06:早すぎる再会
カフェでの仕事という理由が無くなった以上、コシュカを連れ回すことはできないと考えていたのだが。
「猫に詳しい者ということで、ディアナ様が城で手伝いを頼んでいるということにしてある。問題は無いだろう」
俺の心配を先読みして、シェーラが町長に対するアリバイ作りをしてくれていた。
お陰で俺たちは誰も欠けることなく、目的地へ向かうことができた。
腕輪を使って転移した先は、ルカディエン王国の国境だ。俺たちが目指してやってきたのは、隣国のフェリエール王国だった。
残念ながら、この国でも俺の指名手配の情報は回っているらしい。恐らくはこの国以外でも、同様の状態なのだろう。
(国際指名手配犯って、大変なんだなあ……)
人目を忍んで移動をしようと思うと、必然的に時間帯は夜になってしまう。
暗くなるのを待ってから訪れたフェリエール王国で、俺は一軒の家の扉を叩いた。
「……お前さん、指名手配されてるんじゃなかったか?」
「ハハ……こんばんは、ギルドールさん」
扉を開けて現れた家主は、俺の顔を見てなんともいえない表情をしている。
そう、俺たちがやってきたのは、隣国の医者・ギルドールの家だった。
彼もまた洗脳されている可能性はあったのだが、俺と関わりが深かった人間であれば、洗脳されないのではないかという推測を信じたのだ。
予想通り、ギルドールは俺を敵視することなく、面倒くさそうにしながらも家の中へと招き入れてくれた。
「すみません、本当は巻き込みたくないと思ってたんですけど……」
「構わんよ、指名手配なんて妙だとは思っちゃいたしな。それに、ウチの国王様たちの様子もどうもおかしいと感じてたトコだ」
ギルドールの口振りからすると、どうやらフェリエール王国の国王や王妃は、洗脳されてしまっているようだ。
話をしたのはあの一度きりだったので、俺と関わりが深いとはいえないのだろう。
「ヨウ! それにコシュカたちも、何してんのよ!?」
部屋に入った所で、奥からひょっこりと顔を出したのはシアだ。
俺たちの声が聞こえてきたのだろう、目をぱちくりとさせながらこちらにやってくる。
城にいる可能性も高いのではないかと思ったのだが、タイミング良くギルドールの家にいたらしい。
「良かった、シアも大丈夫そうだな」
「アンタ、指名手配って一体どういうこと!? 父様も母様もアンタがヤバイ奴だって信じ込んでるし、何が起きてるのか説明してよね! っていうかそっちの二人誰!?」
「シアさん、順番に説明しますので」
顔を合わせた途端に
始めは半信半疑の様子だった二人だが、国王たちの様子がおかしくなったことや、俺が指名手配を受けていることを理由に納得をしてくれたようだ。
「そういうわけだから、まずは二人が洗脳されてないみたいで良かった」
「本物の勇者ねえ。オレとしちゃあ、お前さんも別に勇者には見えないが……この状況を考えると、そのセルスって男が勇者だとも思えねえな」
「オッサンだって医者には見えねえんだから、人のこと言えねえだろうが」
「そういう坊主も料理人には見えねえよ」
相変わらず相性が悪いらしい二人の姿を見て、俺は思わず苦い笑みを浮かべる。
とはいえ、こんなにも早くシアとギルドールに再会することになるとは思いもしなかった。
顔を見られたことは素直に嬉しいが、指名手配されている俺と関わらせてしまうことになったのは、喜ばしいことではない。
「それで、シアさんにお尋ねしたいことがあってここに来たんです」
「アタシ?」
突然名指しを受けたシアは、コシュカを見て首を傾げる。
今日、俺たちはシアに会うためにギルドールの家へとやってきたのだ。コシュカの言う心当たりとは、シアのことだった。
この国で薬草探しをしていた時に、コシュカとシアは女子会で色々な話をしたらしい。
そこでの会話の中に、手掛かりに繋がる何かがあるのではないかと思ったようなのだ。
「シアさんは、珍しいものがお好きでしたよね。世界中の色々な珍しいものに、アンテナを張り巡らせていると
「確かに言ったけど……それと今回の件と、どう関係があるの?」
「シア。空白の谷について、何か知らないか?」
シアは、珍しいものが好きだ。好奇心が旺盛で、一般的に危険だとされている魔獣にも臆することなく近づいていく。
そんなシアだからこそ、存在しないとされているような場所もまた、興味の対象に入っているのではないかと考えたのだ。
現に、伝説の薬草にも興味を示していたし、死の森のような危険地帯すら好奇心の
少女に頼らなければならない状況というのが情けないのだが、今は手段を選んでいる場合ではない。
「空白の谷……?」
「空白の谷の魔女っていう絵本があるんだけど、その魔女が実在していて、国中の人が洗脳魔法をかけられているかもしれないんだ。だから俺たちは、その魔女を探すために、空白の谷に行く方法を探してる」
「実在しない場所だということは、重々承知の上なのですが……」
大人が真面目な顔をして尋ねるような話ではないのだろう。
ギルドールはなんともいえない表情をしているし、『バッカじゃないの』と
けれど、そんなシアの口から放たれたのは、予想外の答えだった。
「あるわよ、空白の谷」
「え……えっ!?」
まさか、肯定する言葉が返ってくるとは思わずに、俺はつい声が裏返ってしまう。
からかわれているのかとも思ったが、俺を見るシアの瞳は真剣そのものだ。
「実在するって言ったの。もちろん、アタシだって行ったことがあるわけじゃないわ。でも、話を聞いたことがあるの」
「話とは、どのようなものだ?」
食いついたのはルジェだった。突然距離を詰めてくるルジェに驚いたのか、シアが一歩引いたのがわかる。
けれど、その頬がほんのり色づいて見えるのは、ルジェが整った顔をしているからだろうか。
「か、神隠しに遭ったって噂よ……! この国だけじゃない、いろんな場所で聞かれてる話だわ」
「神隠し?」
「ああ、それならオレも聞いたことがあるな。商人や旅人がいきなり姿を消したかと思うと、数日が経ってどこからともなく戻ってくるってやつだろ」
どうやら、シアだけではなくギルドールも知っている話らしい。
俺たちは話を聞くためにそれぞれが適当な場所に座ると、二人の話に耳を傾けた。
「神隠しに遭った人間は、特に怪我をしたり病気になることもなく戻ってくる。だが、どこに行っていたのかはわからない。消えていた間の記憶だけが、ごっそり抜け落ちているそうだ」
「それが、何らかの条件を満たして空白の谷に足を踏み入れたことが原因なんじゃないか、ってアタシは考えてる。もしも魔女がいるっていうなら、空白の谷のことが知られないよう、記憶を消しているんじゃないかしら」
「確かに……洗脳魔法を扱えるほどの魔女ならば、記憶を消すことなど
空白の谷が実在しないものとされているのは、そこに踏み入った人間が全員、記憶を消されているからなのか。
だとすれば、俺たちにも空白の谷に立ち入ることができる可能性があるということだ。
「神隠しに遭った人間はみんな、濃い霧が出ていて迷子になったと話していたらしいわ。あとは、場所と時間。それらが鍵になると思うけど」
「神隠しに遭った人に、話を聞くことはできないかな?」
「できるだろうが、記憶が消されてちゃあ話にならんと思うがな」
ギルドールの言う通り、空白の谷に関する記憶が消されているのであれば、ヒントを得られる可能性は低いのかもしれない。
それでも、何かしらの手がかりを得ることができないとも限らないのではないだろうか?
「どうせ手がかりも無いんだし、やれることはやっておきたいんです」
「まあ、お前さんはそう言うだろうな。とりあえず、今夜はウチで休んでけ。指名手配犯連れじゃどうせ宿無しだろ」
「ありがとうございます、ギルドールさん」
「男連中はともかく、美人さん二人を野宿させるわけにゃいかねえからな」
ありがたい申し出ではあるのだが、そう言うギルドールにシェーラが向ける視線は冷ややかだ。何かを感じ取ったのかもしれない。
コシュカはすでに気にしていない様子で、シアと女子部屋の準備をしに向かっている。
「というか、今さらだけどシアも泊まるんだな」
「悪い? アタシの方が先に来てたんだけど」
「悪くはないけど、帰らなくて大丈夫なのかなって」
「お姫様が家出すんのはいつものことだから気にすんな。それより坊主、どうせなら宿代っつーことでメシ作ってくれ」
「ア!? 材料あんだろうな!?」
喧嘩腰のグレイだが、義理堅いところがあるので食事は作るつもりらしい。
殴り込みにでも行くのかという勢いで食材の確認に向かっていったので、俺も手伝うことにした。
地理についてはわからないので、食事の支度をしている間にルジェとシェーラには、ギルドールと共に次の行き先についてを考えてもらう。
そうして賑やかな一夜を明かした翌朝、俺たちは新たな目的地へ向けて出発することとなった。
一応は逃亡中の身だというのに、楽しいひと時が少しだけ気分転換にもなった気がする。
「オレたちは今回同行してやれねえが、この国で必要なことがあればいつでも頼りに来い」
「ありがとうございます、ギルドールさん。シアも、情報をくれて助かったよ」
「空白の谷、見つけたら教えなさいよね。アタシだって行ってみたいんだから」
「うーん、危なくなかったらな」
再会するのも早かったが、別れの時間もまた早い。
直前までシアと遊んでいたヨルを引き取ると、俺たちは二人に別れを告げて路地裏を進んでいく。
「今度はちゃんと、二人のところに遊びに来たいな」
「そうですね。すべて解決したらきっと、この国も堂々と歩くことができるようになります」
「ミャウ」
何かと頼りに来るばかりになってしまっているが、次は友人として会いに来たい。
そのためにも、絶対に空白の谷を見つけなければならないと思った。
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