第18話 恋は盲目。それが青春

 昼休みのお約束になりつつある文芸部部室。てか、もう文芸部の部室とか名乗るのやめた方が良い。俺らの集会所といった方が正しい。


「おかしい!」


 集会所で響く俺の声。その声に両手で耳を塞ぐカスミ。


「もう。レンレンいきなりなに?」

「そろそろ噂が塾して『あのパイオツかいでーな女の子とどういう関係!?』みたいなゴシップ大好きクラスメイトがやって来ても良い頃だ!」

「あのさレンレン。ナチュラルにセクハラ発言するのやめた方が良いよ?」

「カスミ! なぜお前は冷静なんだ!?」

「や。別に」

「俺たちの噂が立ってないんだぞ!?」

「そりゃ眼鏡イケメンくん? に見られたからって噂にならないでしょ」

「なるんだよ! なるんだ! 普通、男と女が歩いていたら噂になるんだよぉぉ! 黒板に相合傘書かれるんだよぉぉ」

「どこの小学生!? 古いよっ!」


 カスミのツッコミに俺は「うわーん」泣き真似をして机に伏せる。


「おーよしよし」


 カスミが背中をさすってくれる。


「カスミ」

「んー?」

「ばぶみがするぜ」

「なんかムカつく」


 バシッと背中を叩かれてしまった。


「あでっ!」

「もう……。とりあえず次の作戦を考えないと」

「あれ以上の策は──ない!」

「あさはかっ! レンレンものすごくあさはかだよっ!」

「もう万策つきた」

「ネタ切れが早いよっ!」

「だってー……」

「ほら、レンレン。頑張って作戦考えよ? 私も考えるからさ。ね?」


 カスミを見るとエンジェルスマイルをしてくれる。

 ああ……ばぶみが凄い。


「──ってか、俺って助手だよね?」

「ん?」

「もともと俺ってカスミの助手ってかたちで連れてこられたんだよな?」

「あー。そういえばそうだね」

「なんで俺が主として動いてんだ?」


 なんで俺がこんなに色々考えなければならんのだと、バカらしくなってくるし、ちょっとムカついてくる。


「あ、あははー」


 笑って誤魔化す姿も可愛いカスミに怒りの矛先が変わった。


「あのクソババア! ぶっコロス!」


 俺の叫びが教室内にこだましたと同時に「誰をコロスんだ?」とドスの効いた声が聞こえてくる。


 顔を見るとものそっい怖い顔をしていた。


「あ、先生。ちわちわー」

「ちわちわー」


 カスミを見るなり優しい笑顔になるが、再度こちらを見る目は鬼の形相であった。


「おい、高槻、おら。誰がババアだ? あん?」

「あ、あわあわ」

「わざとらしく焦ってますよ感出してんじゃねぇよ。お? このガキャ。二十九歳の『若い』先生にクソババアたぁ良い度胸だ」

「いやー。別に先生のことじゃあーりやせんよー。だって先生綺麗ですやん」

「え……」


 パァッとまるで花が咲いたような笑顔を見せる先生。


 はい。チョロい。花がチョロチョロパァッと咲いたよー。だめな大人ー。


「そんな綺麗な先生にそんなこと言いやせんよ」


 先生は綺麗だ。それは嘘じゃない。あと十歳若かったら付き合いたかったね。それも嘘じゃない。

 だが、年増だ。残念。


「ん。コホン。ま、まぁ……なんだ。うん。──二人とも、首尾はどうだね?」

「俺はセンターフィールダーです」

「私、ショートストップ」

「ん。じゃあ私はセカンドベースマンだ」


 先生の言葉のあとに沈黙が流れる。


「おいい! なんで先生までボケてきてんだ!?」

「私にツッコミは似合わない」

「自由かっ! 話し投げてきたならツッコミにまわれ『野球の守備じゃない』だろうが!」

「おお。野球なだけに話しを投げるってか?」

「感心してんじゃねぇよ! おかげでセンターライン揃いましたよ!? カスミ! お前までどうした!?」

「私、過去宮(かこみや)選手が好きだから」

「福岡のショートの人ね! しかもイケメンだもんね! ──じゃねーよ!」

「レンレンがツッコミしてる」

「俺はオールラウンダーだ!」

「まさに令和のイッチローだね」

「嬉しい! ありがとう!」


 ハァハァと息を切らす。ツッコミってしんどいね。


「真面目な話し。どうだね進展は?」

「ふっ。先生。──ゼ〜ロ〜」


 カスミが有名な情報番組のタイトルをリズムにのって言ってやがる。カスミの奴、勢いのままにボケ出した。成長してやがるぜ。


「ふむ。まぁ仕方ないか。他人の恋愛事情だ。慎重に取り扱うのは当然だな」


 頷いながら、チラリとこちらを見てくる。


「──っと、そうだ。上牧。田中先生が呼んでいたぞ」

「あ! ノートの提出忘れてた」

「おいおい。提出物はしっかり出さないとな」

「すみません。レンレンごめんね。私、戻る」

「あいよー」


 カスミは慌ただしく部屋を出て行った。


「んじゃ、一人でここにいても仕方ないから俺も戻ります」

「高槻」


 立ち上がると先生が俺を呼んだ。


「なんすか?」

「ちゃんと言いつけを守ってくれているみたいだな」

「そりゃ守りますよ。先生の言ってることも理解できますし」

「もっと簡単な方法がいくらでもある中で、キミには大変な役割を押し付けたみたいだ」

「でも、なんでなんですか?」

「ま、私の耳打ちの件はそのうち理解できる。精進したまえ」

「労る気持ちがあるなら、停学はもうなしっすよね?」

「忘れていないか? キミが耳フェチだということを」

「その噂を流したら教育委員会へ直行してやる」

「あっはっはっ! 噂の根本なんて本人が否定したら誰にもわからないだろ。だから噂なんだよ。残るのはキミが耳フェチだという噂だけさ。それに誰も根本は気にしない」

「最悪な教師だ」


 しかし、先生の言葉で気になることがあった。


「先生。真面目な話し良いですか?」

「もちろん。どうかしたか?」

「噂を流す奴って、どうして噂を流すんですかね?」

「おいおい。高槻? 今のは冗談だぞ?」

「あ、はい。わかってます。先生がそんな人じゃないのは重々承知です」

「もしかして……今回の件でなにか関係が?」

「はっきりあるとは言えませんが、まぁそんなところです」


 言うと先生は少し考えて真面目に答えてくれる。


「噂の内容にもよるが……。恋愛関係の噂だと、大半は面白ろ半分だろうな」

「もう半分は?」

「そうさな……。その噂が真実と違う噂ならば、そいつに取って都合が良いとかじゃないか?」

「都合が良い?」

「たとえば……。──そういえば高槻と小山内が付き合ってるって噂を生徒から聞いたことあるな」

「え? 教師にまで?」

「教師と言っても私までのはずだ。私は、ほら、結構相談に乗ってるからな」


 そういえばそんな設定だったな。


「高槻と小山内が付き合ってるという嘘の噂を流す。すると小山内を好きな男子はほぼ諦めるだろ?」

「あー。まぁ他人の彼女を取るっていう行動をする人は少ないかも」

「そこで、実際に付き合ってないと知ってるのが本人だけだとすると、小山内を狙いやすくなるってわけだ」

「なるほど。でも、わざわざそんな無意味なことをする奴の気がしれません」

「ふっ。高槻。キミたちは高校生だ」

「ですね」

「まだまだ青い。恋愛が関わると人ってのはどうしようもなくなるんだ。恋をすると周りが見えなくなるって言うだろ? まさしくそれだ。恋は盲目とは上手いこと言ったものだ。でも、それが青春ってものさ」


 語りながら最後に、ビシッと指差してくる。


「お前も青春しろ! 高槻」

「じゃあ停学なしで」

「あっはっはっ」


 笑って誤魔化されて先生は部屋を出て行った。


 流れでいけると思ったけど、やっぱり停学なしってのは、これをやり遂げないとムリなのね。

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