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すずと
第1話 停学を回避するために
放課後というのは、高校生にとって至高の時間。
拘束されていたものの鬱憤を晴らす時間。自由時間ともいえよう。
部活動で青春するも良し。友達と寄り道する青春も良し。家に帰ってゲームする青春も良し。
ともかく、自由時間なんだ。
あーあ……。そんな貴重な自由時間を潰すなんて……。ヘマしちまったな……。
「──聞いているのか? 高槻蓮太郎(たかつきれんたろう)」
目の前に座る綺麗な髪の長い女教師──富田由美(とんだゆみ)先生が俺をフルネームで呼んでくる。
担任の富田先生が生徒をフルネームで呼ぶ時。それはなにかある時だ。今回に限っては理由は明白だけど。
「あ、あははー……。えーっと……停学……ですか?」
苦笑いを浮かべながら聞くと、呆れた顔をされてしまう。
「当然だろ。バイクに乗ってたんだから」
「免許は持ってますよ。無免許じゃありやせん。苦労しゃーしたよん。取るの。学科とかめっちゃつらたんベイビーでしたん」
「意味のわからない喋り方で誤魔化しても、バイクの免許取得は校則違反だ」
「でも法的にはセーフですよ」
「校則的にアウトだ」
「ですよねー」
はぁ……。
俺は昨日、バイクに乗っているのを富田先生に見つかった。
まさか、バレるとはな。あーあ。時間をズラしてコンビニに行けば良かった。いや、コンビニなんて寄らなければ良かったんだ。そもそも──。
嘆いていても過去は消えないか……。
あーあ……。ヘマしちまったな……。
「お前は初犯だし、三停ってところだな」
「初犯て……。言い方……」
「次、見つかれば五停の免許取上げだ」
「厳しっ」
「これでも随分甘いがね。次にやらなければ良いということだ」
「はぁ……自重しまぁす」
適当な返事をすると富田先生は呆れた目をして俺を見る。
「停学期間中、お前には反省文を書いてもらう」
「はぁ……。反省文すか……」
こうなったら仕方ない。一日で反省文を書いて、残りの二日は旅に出よう、そうしよう。
気軽に考えていると、富田先生が足元にあった段ボールを机の上に置いた。
「これを三日で書け」
「は? はあ!? んなっ! あほな! いやいやいや! この段ボールの中身全部!?」
「もちろん。全てだ」
「こんな書けるかっ!」
「書ける、書けないじゃなく、書くんだよ。それが罰というものだ」
「ふざけんな! 書けるかよ!」
「これを書かないと退学だぞ?」
「ぐっ……」
退学はいやだ。しかし、こんな量の反省文なんて書けるかよ。何枚あるんだ? これ百は余裕で超えている。下手したら千枚あるんじゃない?
反省の内容薄いし、そんなに書けるかよ。てか、内容濃くても書けるか!
困惑状態の俺を見て富田先生は、ニヤリと口を緩ませる。
「この量は確かにキツイな。ああ、キツい。キツすぎる。だろ? 高槻」
「今、転校を考えてますよ。わりと本気で」
「バイクがバレただけで転校なんてイヤだろ? イヤだよな? なあ?」
「何が言いたいんですか?」
こちらの問いかけに、待ってました、と言わんばかりの表情を見してくる。
「見逃してやっても良いぞ?」
「は?」
「だから。見逃してやっても良いと言っているんだ」
「え? まじっすか?」
希望の言葉にすがりつくと先生が、ビシッと指を差してくる。
「ただし! 条件がある」
「ですよねー」
「その条件をのめば見逃してやる」
タダでは見逃してくれない。仕方ないだろう。俺も教師の立場なら見逃さないだろうし。
──いや、待て。教師?
「先生。そんなこと言っても良いんですか? それって脅迫じゃないですか? 先生が生徒に脅迫して良いんですか? 問題になりますよ?」
「脅迫か……。私はお前に更生という選択の余地を与えようとしているのだが……。それを脅迫と言うか……。残念だ。なら、それも良かろう。高槻。この件に関して誰かに言っても構わない。だが、それは自ら、停学しに行くような真似だぞ? 良いのか?」
「確かに……」
「どうする? 話を聞くか?」
このままじゃ停学。ありえない量の反省文を書かされてしまう。
もしかすると、先生の条件ってやつの方が甘いかもしれない。
その可能性に俺はかけてみる。
「聞きましょう」
「うぬ。そうくると思っていたよ」
先生は机の上に置いてある段ボールを持ち上げると話し始める。
「実はな、手伝ってやって欲しいことがあるんだ」
「手伝い?」
手伝いとはなんだろう。疑問に思っていると、先生がドアの方へ歩き始める。
「詳しい説明は現場でしよう。付いてきてくれ」
「あ、はい」
立ち上がり、先生の後に続く。
先生は段ボールを持っているのでドアが開けられないから、俺がドアを開けてあげる。
「ああ……。重いな」
「そりゃ、その量はヤバいでしょ」
俺の答えに先生はため息を吐いた。
「勘の悪いガキだ。持てと言っている」
「一言も言ってませんでしたけど?」
「やれやれ。女心のわからん奴だ。自分で言っておいてなんだが……大丈夫か?」
「なんの話しですか?」
「いや……なんでもない。──はい。とにかく持ちなさい。レディに荷物を持たすなんて、紳士としてあるまじき行為だ」
「三十路レディに持たせてさーせん」
ドンッ!
いきなり三十路レディに壁ドンならぬ、ドアドンをされる。
「高槻ぃ。私はまだ二十九だ。わかるか? この意味がわかるか? ああ?」
その顔がヤバかった。本当にヤバかった。
俺の感情はただシンプルである。
恐怖。
これだけだ。
これ以上の失言は俺の未来を奪うだろう。
「い、いやー。二十五歳に見えますぅ。わかぁい」
「──ふん。ま、良いだろう。だが覚えておけ。女性に年齢の話をすると、しぬってな」
「身に染みましたぁ」
本当にしぬかと思ったよ。
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