第18話 共同戦線

 霧の朝。暖かな海から立ち上る水蒸気が作る、乳白色にぼんやりと輝く冬の光景だ。

 夜が明けるのももどかしく、ロードたちは動き始めていた。出かけようとしたときにはもう台所には朝食の支度が整い、カウンターの上には手提げつきの大きな籠がふ二つ、載せられていた。

 「日持ちのするパンを焼いておきました。エベリアのほうにいる皆さんへの差し入れです。何も食べてないかもしれませんから」

と、リスティ。籠の中からは香ばしい匂いが漂っている。

 レヴィは、もうとっくに起き出してせっせと朝食をかきこんでいる。ロードが席につくと、ヒルデが黙ってお茶を差し出し、そのまま台所を出て行く。ロードは、視線で彼女の後姿を追った。

 あれから一言も言葉を交わしていないどころか、目もあわせてくれない。

 「何かあったのか」

レヴィが囁く。

 「何かっていうか…」

俯いてパンを取り上げながら、ロードは小さく呟いた。

 「…キスされた」

 隣で、盛大にむせ込む音がした。

 「おま…それで、お前は何て答えたんだ」

 「何も…」

 「バカか」

 「どうすれば良かったんだよ」

むっとしながら、ロードはレヴィを睨む。

 「それってお前の気持ちを答える場面だろ? どっちなんだよ。嬉しいのか、迷惑なのか」

ちらりと台所のリスティのほうを伺ってから、レヴィはひそひそ声のまま続けた

 「どっちも答えられないとか、有り得ないだろ」

 「そんなこと言われても…そういうの…考えたこともないし」

 「お前さぁ、その歳で初心うぶすぎるんじゃないのか、それ」

 「そ…そういう自分はどうなんだよ。似たようなもんじゃないのか」

苦し紛れの反撃にも、レヴィは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 「ふふん。ぼくの初チューは五歳だぞ。村の女の子。あとジィさんとこで弟子になってすぐの頃、買出し先の店の子とちょっとだけ付き合ってたこともある」

 「うっ」

 「普通はあるだろー、そういう経験」

腕と足を組みながら、彼は聞こえよがしに大きな溜息をついた。

 「なんつーか、勿体ないよなあ…。ハルの遺伝で見てくれはそこそこいいんだから、今までにも絶対、近づいてくる女の子はいたはずなのにさ。朴念仁が無意識のうちに全て振ってきたわけだ。何人の女の子を泣かせてきたんだか。あーあヒルデもかわいそうに。これじゃ報われないにもほどがある」

 「そ、…そんな言い方しなくても。それに、今はそんな話してる場合じゃないだろ?」

 「まぁいいさ。これはお前の問題だ。」

平らげた皿の上にフォークを置いて、レヴィは立ち上がった。

 「これが終わったら、ヒルデを塔に戻すか別の場所に引越しさせるさ。お前にその気がないんなら、この村にいる理由もなくなるだろうしな。」

 「……。」

胸の奥が痛むのは、良心の呵責なのか、寂しいだけなのか。それとも別の何かなのか――分からない。


 味も何も分からないまま目の前の皿のものを胃袋に詰め込むと、ロードも席を立った。

 「行こう」

 何もいわずに、レヴィは目の前の扉に手をやった。

 「いってらっしゃい。」

リスティの声が後ろから聞こえ、…同時に扉の向こうからは、ざわめきと、甲冑の擦れ合うような金属音とが聞こえてきた。




 「うお、何だこりゃ」

レヴィが声を上げる。扉を潜ったとたん、目の前には人の群れがあった。扉を出たそこは街道沿いの、おそらくエベリアの近くの燃え落ちていない建物の前だ。

 どうやら、アステリア軍の駐屯地のど真ん中に出てしまったらしい。

 「<王立>の魔法使いたちは何処だろう。シャロットさんは…」

 「あそこだな」

と、顔を上げたレヴィが指を向ける。人ごみの向こうに白いローブが見えていた。

 「シャロットさん!」

バスケットを抱えながら近づいていくと、兵士の一人と話をしていた女性が振り返る。

 「あら~ロードくんー。どうしたの、その荷物」

 「差し入れです。」

言いながら、籠のひとつを手渡す。

 「ハルは?」

 「フィオちゃんたちのほうに行ってるわよ。ん、いい香りーおいしそうねぇ。」

シャロットは鼻をひくつかせて表情を和ませた。どんな時でも、おいしそうな食べ物は人の心を緩ませる。

 「…状況は?」

周囲に視線を走らせながらレヴィが尋ねる。陸軍は、昨日はもっと国境よりに駐屯していたはずだ。

 「国境を越えてくる魔法使いの大半は捕まえられたわよー。ただね、何人かは…突破されちゃったわ。"鴉"のせいで…」

 「あいつ、何かしてきたのか」

 「うん~。目くらましもそうだけど…突然、人が消えたから…たぶん、転移の魔法とかかしらね~」

レヴィが舌打ちする。

 「そのテがあったか。あいつめ、余計なことを」

 「あと結構派手に攻撃してきたりね~。ハルさんが居なかったら、ちょーっと危なかったかもー」

 「それで、ここまで引き上げてきたってわけか」

まだリューナスは動かない、と思っていただけに、昨日のうちに一戦あったことは驚きだった。

 よほど焦っているのか、或いは、こちらを挑発するつもりなのか。

 「増援がくるはずなので、少しは楽になりますよ。これからスウェンさんを迎えに行きますから」

ロードがいうと、シャロットは目をぱちぱちさせた。

 「そうなの? 院長がこっちに向かってるなんて話、聞いてないけど。今、どの辺りに?」

 「ええと…そのへんの詳しい説明はまた今度でもいいですか?」

 「え? ええ、…いいけど」

 「後でまた。ちょっとハルたちを探してきます」

残りの籠を抱えて、ロードは大急ぎでシャロットの側を離れた。


 海から流れ込む風に乗って、エベリアのあたりでも靄が漂い、空は薄く乳白色のカーテンをかけたようになって、太陽の輝きが二重にぼやけて見える。

 「もっと風が吹けばいいのにさ」

空を見やってレヴィが呟いた。

 「太陽の光があるうちは、あいつも迂闊に動けないはずだから」

 「夜のうちに仕掛けてこないのが謎だな」

 「意外と、夜目が利かないとかそーいうのもあるんじゃねーのか。」

 「まさか。」

話しながら、ロードは視界の端に見えている二つの青白い輝きに向かっていた。

 この世界で三人だけが持つ光は、遠くに居ても、他の魔法使いたちが沢山いても、すぐ見分けがつく。


 フィオがシエラと何か話している。ヤズミンの姿は見えない。

 少し離れた場所にいたハルは、ロードたちが近づいてくるのにずっと前から気づいていた様子で、話しかけられる距離になるとすぐに口を開いた。

 「ごめん、何人か通してしまった。隙を突かれて…」

 「空間転移だろ? ぼくが言うのも何だけど、不意打ちには最適の魔法だからな。発動させた時点で勝ち。前に、テセラから逃げるための起死回生策に使ったこともあるし」

 「使える魔法使いは、滅多にいないはずなんだけどね。流石の奴も、そう何度も連続して使えるものじゃないらしいのがせめてもの救い…かな。」

小さく溜息をついたあと、ハルは、気を取り直したように二人を見比べた。

 「そっちは、どうだった?」

 「あいつに勝てそうな手段はなんとか見つかった」

そう言って、レヴィは、昨日のスウェンとの話をかいつまんで説明した。ハルは相槌を打ちながら聞いている。

 「…というわけだ。今さらだけど、ロードのいつも使ってるそのナイフって<王立>の連中が使ってる魔道具ってのと基本的な仕組みは同じだよな? どういうことなんだ?」

 「うーん。真似をして作ったから、かな」

ハルは、あっさりと言う。

 「<王立>の人たちが使っている道具を視てて、面白そうだし、初心者にも扱いやすそうだと思って。…それを作った当時はまだ杖みたいな形のものは少なくてね。色んな試行錯誤があったみたいだよ。」

 「なるほどなぁ。研究してるとこをその眼で"視て"たわけか。」

レヴィは苦笑している。ハルにかかれば、どんな秘密も秘密ではなくなってしまう。「…で、まぁ結果的に、アステリアの魔法使い連中と同じことを、こいつも出来るようになった、と。」

 「まだ良く理解出来てないんだけどさ」

呟いて、ロードは黒々と聳え立つエベリアの城のほうに視線をやる。

 煤けた色をしているのは、焔に焼かれたせいだ。廃墟となった町の向こうに、靄の中に建つそれは、以前とは全く違う雰囲気を持って見える。


 ロードの視線に気づいて、ハルは少し口調を変えた。

 「城の奥の、妨害されて良く見えない箇所を確かめてみたんだ。手の込んだ妨害を仕掛けるってことは、よほど隠したいものがあるってことだからね。そしたら、そこにあったのは"闇"そのものだった」

 「…闇?」

 「世界の外側にあるもの。いわば<無>だ。<影>の住む世界、と言い換えてもいいかもしれない」

 「それって、世界を創り直すときに見えた…」

ロードは言葉に詰まった。

 「世界に裂け目が生まれた時に、その向こう側に視えるもののこと、だよな…?」

 「うん」

 「何だそりゃ。そんなもの、見たことないぞ?」

 「この眼にしか視えないものだよ」

ハルは自分の眸を指差し、その指をロードのほうにも向ける。

 「多分ここは、元々、裂け目が生まれやすい場所なんだと思う――かつて"海の賢者"がこの場所に住んでいたというのは、それに対処するためなんだろうね。つまりあれは、城でも祭壇でもなく、穴を塞いでおくための"蓋"なんだ」

 「蓋…。」

そういわれると、納得は出来た。

 真っ暗で、迷路のようになっていて、限られた者だけが最深部に辿り着ける構造。

 裂け目から出た<影>が外に出ないためと、迷い込んだ人間が<影>と出くわさない両方のための装置。

 「つまり、リューナスがあそこにいるのは、<影>がこっちの世界に出入り出来る穴を守るため? で、太陽の輝きが完全に消えればやりたい放題だって? ははん、見えてきたじゃないか。やつの壮大な計画がさ」

口調は面白がっているようだが、レヴィの眼は全く笑っていない。

 「こっち側の人間を、どうにかして向こうに連れて行くつもりなのか。ふざけやがって」

ぼそりと呟いて、上着のポケットに手を突っ込んだ。

 「まさかここで、人間を<影>に変える儀式でもやるつもりか?」

 「そのつもりじゃないかな。」

 「させるかよ」

 「レヴィ、君の管理する呪文に干渉してきている経路は、まだ掴めないのか?」

上着に手を突っ込んだまま、黒髪の魔法使いは苦々しい顔をした。返事は無いが、その表情がすべてを物語っている。

 「…そうか。」

 「次に干渉して来た時は確実に掴める。けど、止められるかどうかは分からない。間に合わなくて太陽の輝きが奪われたとしたら――」

言いかけた時、フィオの甲高い叫び声が上がった。

 「こらあー!」

振り返ると、少女がぴょんぴょん飛び跳ねながらヤズミンを叱りつけているところだった。

 「後ろから近づかないでって言ったでしょ?! 話を! 盗み聞き! しないでっ」

 「いや、そんなつも…うわああっ」

容赦なく炎を投げつけられて。ヤズミンが悲鳴を上げながら逃げ回っている。

 「…何やってんだ、あれ」

 「ずっとあの調子でね」ハルがくすくす笑う。「うまが合わないっていうか。シエラは、フィオにとって大事なお姉さんだから…それを獲られたみたいな気持ちなんじゃないかな」

おろおろしているシエラを他所に、フィオは思い切りヤズミンを追い掛け回している。

 見ようによっては微笑ましいのだが、フィオの放つ攻撃的な魔法は、並の人間に命中した場合は笑い事では済みそうにない威力だ。

 「…ま、あいつなら死にゃしないだろ」

ぼそりと言って、レヴィは意味深な視線をロードのほうに向けた。

 「何だよ」

 「いや、お前のほうもいつか…、…まぁいっか」

ぼそぼそと髪をかき回す。

 「その差し入れ、いつまで抱えてるんだ?」

 「あ、そうだ」

手に提げていた籠のことを思い出し、ロードは、それをハルの手に持たせた。

 「リスティさんとヒルデから。もうしばらく、ここを頼む」

 「ああ。そっちも気をつけて」

太陽が昇るにつれて、朝靄が少しずつ薄れてきている。空の下に闇を隠した古城の姿がくっきりと浮かび上がってくる。

 "鴉"の、リューナスの姿は、今日は見えない。彼は今頃、エベリアの城の中で何をしているのだろう。

 「で? どっちから迎えに行くんだ?」

 「アステリアからにしよう」

リドワンの方は、少し時間がかかる、と言っていたからだ。スウェンなら、滞りなく一晩のうちに準備を整えている。

 なんとなく、そんな気がした。




 扉を潜ると、そこは昨日と同じスウェンの部屋だった。机の前で数人の<王立>の魔法使いたちと話していたスウェンが驚いた顔をして振り返る。

 「驚かせてすいません。準備は――」

 「出来ている」

言いながら、彼は机の上の筒状のものを撫でた。魔石を埋め込んだ道具のようだが大きさからしても形からしても物騒な雰囲気がひしひしと伝わってくる。

 レヴィが、小さく口笛を吹いた。

 「またえらくゴツいもんを出してきたな。使えるのか?」

 「実戦への投入は今回が初めてだが、何とかなる。前回の、<影憑き>の大量発生の後から急遽開発させたものでね。」

出会ったのは昨日が初めてだというのに、レヴィとスウェンは今日は最初から気さくな調子だった。

 スウェンも、ともすれば失礼極まりない"少年"の態度に気分を害した様子もない。魔法使い同士、昨日の会話で何か通じ合うところでもあったのか。ロードには少し不思議だった。

 「まぁいい。巧く行くなら良し、巧く行かなくても何かの足しにはなるだろ」

言いながら、彼は背後の扉を一度閉ざし、手を当てた。

 数秒の間。

 それから、再びドアノブに手をかけながら尋ねる。

 「連れていくのは、そいつらだけか?」

スウェンが頷くと、レヴィは扉を開いた。

 「んじゃ、戻るか」

扉の向こうに見える風景に気づいて、スウェンは困惑したような顔になった。そういえばまだ、何も説明していなかった。

 「…空間を繋いだ? 珍しい魔法だが…一体、何処に」

 「説明するより潜ってもらったほうが早い。さっさと入れ」

ぶっきらぼうにレヴィが言い、自ら先陣を切って扉の向こうに消える。

 ロードだって、魔法についてよく知らなかった最初の頃はともかく、今はこれが、ほかに類を見ない珍しい力だということが買っている。まして通常の魔法では不可能だということを良く知っているスウェンのような魔法使いなら、尚更初めは信じがたいに違いない。

 ロードはスウェンに頷いてみせると、レヴィの後に続いた。


 ――風が吹いている。


 さっきまでは建物の中にいたのに、目の前に開けたのは夜明けの空と焼け跡の町。街道に沿って平原が広がっている。特徴的な城の威容があるから、そこがエベリアの町の目の前だと気づくまでにそう時間はかからない。

 ジャスティンからは、どんなに急いでも一週間近くかかる距離だ。


 スウェンは、瞬時に状況を理解したようだった。

 「…<旅人の扉>? まさか。実在する魔法だったのか…」

呟いて、彼は隣のロードを見る。

 「ということは…やはり君の眼も…?」

 「あー、いや、おれのは…。<真実の眸>ほどの力は…」

 「"今のところ"はな。」

レヴィがにやりと笑う。

 「あの白い連中は、あんたんとこの部下だろ? 細かい話は、そっちに聞いてくれ」

遠くに見えているシャロットたちのほうに親指を向けながらレヴィが言う。

 「フィオもいますから」

そう言って、ロードはたった今出てきたばかりの扉に触れて行き先をつなぎなおそうとしているレヴィのほうを振り返った。

 「これからノルデンにも行って来ます。…それで、援軍は揃う」

 「<王室付き>か! 全く、君は本当に顔が広いな。シャロットからは、さぞかし面白い話が聞けそうだ。」

 「……。」

扉を潜りながら、ロードは、妙に愉快そうなスウェンの横顔をちらりと眺めた。その表情を見れば何を考えているのかは大体分かる。


 そして、ふと思った。

 もしかしたらこの世界の魔法使いたちは、自分たちが思っていた以上に、"お伽噺"に興味を持っていたのかもしれない、と。




 ノルデンに扉を繋ぐときは、さすがにレヴィも遠慮したのか、リドワンの自室に直接出たりはしなかった。繋がれた場所は、部屋の前の廊下。大して違わないのに、妙なコダワリだ。

 「何で直接、中に入らないんだよ。」

 「いや、まぁ。こっちは面会のしきたりが色々煩いからな」

一呼吸置いてから、彼は扉をたたき、返事があったのを確かめてから開いた。

 中にいた三人が振り返る。真ん中にいるのは部屋の主リドワン。傍らには何があったのか、げっそりと疲れた表情をしたユルヴィ。そして――

 「げっ」

 「……随分な反応だな」

腕組みをしたまま憮然とした顔をしているのは、ユルヴィの兄・ヴァーデだ。彼のがっしりとした体躯と重厚な装備のせいで、室内がやけに狭く感じられる。


 黒いマントの下に覗く鎖帷子を見て、レヴィは苦笑した。

 「まるで戦争に行くみたいな格好してんなぁ」

 「戦だろう? 相手が人間ではないというだけのことだ」

 「つーかさ、剣で魔法使いとどう戦うつもりなんだ。まさか、こいつ連れていくのか?」

レヴィが視線を投げかけると、部屋の主はゆっくりと頷いた。

 「いかにも。ノルデンには、ノルデンの戦い方がある。それに、これは――かつて"暗黒時代"に実際に使われた戦法を発展させたもの」

 「兄上のそれは、ただの剣ではないんですよ」

とユルヴィが説明の口を挟む。ヴァーデが腰の剣を引き抜くと、鞘の下から明るい、熱を帯びた輝きが漏れた。

 ロードははっとして、自分の腰に提げているものに手をやる。

 「太陽石…」

 「そう。<影>を滅する光と熱を発する石を柄に嵌めこんであります。魔法が使えなくとも、刃をもって<影>と戦うことが出来る。最も、太陽石は加工が難しいので数はそれほど用意されていないんですが」

 「へぇえ、巧いこと考えるもんだ。対人戦には向かなくても、<影>相手には効果てきめんってワケか」

 「それだけではない。」

リドワンは、ちらりとユルヴィのほうを見やった。

 「剣士には魔法使いが援護に付く。攻撃と支援、二者が一心のもとに動くことで相乗効果を生み出す」

 「面白い方法だが、言うは易し成すは難しだ。実際にやるとなると、そう簡単にはいかないぜ」

 「問題ない。ノルデンの、<王室付き>の魔法使いは普段から、得意分野の異なる二人が一組で動く。今では魔法使い同士の組み合わせが普通になっているが、かつては剣士と魔法使いだった。相性というものはあるが――」

 「――兄さんとは、生まれた時からの長い付き合いですからね」

ユルヴィが、後を続ける。

 「お互い自分たちの性格も癖も良く知ってますから。…もっとも昨夜は、ほとんど徹夜で技あわせをしてましたけど」

 「ふん、たまたま王都に報告に来ていたら騒ぎに巻き込まれてな。そのために喚ばれたというわけだ。貴様らには不満かもしれんが、他に今すぐ二人組になれそうな剣士と魔法使いもいない。今回は我慢してもらおう」

 「我慢なんて。力を貸してもらえるんだから、お礼を言わないと」

 「……。」

ロードが言うと、ヴァーデは困ったような顔になる。横からリドワンが口を挟んだ。

 「無駄だ。その男には厭味など効かんよ」

少し笑ってから、老魔法使いは真面目な表情に戻る。

 「――すぐに発つのか」

 「あんたらのほうが良ければね。行き先はアステリアの東の端だ。<王立>の連中は先に到着してる。問題は?」

 「大いに在る、と言いたいところだが、状況が状況だ。我々を領土侵犯の罪で告発してくるようなことも無いのだろう?」

レヴィは、ちょっと肩をすくめた。

 「まぁ、無いだろうな。」

くるりと向きを変え、扉の方を見る。

 「じゃ、戻るとするか」

黒いローブを翻して、ノルデンの現役魔法使いと元魔法使い、それに騎士が後に続く。

 開かれた扉の向こうには、エベリアの、黒く焼け焦げた壁が見えていた。

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