09:魔力の分散と亀裂


 各地で起こっている神隠しには、一見すると法則性が無いように思われた。

 しかし、グレイが気がついた情報を精査せいさしてみると、次に霧が現れる地点が予測できることがわかったのだ。

 霧が発生する条件として、時間帯は関係が無い。だが、最初に神隠しに遭ったとされるメルウという女性がいた町を起点として、被害に遭った順番に印をつけていく。

 すると、その印はメルウの町から時計回りに円を描くようにして、徐々に外へと広がっていっていることがわかった。


「まるで、人為的じんいてきに作られた霧が移動してるみたいだな」


「空白の谷とは、常に移動し続けているがゆえに、見つけることができない場所なのかもしれん」


「確かに、目に見えているものであればオレたちが見逃すはずはない。だが、霧に隠れて移動しているとなれば……架空の存在として扱われるのも理解できる」


 この霧が空白の谷への入り口であると仮定して、俺たちは話を進めていく。

 どういう原理なのかはわからないが、これも恐らく魔女の魔法によって、場所を特定されないように考えてのことなのだろう。


「移動に伴って、亀裂のようなものが生じている可能性はないでしょうか? それによって、偶然その亀裂に入り込んだ人が、空白の谷に迷い込んでいるのかもしれません」


「可能性はあるだろうな。これまでは、絵本の中の存在だと思われていたほどなのだ。元は完璧にその入り口を消すことができていたと考えていいだろう」


「それが国を跨ぐような、強力な催眠魔法を使ったことで、霧を保つのに必要な力が分散されてしまったとか……? 魔法を使う範囲が広くなれば、効果は分散されるって言ってましたよね?」


「ああ、そう考えれば神隠しが起こり始めたことにも説明がつく。迷い込んだ人間の記憶を消すためにも魔法を使っているというのであれば、なおさら力は分散されているだろうな」


 これほどの広範囲に洗脳魔法をかけられるような魔女であっても、完璧に魔法を使いこなすことができる範囲には限度があるのか。

 空白の谷の場所を知られたくないからこそ隠し続けていたはずなのに、その場所が知られる危険性があることを承知で、洗脳魔法をかける必要があったのだろうか?

 もしも、魔女が魔獣を心底嫌っているのだとしても、そこまでする理由が俺には理解できなかった。


「猫をのけ者にしようと考えていたとして……ここまで規模の大きいことをするメリットが、魔女にあるんでしょうか? 空白の谷は元々見つからない場所にあったんだし、そこにいれば猫と接することもないだろうに」


「そもそも、魔女とオレらの思考回路が同じとは限らねえっスよ。気に食わないモンは徹底的に排除ってタイプかもしんねえし」


 魔女がどういう人物かもわからないが、グレイの言う通りかもしれない。

 魔法を扱うことすらできない俺では、根本的に魔女の考えを理解することができない可能性はある。


「理由はどうあれ、神隠しが立て続けに起こっている今であれば、亀裂を見つけることができるかもしれません。これはチャンスだと捉えましょう」


「そうだな。今は魔女の考えより、空白の谷を見つけることが先決だ」


 こうして俺たちは、次に霧が現れると予想されたポイントへ移動を開始した。

 霧の移動範囲は狭くもないが、馬車を使えば十分に間に合う距離だ。ルート上に神隠しに遭う人間がいなかった場合もあるだろうが、おおむね予想位置は合っているだろう。


 次の予想地点は町外れの川の近くにあったので、俺たちはそこで昼食を済ませながら、霧が出るのを待つことにした。

 時間帯に規則性は無いが、霧は大体週に一度くらいの頻度で発生している。

 最後に神隠しに遭った人が消えた日から、今日で丁度六日目だ。今夜野宿をしたとしても、明日にはこの辺りが霧に包まれると予想していた。


「もし、空白の谷に入れるのが一人だけだとしたら、誰が行くべきなんでしょうか?」


「……それは、考えてなかったな」


 コシュカのそんな疑問で、俺はその可能性に思い至らなかったことに焦りを感じる。

 当然のように全員で向かうつもりでいたのだが、考えてみれば普通に訪れることができる場所ではないのだ。

 予想通り霧が出てきたとしても、亀裂の中に入れる人数は限られている可能性だってあるだろう。


「その場合は、やっぱ店長じゃないスか? 被害受けてる張本人なんだし、偽物の勇者を仕立て上げるくらいだから、直接対決すべきだと思うんスけど」


「いや、俺もできればそうしたいけど……俺には魔法が使えないし、グレイみたいに喧嘩が強いわけでもないから。戦闘技術や知識なんかも踏まえて、ルジェさんかシェーラさんが適任じゃないかと」


「私はどちらでも構わんが、私やルジェの魔力は知っての通り魔女には遠く及ばない。武器を使っての戦闘ならば可能性はあるだろうが、魔法を扱うとなれば結果は保証できないぞ」


 常に気丈なシェーラは、魔女に勝つための算段があるものだとばかり思っていたのだが。

 世界中を巻き込むような、強大な魔力を持つ魔女が相手なのだ。ここまで来られたはいいが、対抗手段があるわけではないのも無理はないのかもしれない。

 ルジェも同様の意見なのか、負ける可能性を示唆しさする言葉を、否定する素振りも見せなかった。


(そもそも、戦闘になるのかもわからないんだけど……)


 話し合いで平和に解決できれば、それが一番いい。そんな風に考えてしまうのは、さすがに平和ボケしすぎなのだろうか?

 けれど、一般人の俺が魔女と対峙したところで、真っ向勝負をして勝てるはずもない。

 どういう意図で洗脳魔法をかけているのか。それを聞き出すことができるだけでも、解決の糸口を見つけることはできるかもしれないが。


「話の通じる相手だといいんだけどな」


「すぐに手ェ出そうとするようなヤツだと、難しいかもしんねえっスね」


「そうですね。グレイさんのような人だと、話し合いは厳しいと思います」


「今さりげなくオレのことけなさなかったか?」


 コシュカの言葉に引っ掛かりを覚えたらしいグレイが問いかけるが、彼女は聞こえていないふりをしているのか、ヨルと印章猫スタンプキャットの二匹と戯れている。

 そんなことをしているうちに、徐々に日が落ち始めていく。

 今日はこのまま野宿をすることになりそうだと思い、各々おのおので寝袋などを準備しようとしていた時だった。


「おい、霧だ……!」


 ルジェの声に反応してそちらを見ると、つい今しがたまでクリアだった視界が、あっという間に白いモヤに包まれていくのがわかる。

 それが霧だと理解した時には、すでに仲間たちの姿を視界に捉えることはできなくなっていた。


「みんな、大丈夫か!?」


「まだここにいます、亀裂のようなものはどこにも……!」


「オレの方も、声は聞こえてるけど何も見えねえ!」


 かろうじて、足元に来たヨルだけは拾い上げることができた。

 視界を奪われてはいるものの声は届くので、仲間たちとの距離が離れていないということだけはわかる。

 声を掛け合って状況を確認するのだが、その時俺は、霧の中に不思議なゆがみを見つけた。


(もしかして、あれが亀裂……!?)


 人間の大人くらいの大きさの、ぼんやりとした歪みなのだが、俺はそれが亀裂なのだと直感した。

 神隠しに遭った人たちも、恐らくあの歪みを見つけて、不思議に思って近づいたのだろう。

 あの中に入れば、空白の谷に行くことができるかもしれない。


「ヨウ、霧の中に歪みがある! 見えるか!?」


「はい……!」


「コレが入り口ってことっスか……!?」


 ルジェの呼びかけが聞こえて、どうやら他の仲間たちにもあの歪みが視認できていることがわかった。

 コシュカが言っていたように、全員がそこに行けるわけではないかもしれない。

 誰か一人が中に入れば、それによって歪みが消えてしまう可能性だってある。

 けれど、この霧もあの歪みも、いつ消えてしまうかわからないのだ。迷っている時間はない。


「……行きます!」


 俺は声高にそう宣言すると、意を決して歪みの中へと飛び込んだ。

 次の瞬間、目を開けていられないほど眩しい光に包み込まれる。反射的に強く閉じたまぶた越しにでも、その光の強さが感じられるほどだ。

 ヨルの目は大丈夫だろうか? そんな心配をしながら、俺はしばらくその状態で動くこともできずにいた。


「ミャウ」


「……ヨル?」


 しばらくして、ヨルの呼びかけが聞こえると、俺はゆっくりと瞼を持ち上げていく。

 何度か瞬きを繰り返して視界がはっきりすると、ぐるりと周囲を見回してみる。


 そこは、先ほどまでいた場所とはまるで景観の異なる、うっすらと霧のかかった渓谷の中だった。

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