第5-1話 X-71性能試験1


 真新しい艦内用戦闘服に身を包んだ山田技術大尉が、同じく艦内用戦闘服姿の吉田少尉と連れ立って、無重力のなか手すりを伝わり艦の指令室に入って来た。二人はおのおのに割り振られた座席に座りシートベルトを締めてX-71の発進に備える。


 中央演算装置を中央研究所に開発依頼して高い性能を求めたのは、俺と吉田少尉、機関関係の素人2名では各種機関の面倒を見ることなど不可能なので、艦の機械に各種機関、装置の運転管理を肩代わりさせるためでもあったのだが、中央研究所がこちらの要求に応えてくれた格好だ。


 機関、装置の運転管理を中央演算装置に任せることができるようになった現在、性能試験は試験計画に沿ってX-71を操艦するだけで、試験結果も自動記録されるたぐいのものだ。従って試験そのものは俺一人、極論すれば吉田少尉一人でも事足りるといえばそうなのだが、試験中、何か問題が発生した場合、一人だけでは全く対応できないのも確かである。何もなければ二人でも多いともいえる。


 俺の趣味・・を他人にとやかく言われたくないので、俺と吉田少尉の二人だけでこれまで好き勝手にやって来て、ここに来て一名増員した格好だ。そういったわけで50パーセントの人員増は過剰かもしれないが、ハイスペックな部下を持ったことで、これからの俺の趣味の世界キカイイジリが広がると思えば悪い気はしないのも事実だ。


 ハイスペックな部下ができた以上遊ばせておくのはもったいないし、X-71も不具合がない限りこれからは試験を重ねていくだけなので、もう2カ月もあれば予定の試験は全て終わってしまう。そのうち俺のポケットマネーで何かデカいことがやってみたくなってきた。


 放任主義の実験部でさえここまでの好き勝手はあり得ないのだが、実は好き勝手なことをやり続けるだけの力を俺は持っている。


 いや、力ではないか。ようは実験部でのお荷物扱いの俺をていよく辺境に押し込めるにあたり、適当なおもちゃを与えておけば、おとなしくしているだろうという上層部の判断もあったようだ。従って、実験部では実験艦X-71の成否など実のところ気にしていないというのが本当のところであったりする。


 では、なぜそこまで上層部が問題児を自認している俺をクビにもせず好き勝手なことをさせているかというと、俺の家は、皇国建国時の重臣の家柄で、いまの当主が俺だからだ。そう、俺は何を隠そう、皇国12家の1つ、皇家にも覚えめでたい村田侯爵家のご当主さま、大資産家でもある村田侯爵閣下その人なのだ。いまでも、俺の資産は秒速で増大しているはずだ。このX-71にしても、実験部には内緒で俺のポケットマネーがふんだんに投入されている。さらに言えば、実験部限定だが、軍に対して節税も兼ねてそれなりの金額を寄付している。


 通常の実験艦なら性能試験が終われば、そこで解体となるが、X-71の場合、新開発の装置、装備の耐久確認などが必要なので、すぐに解体されることはない。最終的には装甲を施して戦闘艦に生まれ変わり航宙軍に引き渡される可能性もある。



 目の前のモニターに目をやると、そこに映るX-71の図面は全て緑に塗りつぶされている。


 間を置かず「全艦オールグリーン」と、吉田少尉の声。


 さて、そろそろ始めるか。


 今日の性能試験だが、操艦指示を俺が出し、吉田少尉が実際の操艦をする。もちろん細かい調整や記録などは、一昨日取り付けられた艦の中央演算装置が受け持つことになる。


「これより、X-71の性能試験を始める。係留索解放」


「係留索解放しました」


 反転する2つのシリンダーの間の大型艦専用桟橋に係留されていたX-71の舷側に並ぶ留め具クリートから係留機のフックが外れた。


「係留索解放確認。X-71、後退微速」


「X-71、後退微速」


 X-71はゆっくり後退し、URASIMAウラシマから遠ざかっていく。十分URASIMAウラシマから距離を取ったところで、


「X-71、停止」


「X-71、停止」


「X-71、取り舵、前進微速」


「取り舵、前進微速」


「舵中央。X-71、前進半速」


「舵中央。前進半速」


「このまま、速度計測点まで向かう」


 ……


「速度計測点通過、加速度計測開始」


「X-71、増速」


 ぐっと座席に体が押し付けられる。加速耐性を強化した体はこの程度の加速度は問題ない。スクリーンに山田技術大尉を映してみたが、彼女も強化済みだったようで問題ないようだ。確認せずに試験に付き合わせてしまったが、加速耐性を強化していないとブラックアウトしたり不快な思いをする。加速度実験用の特殊艦ならいざしらず、この艦程度の加速度では少なくとも命に差し障りが出ることはない。もっと言えば、吉田少尉が事前に確認をしているはずなので心配はもとよりない。


 俺がこういった試験とは直接関係なさそうなことを考えていても試験は続き、座席に押し付けられる力がどんどん大きくなっていく。


「X-71、原速、……、強速、……、第一戦速、……第二戦速、……第三戦速、……、最大戦速、……、X-71、一杯」


「……、速度計測点通過、加速度計測終了」


 加速度が急速に落ちていき、艦はやがて自由落下状態となった。


「設計加速度を達成しました。燃料、推進剤の消費量計算値と合致します」


「こんなものだな」


「艦長、感動薄いですね。今の加速度は艦隊の高速駆逐艦を軽く超えた加速でしたよ」


「この艦は重い装甲を付けてないんだ。元の動力系は巡戦だし今はそれを強化した特別製だ。俺がいくら自費を注ぎ込んでいると思ってるんだ? 加速性能がそこらの艦に劣っていたらそれこそダメだろ。それじゃあ、次の試験いくぞ。次の試験は何だったかな?」


「次は、艦首推進器スラスターの加速性能試験です。その後、舷側スラスターの加速性能試験を兼ねた回頭性能試験で今日の試験は終了です」


「どうもパッとしないな。主砲を撃ってみないか?」


「回頭性能試験を完了していませんと、主砲の照準調整は出来ませんよ」


「涼子も勉強してるんだ。感心感心」


「えへへ。照準調整は今日の試験結果をもとに、明日の予定です。主砲の通常弾・・・発射試験はその後に予定しています」


「前部スラスターの加速性能試験はいいが、ドームの中に浮いたこの指令室の中じゃ、加速してる方向がいつも前になるわけだし、回頭性能試験で艦がいろんな方向にクルクル回っても、ここじゃあ何も感じられなくて面白くも何ともないぞ」


「艦長、遊園地じゃないんだから、体感できなきゃ嫌だとか言わない」


「あのう、村田艦長?」


 俺と涼子の真面目な・・・・会話に山田大尉が加わってきた。


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