第15話 平民生活は物凄く楽しいです

婚約破棄し、無事勘当された私は、早速アパートに向かった。


「サーラちゃん、どうやら上手くいった様ね」


アパートの前では、マドレアおば様が心配そうな顔で待ってくれていた。


「待っていて下さったのね。ありがとうございます。ええ、オーフェン様が随分色々な人に根回しをしてくれていた様で、全て上手くいきましたわ。でも私のせいで、オーフェン様のお父様の立場が悪くならないといいのですが…」


私を庇う為に、元父親に抗議してくれた男爵様。陛下が男爵様の味方をしていたから、大丈夫だと思うけれど…


「サーラちゃん、もしかしてバザダフィ男爵の事を心配しているのなら、大丈夫よ」


そう言ってクスクス笑ったマドレアおば様。彼女がそう言うなら、大丈夫なのかもしれない。その日はマドレアおば様が、私の婚約破棄のお祝いパーティーを開いてくれた。その場には私に協力してくれた令息や、バザダフィ男爵も来ていた。


「バザダフィ男爵様、それから協力者の皆さま、本当に今日はありがとうございました。お陰で、無事婚約破棄する事が出来ましたわ」


皆にお礼を言った。


「私たちはただ依頼された事をやったまでです。それにしてもあの王太子、どうやらサーラ様に執着している様でしたね。あんなにも酷い事をしていて、全く理解できない」


「多分、あの人は私をイジメて楽しんでいた様なので、イジメる相手が居なくなるのが嫌なのでしょう。本当に、最低な男です」


本当に、もう二度と顔も見たくない。


「あんな男の話はもう止めにして、サーラちゃんが無事婚約破棄出来た事のお祝いをしましょう。ほら、いっぱい食べて。お酒もあるから」


そう言って料理と飲み物を進めてくれるマドレアおば様。私にはジュースを準備してくれた。こんな風に皆でワイワイ言いながら食事をしたのは初めてだ。


本当に平民になれてよかった。この日は夜遅くまで皆で盛り上がった。夜、アパートに戻り、1人で湯あみをする。小さな浴槽だけれど、これで十分だ。髪を乾かし、ベッドに横になった。


なんだか今でも信じられない。本当にあの地獄の様な生活から抜け出せるなんて!嬉しくて、涙が込み上げて来た。そう、きっと今まで、私はギリギリの精神状態の中生きて来たのだ。これからは、絶対幸せになって見せる。


オーフェン様…


次あなた様に会う時は、自分の力でしっかり生活している姿を見せよう。その為にも、まずは仕事を探さないとね!


一応オーフェン様が換金してくれたお金もあるが、いざという時の為に残しておかないと。



早速翌日、仕事を探す為マドレアおば様に相談した。


「仕事だって!サーラちゃんはしばらく働かなくても、十分生きて行けるだけのお金はあるだろう。今まで散々ひどい目に合って来たんだ。しばらくはゆっくりしていたらいい」


「実はアパートにじっとしているのが嫌で。せっかく平民になったのだから、何か仕事がしたいんです」


私の言葉に考え込むマドレアおば様。


「それじゃあ、家のお店で働かないかい?この店は私1人で切り盛りしているだろう?正直1人だときついんだよ。どうだい?」


「本当ですか?嬉しいです。一生懸命頑張ります。早速今日から働きますね!そうだわ、仕事をするなら髪が邪魔ね。ちょっと切って来ます」


もう貴族ではないのだ。この長い髪が邪魔で仕方ない。


「待って、せっかく美しい髪だ。切るのは勿体ない!縛ればどうって事ないよ」


そう言って髪を縛ってくれたマドレアおば様。


そしてその日から、私はマドレアおば様のお店で働かせてもらう事になった。最初は戸惑う事も多かったが、1週間もすれば随分慣れて来た。


マドレアおば様からも


「サーラちゃんが手伝ってくれて本当に助かるよ。それにしても、元侯爵令嬢とは思えない程手際がいいね」


そう言って褒めてくれた。褒められた記憶などほとんどない私。さらにお客様にも顔を覚えてもらった。


「サーラちゃんがこの店に来てから、一気に活気づいたよ。やっぱり若い子がいるといいね」


「本当に、可愛いし明るいし!家の息子の嫁にならないかい?」


なんて言ってくれる人までいる。今までは、悪口しか言われなかった私。ここでは本当に180度生活が変わった。もちろん、いい意味でだ。


マドレアおば様のお店が休みの時は、おば様と一緒に街に買い物にも行く。まるで母親の様に接してくれるおば様。


「サーラちゃん、せっかくだからケーキを食べていこう」


そう言って、ケーキやお菓子を食べさせてくれたりもする。そのおかげで、今までガリガリだった体も、随分と丸みを帯びて来た。このままだとおデブになりそうね。そう思いつつも、どうしてもお菓子は止められない。


とにかく、全てが楽しくて幸せだ。ただ、時々オーフェン様の事を思い出す事もある。オーフェン様とお別れして、まだ2ヶ月も経っていないのに、もう何年も会っていない気がする。


「どうしたんだい?サーラちゃん。ボーっとして」


ふいにマドレアおば様に話しかけられた。


「オーフェン様の事を考えていたのです。今頃何をしているのかなって思って」


「オーフェン様の事かい?きっと今頃、サーラちゃんに会う為に、必死に準備をしているんじゃないかい?」


「準備?」


マドレアおば様は、何か知っているのかしら。


「とにかく、そのうち帰って来るから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ!それよりも、最近サーラちゃん狙いのお客が多くてそっちの方が私は心配だよ…万が一サーラちゃんに変な虫が付いたら、きっと私はただでは済まされないわね…」


なぜかボソボソと話すマドレアおば様。


「おば様、何か言いましたか?」


「いいや、こっちの話だ!そうだ、そろそろ店を開ける準備をしないとね。サーラちゃん、今日は料理の方も少し手伝ってくれるかい?」


「はい、私に出来る事なら、何でも言ってください」


とにかく今は、この充実した平民生活を楽しもう。

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