第3-2話 頼み事


 作業中の技術者たちはご苦労なことに無重力状態の中作業を続けていたが、よくやるものだと村田艦長は感心していた。最近の外部の技術者は航宙軍のプロパー技術者と比べて見劣りするどころか、特に今日のような特殊計算機関連の技術者の場合明らかに外部の技術者の方が技量が高い。


 現在作業を行っている技術者たちのリーダーを務める山田と名のる女性などはその中でも群を抜いた技量と知識を持っている。付け加えれば、容姿も抜群であり、いますぐ彼女を必要とする仕事があるわけではないが、できれば実験部に引き抜きたいと村田は考えていた。


 その外部技術者のリーダーである山田が、無重力状態の中を器用に泳いで村田の前までやってきて話しかけた。


「村田中佐、作業は無事完了しました。これで、私共の作業は全て終了しました。

 確認をお願いします」


 村田がちらっと、目の前のモニターを見ると全ての対象区画が黄色から緑色に塗りかわっていた。中央演算装置が艦内各所をコントロール中であり、現状問題は発生していないことを目の前のオールグリーンは示している。


 起動された中央演算装置は他艦同様、これからよほどのことがない限り、稼働状態が維持される。中央演算装置は何重にも冗長化された経路で複数の独立した動力装置に接続されているため、不慮の停止ということは考えられないそうだ。戦闘艦でもないこの艦ではありえないが、あえて言えば、この艦が爆沈するまで稼働し続けるだろう。余談だが、搭載艦の爆沈後も装置に物理的な損傷がなく艦とは独立した動力部が生きている場合があり、長時間生き続ける中央演算装置もあるらしい。


「確認しました。

 ご苦労さまです。山田さん、今までありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとうございます」


 そう言った山田が一度言葉を切り、改めて村田に向かって、


「あのう、不躾ぶしつけではありますが、中佐に個人的なお願いがありまして、今よろしいでしょうか?」


 作業を終えた他の技術者たちは、作業用ポータブル機器を持って、すでに指令室から退去している。いま指令室にいるのは村田と山田の二人だけである。村田の年齢は34歳、山田の年齢は30前に見える。今は薄化粧のようで、ちゃんとした余所行よそいきの化粧をすれば20代前半に見えるかもしれない。上目遣いで個人的なお願いと言われれば聞かないわけにはいかない。とはいえ、山田の表情から男女の話ではないことは明らかだ。


「続けてください」


「わたくし、中佐のいらっしゃる実験部に転職できればと思っていまして。ぜひ実験部の人事にお口添えいただきたいとお願いに参りました」


「なんと、そうでしたか。願ってもない申し出です。わたしの一存では決めかねますが、まず間違いなく採用されると思います。もしだめなら、わたしがあなたを個人的に雇いますよ、アハハ」


 これが人事担当者なら転職理由など確認するだろうが、村田はあいにく人事担当者ではないので、軽い気持ちで返事をした。


「えっーと。あのー、わたしは中佐の元に永久就職したいわけではないのですが」


 少し顔を赤らめて、山田が反論した。


 実は100パーセント冗談ではなかったのだが、ここは冗談にして軽く流す必要があると思った村田は、慌てて、


「冗談ですよ。さっそく人事に掛け合ってみます。任せてください。人事課長は私の同期ですのでこの艦のごとく大船に乗ったつもりでいてください」



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