第23話 失われし古代文明の解放

『明日は朝早く学校でやることがある。六時に地元の駅集合で』


 そのL○NEを送ったのが昨日の夜。返信がなかったから不安だったが、早朝、六時の駅のホーム。いつもカスミと別れるところへ行くと帽子をかぶった女子高生が立っていた。


「カスミ?」


 呼びかけるとこちらを振り返る。


「もう。レンレン。急なんだから。女の子は朝忙しいんだから、いきなり早朝に集合ってきついんだからね」


 俺は彼女の言葉を無視してしまう。故意にではない。


「超早起きだったから、寝癖爆発だよ……。あーあー……」


 その深めに被った帽子をどこかで見た気がして、無視というよりは考えているといったところだ。どこで見たんだっけ。でも、どこかで……。


「──聞いてる? レンレン?」

「あ……。ああ。うん」

「どうしたの? あ! もしかして」


 覗き込むようにして見てくるカスミ。


「自分から誘っといて眠いとか?」

「……」

「いやいや。黙るならせめて顔を赤くしてよ」

「……」

「無視!? この上なく無視をかましてくるの!?」

「あ、いや。ごめん。ちょっと考え事」


 ようやく答えるとカスミが「ふふふ」と笑う。


「よ、よう、やく、わ、わたちみたいな、び、美少女と二人でいるありがたいシュチュエーションに実感が湧いたんだね。よきよき」

「どっちかっていうと俺の方が美少女だろ」

「それは全力で否定するよ!」

「カスミが美少女なら、俺は雪のように儚い美少女だ」

「比喩表現入り!?」

「ほら、ボケてばっかいないで行くぞ、ただの美少女」

「わ、私は超ウルトラハイパースーパーデラックスウルトラ美少女だよ!」

「小学生の盛り合わせか! 情報が多いわ」

「うう……。難しいよ」




   ※




 早朝の電車内に人はまばらであった。

 あと、もう一時間もすれば、社会人や学生で混み合う時間だろうが、この時間は、朝練の運動部っぽい学生がポツポツと、早朝から会社へ向かう社会人がポツポツといる。


「それで? こんな朝早くから学校に行ってどうするの?」


 ガラガラの車内で、隣に座るカスミが聞いてくる。


「ふふふ」

「含みのある笑い。これは嫌な予感がするやつだ」

「どうしてそう思う?」

「どうもこうも、大体わかるよ」

「──素敵な提案やのに……」


 唇を尖らせて拗ねた声を出す。


「そういうのいらないから、説明してよ」

「り」


 俺は笑いながら説明する。


「名付けて『ラブレター大作戦だ!』」

「ラブレター……大作戦……」

「世はIT時代。失われし古代文明。それを復活せし時がきたというわけだ」

「古代文明て。平成初期にもラブレターってあったでしょ」

「ばかやろっ! 平成初期なんて古代文明も同義! 今はもう令和の時代だ!」

「令和って良い年号だよね。こう、シャッキというか、うん。良い名前だとおもう」

「俺もそう思う。──年号の話しじゃなく、ラブレターな」

「ラブレターね……」


 カスミは「はっ!?」となにかを勘づいた。


「もしかして私にラブレターを書かせる気!? 嫌だよ! 好きでもない人にラブレターなんて!」

「なにを勘違いしている。いつお前がラブレターを書くと錯覚していたんだ?」

「え?」

「ラブレターを書くのは……俺やでっ!」


 親指を自分に突きつけて、ドヤ顔してやる。


「──まじ?」

「マジ」


 カスミはそれ以上聞かずに鞄からノートとペンを取り出した。

 それらを俺に渡してくる。


「自分の名前ここに書いて」

「漢字テストかい? それにしちゃ難易度がベリーイイイジィィだぜ?」

「いいから、はよ」


 おざなりなツッコミをされながらも、悪くない気分で言われた通りに名前を書く。


「『高槻蓮太郎』──ふむ。我ながら良い名前だ」

「下手っ!」

「ぬ?」

「『ぬ?』じゃなああい!」


 今まで我慢していたツッコミを披露するようにカスミが車内で叫ぶ。

 誰も反応を示さないのはみんなイヤホンをしているからだ。

 みんな耳に何かを詰める時代になっちまったな。


「百歩譲って下手なのは良いよ!? 良い。字の綺麗さは個性だよ。女の子でも下手な字いるから! でも、レンレンのは男の子の下手なの!」

「このゲシュタルト崩壊しそうな文字の羅列が下手と?」

「ゲシュタルト崩壊したらダメじゃん! バレるよ!? 普通に男子が書いたって南志見くんにバレるよ!?」

「おいおい。ラブレターもらう奴がそこまで見ないって。ほいほい来るって」

「来ないよ! レンレンは男のお笑い芸人が女装のネタして恋したのと同じ原理だよ!?」

「そんな恋愛は通じない」

「でしょ! それと同じ!」

「俺の文字の羅列と女装は同義ではない」

「わからずや!」


 カスミは精一杯のツッコミで肩で息をする。


「そんなに否定するならカスミ書いてくれよ」

「だから私は──」

「じゃあ俺が書くしかないじゃん」

「うう。それもそうか……」

「ちなみにカスミも字を書いてくれ。きゅんきゅんする字をな」

「キュンキュンする字ってなに? まぁ良いけど……。適当に書くよ?」


 そう言って呆れた様子でなにかを書いた。


「──おいごら、まて、くそビッチ」

「は!? 最近聞かなかったのにまたビッチて──」

「人のこと言えるかっ!」


 カスミの字は汚かった。とても汚かった。


「は、はあ!? レンレンの目はイカなの!? このゲシュタルト崩壊しそうな字のどこが!?」

「同じネタ使うなっ!」

「レンレンよりマシだよ! 丸文字だよ! 女の子らしいよ!」

「丸文字が更に汚さを倍増させてあるんだよ! ここはお前、見た目ビッチだけど、字は繊細な清楚であれ! 見た目通りストレートすぎるだろうが!」

「清楚だよ! 純潔だよ!」

「今は発言のギャップはいらねぇんだよ! 文字のギャップをくれや!」

「レンレンだって──」

「ああだこうだ!」

「そうだそうだ!」

「こうもあうも」

「ソーダコーラ」

「サイダー炭酸」


 言い合っていると『次は──』と駅のアナウンスが聞こえる。


「もし、カスミ。もう着くから結果を言おう」

「どうするの?」

「二人の文字を合体だ!」

「一番ダメなオチ!」

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