第328話 運命は変えられる。
めぐみは、この時代には君子の青春の思い出がいっぱい詰まっている事を理解して、一生懸命ペダルを踏んだ――
「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ、まるで苦行ですよ、何で女神の私がこんなに苦しまなきゃなんないの……ふぅ」
「めぐみさん、頑張っておくれよ。全然、進んで無いみたいに見えるけどさぁ、景色が変わってるんだ。確実に前進しているよ」
「分かるんですか?」
「あぁ。ほら、見てご覧よ。戦争が始まっちまったんだ、出来れば思い出したくないよ……」
「こんなはずじゃなかったんですけどねぇ……ふぅ」
「良いんだよ。昔を懐かしんでみたり、忘れたいと言ってみたりさ……虫の良い事ばかり言って……めぐみさん、御免よ」
「いえ、私の方こそ遅くて申し訳ありません……頑張りますっ!」
めぐみは、元の時代へ戻る事で頭がいっぱいで、君子が人生を書き換えた事をすっかり忘れていた――
「お――いっ! 君ちゃん、此処だよ」
「あれっ! 正ちゃん……めぐみさん、これは一体どう云う事だい?」
「あぁっ、ヤバっ! 君子さんが人生を書き換えたから、新しい未来になっているみたいですぅ……」
「どうしよう?」
「何とか、やり過ごして下さい」
君子は予想外の展開に慌てふためいた――
「君ちゃん、随分待ったよ。もう、来ないんじゃないかって……」
「あ、あぁ……遅くなって、御免なさい」
「君ちゃん、この人は誰?」
「あ、あ、あの、私、あの、この人は……」
「こんにちは。名乗るほどの者では有りません。一肌脱いだだけですよっ! この人が、あなたに会うために随分と急いでいたみたいだったので、それで」
「そうですか。君ちゃんを送って下さったんですね。御親切に有難う御座います」
「いいえ、お安い御用です。それでは、失礼しまぁ――す」
めぐみは、ふたりだけでゆっくり話が出来る様に気を遣ってみたものの、その後の展開が心配なのでドロンして透明になった。そして、河原の土手に腰を下ろす二人を遠くから見守った――
「ねえ、正ちゃん、なあに?」
「なあにって、何が?」
「何か……私に話したい事でも有るの?」
「えっ! 君ちゃん、君ちゃんが話が有るから橋の傍で待っていてくれって?」
「あ、あぁ? そうよ、そうだったわよね……」
「変なの。君ちゃんこそ話って何だい?」
「あっ、いや、あのぉ……」
「言い出し辛い事なんだね……」
「うん」
「分かっているよ。これからが大変だもの。僕も覚悟は出来ているよ」
君子はその場をやり過ごそうと、取り繕っていたが、正次郎の覚悟という言葉を聞いて気を取り直した――
「覚悟って?」
「僕は男だからさ、日本男児は敵に背中は見せないのさ」
「男なんて、馬鹿みたい」
「君ちゃん、そんな事を言っちゃダメだよ、立派に戦って来るよ」
「正ちゃん、死ぬ位なら逃げた方がマシよ」
「よせやいっ! まだ、赤紙も来ていないのに、僕を殺さないでおくれよ。あははははは」
「だって、正ちゃん……」
君子は正次郎が戦死する事を思うと言葉に詰まってしまった。そして、君子の悲しい顔を見た正次郎はおどけて見せた――
「この身滅ぼすべし、この志奪うべからずっ! 無益な殺生好まざるがぁ、降りかかる火の粉はぁ、払わねばぁ、ならぬのだぁ。がぁっはっはっはっはぁ!」
「うふふふふっ、正ちゃんはチャンバラが好きねぇ、あはははは」
「笑った」
「だって、チャンバラは人が死なないもの」
「そうだね」
「私、嫌いよ。戦争なんて大嫌いっ!」
君子が語気を強め、本気で怒っているのが分かった。それは、正次郎が知らない君子の姿だった――
「君ちゃん……戦争をしたい者などいないさ。戦争なんて馬鹿馬鹿しい事さ。人の命を奪い、領土を奪ったところで、本当はさ、何も奪う事なんか出来ないんだ。でも、人を支配して君臨する様な連中とは戦わなければならない運命なんだよ」
「…………」
君子は、正次郎の凛々しい横顔を眺めていたが、憂いを秘めた瞳に見つめられると、今の自分の気持ちを正直に伝えたいと思った――
「正ちゃん、実は……私ね、未来から来たのよ」
「ぷっ、はっはっは、あはははははは、ははははは」
「笑っても良いわ。どうぞ、存分に笑って」
「あははは、ははははは。だって、堅物の君ちゃんが藪から棒に『未来から来た』なんて荒唐無稽な事を言うからさ、あははははははは」
「そうよね。馬鹿馬鹿しいよね……」
「君ちゃん、どうしたの? 怒っているの?」
「ううん」
君子はしょんぼりと俯いて黙り込んでしまった――
「ねぇ、君ちゃん。それじゃぁ、こうしよう。君ちゃんが来た未来の話でも聞かせておくれよ」
「えっ……」
君子は科学と文明の進歩について話した――
「ほう。面白いねぇ、はがき程の大きさのコンピューターとやらに時計と電話が付いているなんて……いやぁ、君ちゃんが、そんな才能が有るなんて知らなかったよ。はははは」
「作り話だと思っているのね。もう、正ちゃんの意地悪っ!」
「あはは、そんなに怒らなくたって良いじゃない。続きを聞かせておくれよ」
「もういい」
「そんな事言わないで」
「ふんっ!」
「ねぇ、君ちゃん。ところで戦争は何時終わるの? 終わったら祝言を挙げる約束だよ?」
君子は日本が戦争に負ける事を伝えた――
「君ちゃん、縁起でもない事を言わないでくれよ。日本が負ける訳が無いじゃないか」
「正ちゃん、信じて。悔しいけど……負けてしまうの」
「君ちゃん、担ごうたって、そうはいかないよ。日本が負けるだなんて……作り話にしても酷過ぎるよ」
「うん、分かってる。いいの、御免なさい」
「謝る事は無いさ」
「もう、いいのよ。忘れて……」
「ねぇ、君ちゃん。せっかくだから、最後まで聞かせておくれよ。日本は戦争に負けたのに……ほら、さっき言った風に未来では豊かな生活をしていると云うのは、筋立てとしておかしくはないかい?」
君子は、日本の勝利を信じて疑わない正次郎に、どうせ信じて貰え無いのなら全部言ってしまおうと思った――
「正ちゃん、気を確り持って聞いてね。この辺は東京大空襲で焼け野原になるのよ。私のお家も全て燃えちゃった……そして、原子爆弾が落とされて広島と長崎は壊滅……日本は降伏するの」
「そんな、馬鹿な……」
「お兄ちゃん達は帰ってこないし、お父さんもお母さんも……正ちゃんも」
「おいおい、みんな殺しちまうなんて酷いなぁ、君ちゃん……」
ふざけて笑いながら聞いていた正次郎は、君子の零れ落ちる涙に言葉を失った――
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