第2話 停学を回避するために②
「文芸部……?」
先生に付いて行くと『文芸部』とプレートに表記された部屋の前までやって来る。
「そうだ。文芸部だ。私は文芸部の顧問をしている。正しくは部活じゃないのだが……。細かいことはどうでも良いだろう」
「もしかして……見逃してやるかわりに文芸部に入部しろってことですか?」
俺の予想に対し、先生は苦い顔をする。
「高槻。お前は生徒だからわからんだろうがな……。顧問なんて言うのはただただクソなんだよ。クソ。あんなの社畜だ。普通の業務で手一杯なのに、なにが悲しくて顧問なんかやらなきゃならんのだ。今は部員がいなくなって確変中なのに、部員集めなんかするか」
「先生。あまり高校生に大人の事情は喋らない方が良いと思います」
「あ、ああ。すまない。ついな」
コホン、と咳払いをすると先生が仕切り直す。
「高槻の質問に対して端的に答えると、そうじゃない」
「じゃあ、なんでここなんですか?」
「中で説明しよう。入ってくれ」
言いながら先生は教室のドアを開けた。
先に先生が入ったので後に続く。
部屋の中は、普通の教室の三分の一程度の広さ。
長机とパイプ椅子。壁には黒板。あとは棚があるだけのシンプルな部屋。
そんな部屋に一人の女生徒がいた。ミディアムヘアの女生徒は机の上に置いてあるノートを、ジッと眺めている。
控えめに言って、どちゃくそタイプだ。めちゃくちゃ可愛い。
「上牧。進捗はどうだ?」
先生が名前を呼ぶとミディアムヘアの女生徒が視線をこちらにもってくる。
「ふっ。先生。──こんなの私には無理です!」
ミディアムヘアの女生徒が泣き言を言うと先生は「そうだろう、そうだろう」と相槌を打っていた。
そこで、ミディアムヘアの女生徒がこちらの存在に気が付いた。
「え!? ──先生? もしかして……えっと……」
「ああ。 彼が──高槻が上牧の助手だ」
「は?」
なんの説明もないのでいきなりの役職に困惑の声が出る。
「助手……ですか?」
ミディアムヘアの女生徒はこちらを見て不安な顔をする。
「助手……ですか……」
そして不安そうな声を出す。
「安心しろ上牧。こいつは多分役に立たない」
「おい、まて。じゃあ、なんで呼んだ。そもそも、話しが全く見えないんですけど? 説明してくれませんか?」
「全く。勘の悪いガキだ」
「勘の良いガキでも、この状況を把握するなんて不可能です。東大生でも無理ですよ」
「わかった、わかった。説明してやるから、そこに座れ」
「へいへい」
「あ、高槻。その段ボールは、そこの棚の下に置いておいてくれ」
「へいへい」
俺が段ボールを下の棚に置いていると、ミディアムヘアの女生徒が、チラチラとこちらを見ていた。
目が合うと、ビクッとなり「あ、あははぁ」なんて愛想笑いをしてくる。
その笑いの理由はなんなのかわからずにいると「適当にかけてくれ」と先生に言われる。
適当なパイプ椅子に座る。
黒板側に立つ先生が俺を見ながら説明を開始した。
「高槻。さっきも言ったが、キミには上牧佳純(かんまきかすみ)の助手をしてもらう」
「はぁ」
「その内容は──」
先生は後ろを向いて、黒板に慣れた手つきで文字を書いた。
「この学校の生徒のお悩み相談だ!」
バンッ!
『お悩み相談』という黒板の字を叩いて、象徴するような演出をする。
「ありゃりゃ。相変わらず字が汚いこって」
「おい、クソガキ。停学になりたいみたいだな?」
先生の言葉に、上牧佳純と呼ばれたミディアムヘアの女生徒が「やっぱり」とつぶやいた。
その言葉を拾う余裕はなく、すぐに先生に言い直す。
「先生の字は個性的で魅力的です」
「そうだろう、そうだろう」
簡単に機嫌を直してくれた。
ここらへんはチョロい先生である。
「それで先生。お悩み相談っていうのは具体的になにをするんですか?」
「うむ。言葉のままだな。生徒の悩みを聞いてやる」
「はぁ」
こちらの浅い反応に上牧佳純が捕捉してくれる。
「悩み相談というより、もはや恋愛相談になっちゃってるけどね」
「恋愛……。そんなの俺にできるかよ」
自慢じゃないが、彼女いない歴=年齢の俺に、そんなのできるわけがない。
自分のこともできないのに、他人の相談なんてできっこない。
「だよねー」
上牧佳純が、ボソッと言ってくるので見ると、あわあわと焦った顔をして「あ、あははぁ」と苦笑いを浮かべてくる。
なるほど、さっきの不安そうな顔や声はこれか。
「ま、できないなら停学だな」
「くっ。ヤーさんかよ……」
「なんとでもいいたまえ。上牧。あとの説明は任せた」
そう言い残して先生は部屋を出て行った。
取り残された、俺と上牧佳純。
少しの沈黙のあと、上牧がそれを破ってくれる。
「ええっと……。あの、高槻蓮太郎くん」
「ん?」
名前を呼ばれて違和感があった。
それがなんなのか考えていると、彼女が続けて言ってくる。
「私は上牧佳純。高槻くんも二年だよね?」
「おお。よくわかったね」
この学校は学年を示すカラーはある。だけれども、制服にはない。だから、彼女が俺の学年を言い当てたことに感心した。
「うん。上牧さんは?」
「ええっと……あ、あはは……」
から笑いを浮かべて頬をかく彼女。
「高槻くんと同じだよ。二年」
「同い年か」
「うん……。二年何組?」
「五組」
「あ、そうなんだ。私、一組」
「端のクラスか」
「そうなんだよー。私、一年も一組だったから、もう階段から遠くて、遠くて」
なんとも喋りやすい女子だ。コミュ力の高い女子というのは喋りやすい。
これほどに可愛くて、喋りやすく、コミュ力が高く、おっぱいの大きな女の子なのに、今まで見たことがなかったな。
どこかですれ違ったことはあるだろうが……。上牧佳純ほどの美少女なら印象に残るから、忘れないと思うのだが……。
「高槻くんもなにかやらかした?」
その言い方から、もしかすると彼女も先生に脅されているものだと理解できた。
「まぁな」
「あ、あはは。だよねー」
「だから、恋愛経験のない俺なんかが上牧さんの助手なんてできっこないさ」
「あー、ご、ごめんね。そういうつもりじゃなかったんだけど……」
「どういつもり?」
「え、えへへ……」
なにこの子。すごいあざとい笑い方で回避しようとしてくる。すごい下手くそな回避。でも可愛い。普通に可愛い。可愛いけど騙されちゃだめだ。あとで痛い目に合う。そういうタイプの女子だわ。でも可愛い。
「えとえと……。高槻くんも同じ手に引っかかったんだね。私と同じだ。イェーイ。みたいな?」
明らかに話題を変えてきている言動。しかし、その内容が気になったので容易く乗ってやる。
「同じ手?」
「うん。先生に『それ』見せられたんでしょ?」
言って、彼女の視線の先は、俺が持ってきた段ボールに向けられる。
「あー。まぁ」
「それ、ただの文芸部の備品だよ。昔の」
「なぬ?」
「多分、それを見せられて『反省文を書け』みたいなこと言われたんでしょ?」
「その通りだな」
「私の時と同じだよ」
それを聞くと頭に血がのぼる。
「あっんの、ヤ○ザ教師っ! 教育委員会にチクってやらああ!」
俺は勢いよく立ち上がると「待って、待って」と上牧佳純が制止をかける。
「もし、チクったら停学になっちゃうよ!」
「もう停学でも良い。あんのクソ教師。許さねぇ」
「あー! 待って待って! ここでチクられたら、私が退学になっちゃう!」
彼女の必死の言葉に俺は冷静になる。
俺の場合は停学だが、彼女は退学。
一体、彼女はなにをしたんだ? そんな悪には見えない。普通に可愛い女の子って感じだが──。ま、最近は清楚系ビッチなんて言葉があるくらいだ。人は見た目じゃわからないってことだな。
事の大きさが、俺と彼女とで違うみたいなので、俺は一旦座る。
「やめておくよ」
「助かるよー。ほんっと助かる」
「どうも。それで? 俺もやらなきゃ停学だし、説明してくれないか?」
「うん。わかった」
ここでようやく、本題に入った。
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