるものでござるが、


 内実、腹の内は分からぬもの。


 くれぐれも真に受けませぬよう」


宣直


「褒めているのであろう


 素直に受け取れば良い」


宣直がそう言うと、宣義は黙った。


血の繋(つな)がりがあるだけ、


宣義は宣直にそれ以上何も言わなかった


「素直と言うのも、良気(りょうけ)の一つか...」


城に戻ると、家臣が宣直をこぞって出迎える


木田 多一郎


「こ、これは、若!


 帰宅召(め)されたご様子」


この男の名は木田 多一郎、


武芸などはからきしだが、


どうも人を上手くその気にさせるような


何とも言い難い、喋り方をする。


わざわざ走る程の距離でもない距離を


御大層(ごたいそう)に駆けてくる木田を適当にあしらい、


元服の儀を済ませたことを報告するため、


宣直は父である宣経のいる天守閣(てんしゅかく)まで、登っていく


「ここからは儂(わし)一人で良い」


供として従っていた家臣に申し渡し、


吉良家当主である父、宣経が居室(きょしつ)とする、


天守へと急ぐ。


天守の襖(ふすま)を開け、中を見渡すと、


宣経は、書簡を広げ、一人ため息をついていた


「父上、元服の儀、無事済ませて参りました」


手に持っていた書簡を小机(こづくえ)に置き、


宣経が向き直る


「・・・


 そうか」


宣経は気のない返事をし、再び体の向きを変え、


書簡を読んでいる。


「何を見てるのでござるか」


宣経は、宣直の顔を一瞥(いちべつ)し、眉(まゆ)を少ししかめる


「・・・


 なに、一条家からの書簡よ


 お主も見るか」


渡された書簡を手に取る


「・・・


 此度(こたび)、宣経殿嫡子(ちゃくし)、宣直殿元服の儀、


 真、めでたき候(そうろう)へ 


 我が城下一同謹(つつし)んで、御慶賀(ごけいが)申し上げる所存にて候へ


 時節は神無月(かんなづき)にて候へが、宣経殿は


 如何(いかが)お過ごしになられて候


 昨今仁淀川(によどがわ)以東には本山家、他には長宗我部家等が


 其の勢力を伸長していると聞き及び候へが


 宣経殿は如何なる義を持ってこれを誅(ちゅう)し候へ...


 事の如何(いかん)によっては、伊予守の位を朝廷に申し上げねば


 ならぬ事になるやもしれぬ候へ...」


「何でござるか、この書簡は」


書簡を読み終えた宣直は、宣経に問い質(ただ)す


「・・・


 一条からの催促(さいそく)よ


 東の本山家、更には長宗我部家に


 牽制(けんせい)せよ、とな」


「牽制せよとはまこと、申し上げ難き儀ではござらぬか


 両国はまだこちらに対して攻め入っては来ておりませぬ。


 一条家はわざわざ火種(ひだね)を作れと申しておられるのか」


「土佐守護代である一条家に従わぬこの両家は、


 一条家にとってまさに、仇敵(きゅうてき)じゃ


 今は我が吉良家の領地を挟んでいる故(ゆえ)、


 戦にはならぬが、


 この二家の勢力は日を追って拡大してきておる


 一条家としても放っては置けんのよ」


「・・・


 


 如何なされるおつもりか」


宣直が尋ねたが、宣経は返事をせず、背を向けた。


「父上!」


「・・・


 よい、


 お主は元服したばかりじゃ


 今日は床(とこ)につけ」


「されど、かような...」


宣直が、不満を露(あらわ)にするが、宣経は向き直り、


宣直の顔を睨(にら)みつける


「ギロリ」


宣直の身がすくむ。


初陣(ういじん)も果たしていない若駒(わかこま)と、


すでに幾人(いくにん)も殺している


壮駒(そうく)とでは、眼力(がんりき)に差がありすぎた


これ以上何を言っても無駄だと悟(さと)り、


宣直は、天守を出て行く


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