04:フェリエール王国
国王から貰った腕輪は、猫カフェのあるルカディエン王国の中でしか使うことができない。
そのため、国境付近まで転移した俺たちは、徒歩でフェリエール王国へと足を踏み入れることとなった。
「ここが、フェリエール王国……!」
隣国の首都を訪れた俺は、まるで別の世界に来たのではと錯覚する光景に驚く。
バダード国王に会うために訪れたルカディエン国の王都も、なかなか賑わっている印象があった。猫カフェのあるスペリアの町が比較的田舎なので、余計にそう感じるのだが。
それを差し引いても、フェリエール国の賑わい方は、まるで祭りでも
広場には多種多様な楽器を奏でる者たちもいれば、それに合わせて
情報を得るなら人の多い首都が良いだろうとの判断だったのだが、これだけ活気づいた町ならば、何らかの情報を持つ人がいるかもしれない。
「二人とも、まずは町の医者のところに……」
今回の最たる目的といえば、バダード国王の言っていた医者探しだ。当然医者のいる場所を探すのが手っ取り早いと思ったのだが、振り返った先ではグレイが何やら出店の前に立って店主と話をしている。
「お兄さん、この国の人間じゃあねえな? ココじゃ珍しくもねえんだぜ」
「マジかよ!? コレって生で食うモン? それとも炒め料理か?」
「生でも食えるが煮込みが主流だな、牛肉と併せんのがベターだ」
どうやら、この国の食材が珍しく興味を惹かれたようだ。
話し込むうちに食材を買い込もうとしているので、俺は店主に謝罪をしつつグレイの腕を引いて、店から引き離す。申し訳ないが、買い物が目的ではないのだ。
賑やかな雰囲気に呑まれて、本来の目的を見失う前にとコシュカの姿を探したのだが。
「ヨウさん、コレおまけしてもらいました」
グレイとは別の、少し先の出店で何やら話をしていたコシュカは、小さな紙袋を片手に戻ってきた。その中には、甘い香りのする焼き菓子が入っている。
どうやら通りすがりに目に入った店で、衝動買いをしてきたらしい。
「……あのな、二人とも。俺たち遊びに来たわけじゃないんだぞ」
そうは言いながらも、せっかくなので三人で焼き菓子を分けて小腹を満たすことにする。
チョコレート味のマフィンに、オレンジのジャムが入ったような菓子だ。しっとりしていて、甘すぎないその味は悪くない。
「すみません、国の外に出たのは初めてだったので」
「オレも初めてっスわ。ルカディエンだとむしろ遠巻きにされっから、店のオッサンから声掛けられたことなかったし」
ルカディエン王国の人々に比べて、このフェリエール王国の人々は、陽気で気さくな性格の人間が多いのかもしれない。国柄というやつなのだろうか?
それに、別の世界からやってきた俺はもちろんだが、二人も国の外に出るのは初めてのことだという。物珍しさによそへ気を取られてしまうのも無理はない。
「ミャオ」
「ん? ヨル、お前も欲しいのか? でもチョコレートっぽいし、お前は食べられないよ」
「ミャウ」
肩から焼き菓子に鼻先を近づけてくるヨルから、それを遠ざける。俺たち三人が食べているので、自分も食べられると思ったのだろう。
可哀想だが、チョコレートは毒なので与えることはできない。不服そうな声で鳴かれても、ダメなものはダメなのだ。
とはいえ、自分たちだけ食べているのは不公平だろう。代わりに持って来ていた猫用のおやつをあげようと、バッグの中を探そうとした時だった。
「あれ、魔獣じゃないか……!?」
「え?」
それまでは町の賑やかさに紛れて、他人に細かく目を向ける人間もいなかったのだろう。けれど、ヨルが鳴いたことでその存在に気付いた人が、俺の方を指差す。
その声に反応した人々がまた俺を見て、楽しげだった空気が一瞬にして凍りつくのがわかった。
誰かが叫び出したのを合図に、人々は一斉に俺たちに背を向けて、その場を逃げ出していく。
ルカディエン王国では、バダード国王からの通達が後ろ盾となって、国民からの理解を得ることができていた。しかし、ここはルカディエン王国ではない。
猫アレルギーの治療法に気を取られるあまり、魔獣はこの世界ではまだまだ恐れられる存在であるのだと、すっかり失念していた。
魔獣は害のある生き物ではないのだと、知らない人間ばかりなのだ。
「オイ、貴様!! この町に魔獣を連れ込むとはどういうつもりだ!?」
逃げ出す人々の流れに逆らうようにして現れたのは、この町の警備をしていると思われる兵士たちだ。俺の姿を見つけると、武器を手に迫ってくる。
「ま、待ってください! 話を……!」
「店長! 茶でも飲みながらゆっくり話し合いましょう、って雰囲気じゃねーっスよ!」
話を聞いてもらおうと思ったのだが、明らかに敵として認識されてしまっている。
ひとまず逃げるべきだと判断した俺たちは、兵士が来るのとは反対の方向へと走り出した。
(クソ……! これじゃあ医者探しどころじゃなくなる……!)
逃げるにしても、まだこの国には来たばかりなのだ。町の構造もわからないし、逃げる当てがあるわけでもない。
そうかといって、捕まれば話も聞いてもらえないまま、投獄されてしまう可能性だってあるだろう。ましてや言い訳もできず逃げ出したこの状況では、明らかに怪しい異国の人間だ。
「ヨウさん、一度国境を越えて転移しますか?」
「いや、国境まで間に合うとは思えない……! 一旦どこかに隠れないと」
転移ができれば逃げおおせるだろうが、腕輪を使える場所まで行けるかが問題だ。兵士たちの足音は着実に追いついてきている。
国境に辿り着くまでに、確実に捕まってしまう可能性の方が高いだろう。
「ならオレが力づくで話つけてきましょうか!?」
「それは絶対ダメだから! それこそ言い訳がきかなくなるだろ!」
荒っぽい方法に出ようとするグレイを慌てて止めながらも、俺は道もわからないまま路地裏へと飛び込む。
目に付いた細い道をジグザグに走ってはいるのだが、一度でも行き止まりに当たればそこで終わりだ。逃げ続けるにしても、体力だって
何でもいい、どこかに身を潜められる場所は無いだろうか?
「ねえ、コッチ!」
焦って周囲を見回していた俺を、背後から突如として響いた声が呼び止める。
振り向いた先の曲がり角から、手招きする一本の腕が覗いているのが見えた。なぜ俺たちを呼ぶのかはわからないが、兵士はもうすぐそこまで迫ってきている。
どうすべきか迷っている暇などなく、俺は咄嗟にその腕の招く方へと足を向けた。
薄暗く、ゴミ置き場になっていると思われるそこで、俺たちはそれぞれ物陰に身を潜める。
その直後に、目の前の路地を兵士たちが駆け抜けていくのがわかった。
しばらく息を殺して、足音が引き返してこないことを確認すると、俺はようやく肩の力を抜いてその場に座り込んでしまう。コシュカはしゃがみ込み、グレイは壁に凭れ掛かっていた。
大人になってからこんな風に全力疾走したのは、いつぶりだろうか。
「フン、無事に
俺たちを助けてくれた人物に、礼を言わなければいけないことを思い出して、聞こえた声に顔を上げる。
目の前に立っていたのは、両腕を腰に当てて路地の向こうを見る一人の少女だった。
ピンク色のツインテールに、同じ色の瞳をしている。アルマたちと同じくらいの年頃に見えるが、12歳くらいだろうか?
「あの、助けてくれてありがとう」
「礼なんていいわ、アタシ兵士って嫌いなの。それより、それってもしかして魔獣?」
カーキ色のローブを纏っている少女は、俺の肩の上にいるヨルを興味深そうに見つめている。
怖がらせてしまうかもしれないと思ったのだが、彼女は逆に自らの足で俺の方へと距離を詰めてきた。
「ああ、そうだよ。ヨルっていうんだ」
「ミャア」
挨拶をするようにひと声鳴くヨルを見て、少女はますます近づいてくる。
「キミは、魔獣が怖くないの?」
「怖くないわ。アタシ、珍しいものが大好きなの。魔獣なんて、滅多に見られないし」
少女の大きな瞳の中には、怯えも強がりも見られない。本当に魔獣に対して興味を持っているのだとわかった。
カフェをオープンした時のアルマたちもそうだったが、大人よりも子供の方が、魔獣は恐ろしいものだという先入観が薄いのかもしれない。
「俺はヨウっていうんだ。こっちの二人はコシュカとグレイ。俺たち、お医者さんを探しに来たんだけど……キミ、知らないかな?」
「お医者様?」
わざわざ他国から医者を探しにきたなんて、おかしな話かもしれない。
ましてやこんな少女に聞くのもどうかと思ったのだが、話の通じる大人に出会えるかもわからないのだから、今は仕方がないだろう。
少女は考えるような素振りを見せたあと、何かを企んでいるような、にんまりとした笑みを浮かべる。
その様子は、どこか
「アタシの名前はシア。教えてあげてもいいけど、条件があるわ」
「条件……?」
まさかこんな少女から、交換条件を提示されるとは思わなかった。しかし、助けてもらった恩もあるのだ。無条件で情報をくれというわけにはいかないだろう。
できることなら、クリアしやすい条件であると良いのだが。
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