18:交換条件
満月の滝の向こう側にあるという、秘密の
その岩窟が現れるという満月の日の昼、俺たちはギルドールの家を出発することになった。
ここから滝までは距離があるが、同じように馬車を呼んで移動すれば、暗くなる頃には滝のところまで到着できているだろう。
順路はわかっているので、あとはその場所を目指すだけだった。
危険な場所であることに変わりはないので、前回の経験を踏まえて、シアは留守番だ。
ただ予定外だったのが、ギルドールに急な仕事が入ってしまったことだった。
本業は医者なので休むというわけにもいかず、滝には俺とコシュカとグレイの三人で向かうことにする。
薬草の見分けがつかない不安はあったが、前回までにある程度の草花は目にしている。
見たことのないものがあれば、片っ端から持ち帰ろうということで話がついた。
人目につかないよう裏通りを出て、魔法の鈴を使って呼び出した馬車に乗ればいい。
前回と同じ段取りだったことや、もうすぐ薬草が手に入るかもしれないという期待感。それによって、俺たちは油断していたのかもしれない。
「貴様ら、そこで止まれ!!」
人目につかない場所を選んでいたはずが、俺たちは狭い裏通りで、兵士たちに囲まれてしまった。
偶然見つけたという様子ではない。綺麗に逃げ場を塞ぐその動きは、明らかに俺たちを待ち伏せしていたのだ。
フェリエール王国にやってきた初日以来、兵士どころか、町の住人に見つかるようなこともしていなかった。──地下洞窟で見つかったことはあったが、あれは魔獣使いとはバレなかったのでノーカウントだ。
すでにこの国にはいないものと思われていても、おかしくはなかったはずなのに。彼らは魔獣を連れた人間を探し続けていたのだ。
「ようやく見つけたぞ、魔獣使いよ……! もう逃がさん!」
俺たちに剣の切っ先を向けてくる兵士たちは、明らかに敵意の塊だ。
対盗賊用として武器を持ってはいるが、兵士を相手に太刀打ちできるとは思えない。
「そこ退けよ、オッサン。こっちはテメエらの相手してる暇はねえんだよ!」
「生意気なガキが。黙って逃がすはずがないだろう、大人しく……ブッ!」
「おい、グレイ!」
一番近くにいた兵士の隙を突いたグレイが、その顔面に拳を叩き込む。
相手が若造だと油断していたらしい兵士は、その一撃をモロに食らって倒れ込んだ。
けれど、彼らは先日の盗賊団とはわけが違う。国で訓練を積んだ兵士なのだ。
「穏便に済ませてやることもできたが、抵抗しようというのなら容赦はせん。捕らえろ!」
「チッ、何でこんなタイミングで……!」
「ヨウさん、グレイさん、一旦どうにか逃げ道を……あっ!」
「コシュカ!」
隙を
それによって身動きが取れなくなったコシュカは転倒し、そちらに気を取られた一瞬で、グレイまでもが同じ縄に捕らえられてしまう。
恐らく、魔法がかけられた縄なのだろう。グレイは引きちぎろうとしているようだが、僅かな隙間すらできる様子がない。
「どこに隠れているのかと思っていたが……まさか魔獣使いに手を貸す者がいたとはな。お陰で苦労させられたよ」
俺たちに手を貸す人間というのは、ギルドールとシアのことだろう。
外で見つかれば騒ぎになっていたはずだ。そうならなかったことを考えると、恐らく家の中にいるところを見られていた可能性が高い。
(まさか、昨日……俺が窓を開けたりしてたから)
家の中ならば大丈夫だと、油断しきっていたのが良くなかったのだろう。
俺たちに協力したことで、二人も罰せられられてしまうのだろうか? それ以前にまず、この状況ではコシュカとグレイの身だってどうなるかわからない。
「貴様の、その肩に乗る生き物が魔獣か」
兵士の中でも一番立場が上なのだと思われる男が、ヨルを指差す。
二人とは違って俺に手を出してこないのは、魔獣使いだと思われているからなのだろう。
どのような反撃を食らうかわからないから、下手に手を出すことができないのかもしれない。
「どういう理由でこの国に魔獣を連れ込んだのかはわからんが、投獄程度では済まされん重罪だ。今すぐこの場で貴様らの首を
「待ってください! 俺たちは探し物をするためにこの国に来ただけで、悪いことはしてません! それに魔獣は害のある生き物じゃ……!」
「黙れ、罪人の言うことに耳を貸すはずがないだろう!」
兵士たちにとって、俺たちは悪人扱いだ。話を聞いてもらえるわけがなかった。
周りは武器を持った兵士たちに囲まれているので、魔法も使えない俺は逃げる手段がない。
それ以前に、コシュカとグレイを置いて逃げることなどできないのだが。
「……だが、貴様が交換条件を飲むというのなら、仲間たちは解放してやってもいい」
「交換条件……?」
仲間というのは、目の前の二人だけではない。恐らくギルドールたちのことも含まれているのだろう。
悪いことはしていないとはいえ、元々この薬草探しにみんなを巻き込んでしまったのは俺だ。
もしも罪に問われるとしても、俺以外の仲間たちは許されるというのであれば、それを受け入れるだけの価値はあるのかもしれない。
そう思ったのだが、提示されたのは俺にとって最悪の交換条件だった。
「その魔獣を引き渡せ」
「え、何で……」
兵士が要求したのは、ヨルの身柄だったのだ。
「魔獣を連れているという時点で、貴様はこの国にとっての危険人物だ。問答無用で刑に処してやることもできるが、魔獣を引き渡すというのなら……仲間を解放した上で、貴様の罪もいくらかは軽くしてやる。これは国王陛下の温情だ」
「そんな……」
俺自身が処罰されるとしても、仲間たちが罪に問われることがないならそれでいい。
けれど、ヨルを引き渡すことなどできるはずがない。
彼らに引き渡すということはつまり、間違いなくヨルが殺されてしまうということだ。
二人を見捨てることも、ヨルを差し出すこともできない。何より……今は時間がない。
(今日を逃したら、薬草を手に入れられるのは三か月後になってしまう)
どれを取っても、良い選択肢に転ぶ道が見つからない。
まずは全員無事にこの場を切り抜けて、薬草を採りに行けるのが一番なのだが。彼らがそれを許してくれる確率など、存在していないだろう。
「ぐわっ!?」
「うわあッ!!」
「貴様、この期に及んで悪あがきを……!」
「グレイ!?」
その時、大人しくしていたと思ったグレイが、拘束されたまま無理矢理に立ち上がって、兵士のもとへ体当たりをした。
全員が俺の方へ意識を集中させていたことで、拘束状態の二人の存在は意識の外にあったのだろう。
受け身を取ることもできなかった三人の兵士が巻き込まれて、もつれるように地面に倒れ込む。そのおかげで、逃げ道ができた。
「……ヨウさん、私たちに構わず行ってください」
「コシュカ……!?」
コシュカもまた、傍にいた兵士に器用に脚を引っ掛けて転ばせている。
二人も時間が迫っていることを知っているので、自分たちを犠牲にして、俺を満月の滝へ行かせようとしてくれているのだろう。
「店長、時間がねえんだ! 迷ってる場合じゃないっスよ!」
兵士の一人に蹴り上げられて、グレイの身体が壁に叩きつけられる。
コシュカは兵士の一人に髪を掴まれたが、その手に噛み付いて反撃している。
二人がこんなにも身を
この国に来た目的、これまでの頑張り、それを思えば俺の取るべき行動はひとつのはずだろう。
「っ……クソ……!」
「店長!?」
「ヨウさん……!?」
俺は咄嗟に、ヨルを民家の屋根の上へと放り投げた。
突然のことでもヨルは素早く反応し、器用に屋根の上へと着地する。
俺が何かを仕掛けたと思ったらしい兵士たちは、反射的に頭を覆うような仕草を見せた。
けれど、何も起こらないことに気がつくと、その視線は頭上のヨルから俺へと向けられる。
「き、さま……一体何の真似だ!?」
「……魔獣には、逃げられました。けど、魔獣使いは俺一人で、彼らは俺に指示されて従っていただけです。だから俺を捕まえて、彼らは解放してください。お願いします」
逃げられたなんて、今の状況を見れば俺がヨルを逃がしたことは明白だ。
それでも、彼らが捕まえたいのは魔獣と、その魔獣を従えている俺だけのはずだ。
薬草は逃してしまうかもしれないが、三ヶ月経てばまた満月の晩が来る。幸い場所はわかっているのだから、俺がいなくてもきっと誰かが役目を果たしてくれるだろう。
大変な思いをさせてしまったが、それだけの信頼はあるつもりだ。
(カフェも……二人がいるし、きっとバダード国王が何とかしてくれる)
途中で放り出す形になってしまうことは、無責任かもしれないが。今の俺には、これ以上の最善策が思いつかなかった。
だって仕方がないだろう。みんな俺の大事な仲間で、家族なんだから。
兵士は俺のことを疑っているのか、しばし睨み合いが続いていたのだが。
収穫が無いよりはいいと判断したのだろう。その交換条件を受け入れることにしたのか、縄を手に俺の方へと近づいてくる。
「ダメっスよ店長! 何やってんスか!?」
「ヨウさん、アナタがいなくなったら猫たちはどうするんですか!?」
二人の抗議の声が耳に痛い。それでも、俺は自分の選択を変えるつもりはなかった。
抵抗する意思はないと主張するために、顔の横に両手を挙げて見せる。
目の前まで来た兵士が、俺に縄をかけようとした時だった。
「ったく、こんな所で何やってんのよ? アタシのことは置いてくクセに、兵士なんか相手にしてる暇はあるワケ?」
「シア……!? どうしてここに……!」
緊迫した空気を破ったのは、この場に似つかわしくない高い声だった。
腕組みをして呆れた顔をしているシアは、当然のような顔をして俺のところへやってくる。
まさかこの状況が理解できていないのだろうか? やっと事態が丸く収まるかもしれないところだったというのに。
いくら少女だとはいえ、彼女が仲間の一人だと知られれば、シアにだって危害が及ぶ可能性もあるかもしれない。
俺はすぐにでも、シアをこの場から離れさせなければと思ったのだが。
「プ、プリシア様……!?」
俺たちの目に入ったのは、誰も予想だにしない光景だった。
シアの姿を見た兵士たちが、一斉にその場に膝をついたのだ。
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