第1話⁂赤い月⁂
血のように赤い満月が、光り輝く夜に誕生した赤ちゃん。
嵐の前の静けさ*✰・*。
不吉な事が起こる前触れなのでしょうか……?
この赤ちゃんの未来を予測したように、青い夜に不気味にどす黒い赤褐色の月が、光りを放っています。
1955年もう直ぐ夏至を迎える、そんな6月20日の満月の夜に北九州市小倉北区に生を受けた矢田静子―――
静子の祖父母は太平洋戦争中に、朝鮮半島から日本に移住してきた朝鮮人だと言われています。
その為、静子の祖父母が朝鮮人なので父親も朝鮮人という事になります。
北九州市小倉北区には暴力団事務所が多い事も有り、なんの躊躇もなくヤクザになって行く人も少なからずいた時代。
ましてや、あの時代は、朝鮮人と言うだけで酷い差別を受けていた時代なのです。
その為、まともな仕事にも就けず、仕方なく暴力団になっていく人達がいた時代。
一方の母親の方はと申しますと、小倉北区の被差別部落の貧乏長屋に誕生した人物で今現在はキャバレーで働いています。
あの時代は、被差別部落出身と言うだけでちゃんとした職業にも就けない、そんな、まだ差別も色濃く残る時代の事です。
『1955年~1973年までの19年間の高度経済成長期に、日本経済は年平均で10%もの成長を続けた。
この時期に、海外から革新的な技術を採り入れ、自動車産業、電気機械業、化学工業、造船業などのメーカーが、新しい設備を導入。
会社の規模を拡大していった。
また、耐久消費財の普及が進んだこの時代は、冷蔵庫・洗濯機・白黒テレビが“三種の神器”と呼ばれ、人々の生活水準も向上し、家電市場が急激に拡大した。
北九州市は、日本四大工業地帯の一つとして繫栄し、一方で激しい公害をもたらした』
そんな高度成長期を突っ走る日本において、まるで時間が止まったかのような劣悪な環境の場所、それが父親のキム・ドユン(日本名矢田忠)と母親矢田町子が育った路地の生活なのです。
橋を渡るとその生活は一変します。
今にも崩れ落ちそうな劣悪な家屋やバラック。
また、路地の8軒長屋で共同便所、朝はトイレの順番待ちで、『早よ出え』と喧嘩が絶えません。
共同ポンプの、飲み水の確保が出来る水場が一つ。
雨の日は、ぬかるみの路地で傘をさして水汲みをしたものです。
また衛生環境も劣悪で、まさにスラム。
父親と母親は同じ様な劣悪な環境で育ち小さい頃からの顔見知り。
そして自然の成り行きで付き合い、やがてお腹に命が宿ったのです。
それが静子なのです。
やがて若い2人は結婚したのですが……?
しかし、父親は静子が小さな頃に暴力団抗争で殺害されたと言われています。
その為、母と祖母に育てられた静子なのですが、母親はキャバレー勤めで家に滅多に帰って来ません。
偶に帰って来たかと思うと、ぐでんぐでんに酔っぱらって若い男と一緒で、静子が見ているにも拘らず、へっちゃらでキスをしたり抱き合ったりしています。
「アハハ!大好き!チュッ!チュッ!」
「もう!鬱陶しい」
男が邪険にするとオドオドして「お願い捨てないで~!」
それの繰り返し。
こんな母親なので甘えたくても甘えられません。
母親は男の事で頭が一杯で、娘をおもんばかる余裕など何処にもありません。
幼少期の母を思い浮かべる時、いつも思い浮かぶのは、男に捨てられ酔いつぶれた母の姿しか思い出せないのです。
更には、静子は朝鮮や被差別部落の人たちが集まる部落に住んでいたということから、小学校・中学校では酷いイジメに遭っていました。
幼少期の静子は家にも学校にも居場所のない、不幸を絵に書いたような少女だったのです。
名立たる韓流スターやKポップスタ-が映像媒体で活躍する現在では、考えられない事ですが、日本では一昔前までは朝鮮人に対する差別が酷かったのです。
「キムチ!キムチ!臭い!臭い!」
「何が矢田静子だよ~?チャンチャラ可笑しい、本当はキム・ソア!」
「本当よ!な~に格好付けてんのよ?キム!」と散々。
悔しくて悲しくて「ワァ~~~ン😭ワァ~~~ン😭ワァワァ~~ン😭ワァワァ~~ン😭」
いつもおばあちゃんの胸に飛び込んで泣いていたものです。
すると、おばあちゃんは必ずと言って良いほど、耳元で囁いてくれました。
「な~にを言っているんだい?静子は誰にも負けない美人さんじゃ~ないか?
そのルックスと作詞作曲している曲も一杯あるじゃないか~!静子東京に出なさい!」
静子は子供の頃から才能あふれる、人目を惹く美人。
その為、九州地方のローカルモデルやシンガ-ソングライタ―として活躍していたのですが、やがて九州出身の大物アーティストの目に留まり、メジャー進出して行く事に………。
ですが、静子の未来は苦難と絶望の連続で、想像を絶する光と影が覆い被さって来る事になるのです。
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