19:プリシア


 自分の前でひざまずく兵士たちを前に、シアは驚くわけでもなく、むしろ当然のような顔をして中心に立っていた。

 俺もコシュカたちも、わけがわからずにただその姿を見つめている。

 たった一人の少女を前にして、大の大人たちが揃って頭を下げている。その光景は、異様だとも言えた。


「そこのアンタ、その二人を解放しなさい。今すぐ」


「はっ!」


 シアは、顎をしゃくって一人の兵士に命令を下す。

 指示された兵士は反論するどころか、すぐさま動き出すと二人を拘束する縄を解き始めた。

 解放された二人は、困惑しながらも俺のところへと歩み寄ってくる。

 一方、その様子を見下ろしていたヨルが、地面へと降り立った。そして、シアの足元へと歩いて行ったヨルを、彼女が抱き上げる。


「プリシア様……! 魔獣は危険です、お放しください!」


「イヤよ。それにこの子は魔獣じゃなくて、ヨルっていうの。アタシの友達よ」


 自分たちがあれほど恐れていた魔獣を、少女が何でもないように抱え上げたのだ。

 兵士たちはその光景にうろたえているが、シアはまるで意に介さず、ヨルと鼻先同士を突き合わせている。


「プリシア、って……シアじゃないのか?」


 何が起こっているのかはわからないが、確かな疑問がひとつあった。

 彼女は確かに俺たちの知る少女であるはずなのだが、さっきから兵士たちが口にする名前は、違っているように聞こえる。


「シアで間違っちゃいねえよ。ま、愛称ってやつだな」


「ギルドールさん……!?」


「ギルドール様!!」


 俺の疑問を解消してくれたのは、どこからともなく現れたギルドールだった。

 面倒くさそうに頭を掻きながら歩いてくる彼に対して、兵士たちはまたもかしこまった態度を取る。


「あーあー、やめてくれ。オレはそういうんじゃねえから」


 そんな兵士たちの姿から逃げ出すように、ギルドールはこちらへやってくる。


「ギルドールさん、仕事だったんじゃ……」


「ああ、一応な。急患ってわけじゃなかったのと、魔獣使いを捕まえるために兵士が派遣されたって聞いたんでよ。もしやと思って戻ってきたら……こんなことになってるとはな」


 どうやら、俺たちが見つかったという情報がギルドールの耳に入っていたらしい。

 戻ってきてくれたことはありがたいのだが、それだけでこの状況に説明がつくわけではない。


「オッサン、これってどういうことだよ? まさかアンタがこの国の王様だとか言うつもりじゃねえだろうな」


「オレが王様やるような人間に見えるか? 国のトップに立つなんて面倒な仕事、頼まれたってやらねえよ」


「ですが、兵士の方々はギルドール様と呼んでいましたよね」


 国の兵士が、一般人を様付けで呼ぶはずがないだろう。ギルドールが国王ではないとしても、少なくともただの国民ではないことだけはわかる。

 こうして問答している間にも兵士たちが口を開かないのは、彼らよりもギルドールの方が、立場が上だからなのではないだろうか?


「それはコイツらが勝手に……お姫様が出しゃばってこなけりゃ、わざわざ説明なんかせずに済んだのによ」


「何よ、アンタがもっと早く情報掴んで戻ってこなかったのが悪いんでしょ? アタシが来なかったら、バカな兵士どもに全員捕まってたのよ!」


「お姫様……って、もしかして」


 以前にも、ギルドールがシアのことをそんな風に呼んでいたことを思い出す。

 俺はあくまで、からかい交じりの形容として口にしたものだとばかり思っていたのだが。


「こうなったら隠すだけ無駄だな。このお姫様はプリシア・フェリエール。このフェリエール王国の王女様だよ」


「シアが、王女……!?」


「お転婆てんばなお姫様でな。事あるごとに城を抜け出しちゃあ、身分を隠して町で遊び回ってんだ。国王も王妃も、兵士たちも手を焼かされてんだよ」


 俺たちはドッキリでも仕掛けられているのではないかと思ったが、兵士たちの反応を見るに、シアは本当に王女なのだろう。

 だからこそ兵士たちは彼女の顔を知っていたし、彼女も自分を知る兵士から逃げ回っていたのだ。


「なら、オッサンはどういう立場なんだよ?」


「ギルは城の専属医師よ。元はただの町医者だったんだけど、腕がいいから父様が引き抜いたの」


(だから、兵士が俺たちを捕まえに来てるって情報を知ってたのか)


「ついでに、お姫様のお守りも任されてるわけだけどな」


 シアもギルドールも、国のトップに近しい人物だったのだ。それならば、兵士たちのこの態度にも納得がいく。


「だったら、アンタらから直接国王陛下に、事情話してくれりゃ良かったんじゃねえのか?」


 確かに、グレイの言うことも一理ある。

 俺たちはこれまで人目を忍んで行動を続けていたが、これだけ国王に近しい人物が行動を共にしていたのであれば、彼らが説明してくれれば済む話だったのではないだろうか?


「父様も母様も、アタシの珍しい物好きには飽き飽きしてるの。だから、アタシが直接話をしたところで、魔獣に近づかせないように城に閉じ込められるのがオチだわ」


「オレも、専属医師なんて肩書き持っちゃいるが、好きな時にホイホイ会いに行ける立場ってわけでもねえのよ。ましてやお前さんたちの国とは違って、この国じゃ魔獣の話なんかしても、まともに取り合っちゃもらえねえさ」


 二人の言うことも、もっともなのかもしれない。

 現に、ヨルを抱くシアを見る兵士たちの目は、不安や怯えを滲ませているのがわかる。

 王女であるシアの立場をもってしても、害のない生き物だと受け入れることができないのだろう。この世界の人々は、そう刷り込まれてきているのだから。


「けど、魔獣を受け入れないっていうのは、あくまで父様と母様の考えだわ。アタシはアタシのやりたいようにやる。だからこそ、アンタたちに協力してきたのよ。身分を隠してたのは、それでアタシって人間を判断されたくなかったから」


 そう口にするシアの意思は、とても真っ直ぐだ。

 両親が国のトップだからと、その意見に流されることなく、自分の目で見て物事を判断しているのだ。

 彼女は俺のところへやってくると、抱いていたヨルを手渡してくれた。

 肩の上に戻ってきたヨルは、そこが自分の場所だというように首筋に頬を擦りつけてくる。


「お前たち、城に戻って父様たちに伝えなさい。魔獣は危険な生き物じゃないし、魔獣使いとその仲間は、アタシの友達だって。傷つけるつもりならアタシが許さないわ」


「しかし、プリシア様……これは国王陛下のご命令で……」


「いいから黙って言う通りにしなさい。それとも、これ以上アタシに意見する勇気があるのかしら?」


 頑として譲らないシアの様子に、兵士たちはそれ以上反論できないようだ。

 膝をついていた一同は立ち上がると、複雑そうな表情でこちらを見たあと、ゾロゾロと城の方へと引き返していった。


「あ、ありがとう。助けてくれて、シア……いや、プリシア様」


「気持ち悪いわね、シアでいいわよ。言ったでしょ、身分で判断されたくないって」


 彼女の言葉に従っていいものか迷ったが、王女であるという以前に、俺たちを友人として認めてくれていたことが嬉しかった。

 結局は素直に従うことにして、これまで通りに接することにする。


「そんなことより、これ以上油を売ってる時間は無いでしょ?」


「そうだ、さっさと出発しねえとヤバいっスよ店長!」


 言われて、予定よりも随分と時間が遅れてしまっていることを思い出す。

 一時は俺だけが捕まることも覚悟していたのだが、その心配も無くなった今、何としてでも満月の滝へ辿り着かなければならない。


「こっちはオレとシアでどうにかしておくから、お前さんたちは薬草採りに行ってこい」


「ありがとうございます。ギルドールさん、シア」


 二人の身分が明かされたことで、色々と聞きたいことはあったのだが。

 今何を優先すべきなのかは、この場にいる全員が理解している。


 呼び出した馬車に乗り込むと、ギルドールとシアを残して、俺たちは満月の滝へと向かった。

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