第60話 元カノが来た!②

 バイトが終わりシェアハウスへ戻ることにした。どこかで夕食を食べて時間を潰せば、じきに結衣も帰ってしまうだろうと思いはしたが、夕食を買って帰ることにした。キッチンにいたとしても、二階へ上がってしまえばずっと顔を合わせることはない。


 そっとドアを開けてキッチンの様子をうかがった。


 日南ちゃんと二人でキッチンにいる。あとは……光さんがいる。


 のぞいた時に光さんと目が合った! だが、無視してスーパーで買ってきた弁当を持って二階へ上がろうとした。


「あら、あら、夕希君お帰り~~! こっちへいらっしゃいよっ」


 っと、大きい声で呼び止められた。


「ちょ、ちょっと忙しいんで……」

「久しぶりに高校の同級生が来てるんだからいいじゃない!」

「えっ、ええとっ」

「夕希君の分もあるんだって、ケーキ! せっかく持ってきてくれたんだから、食べましょうよ!」

「あ、あああ。わかりました……」


 そんなものまで用意して来たのか。そ~~っとキッチンに入る。


「私たちの分まで、買ってきてくれたんですって。悪いわよねえ」


 喜んでるじゃないか。光さん、ケーキで買収されてしまったのか。


「じゃ、ここで夕食にするよ」


 すると、すかさず結衣がいった。


「あら、スーパーのお弁当、買ってきたのね」

「まあね、店のだから」

「私たちはうどんを食べたのよ。日南ちゃんとここで作って。おいしかったわ」

「それもスーパーで売ってたやつか……」

「そうよ」

「ここでクラス会の相談しなくてもいいのに」

「まあ、硬いこと言わないでっ」


 光さんが言った。


「高校時代は付き合ってたんだって、二人は」

「ま、まあ」


 言いふらされたのか! おしゃべりだなあ。光さんにまで知られてしまった。


「まあ、いろんなことがあるわよ、学生の頃は」

「そうですね。自分では否定していても、お互い惹かれ合っている場合もありますし」

「何それ、花島先生の事っ。あの人はそういう人じゃないって」

「まあ、いいですよ」


 結衣は、僕とよりを戻したいとでも思ってるのかな。僕の方はもう吹っ切れたし、彼女を好きだったころの自分には戻れないと思う。今はどうしてるのかな。


「今は、付き合ってる人はいるの?」

「同じ大学の友達と、付き合ってる。だけどまだ始まったばかり」

「じゃあこれから、発展する可能性があるな」

「まあ、そうかもね。そっちはどう?」

「僕は……付き合ってる人はいない。友達以上、彼女未満かな……」


 香月さんの顔が脳裏に浮かんだ。一番彼女に近い、と自分では思っているし、大切な人だ。


「危うい関係ね」

「そう。でも、そういうのは突然終わったりはしない」

「私たちだって突然終わったわけじゃないのよ」

「そうだったかな」

「いろいろなすれ違いや、思い違いが積み重なって、突然ぷつんと糸が切れたみたいになってしまった」

「僕にはその過程がわからなかった。だから、唖然として一方的に振られたと思ったんだ」


 それを彼女から説明されても、困る。卒業してからは、二人ともそれぞれの道を歩き出している。


「ねえ、なんかじれったいわねふたりとも。結衣ちゃんは夕希君が嫌いだったわけじゃないってことじゃない。こうして会いに来てくれたんだから、よりを戻すってのもいいんじゃないの?」


 光さんがいった。それは無理だろう。人の気持ちは、そう簡単には変えられない。

 結衣がいった。


「よりを戻す……か。それもいいかも」

「えっ、何を言ってるの……」


 昔僕が大好きだった彼女の丸い瞳がじっとこちらを見つめている。この瞳で見つめられるのが好きだった。そして、そんな視線を感じたくて精一杯目立つことをしていた。お笑い芸人の物まねをしたり、アイドルのダンスの振り付けを覚え、目の前で踊ってみたり。教室では、自信もないのに手を挙げたり、結衣に好かれるために努力していた。自分が変わって、殻を抜け出せたような気すらしていた。


 日南ちゃんがしみじみいう。


「昔はうまくいってたんだよね。その時は楽しそうだったのにね。いつの間にか、ぎくしゃくしてきて……」


 最初に好きになったのはどちらだったのだろう。多分僕の方だ。彼女の生活範囲に入りこみ徐々に親しくなった。親しくなったことが実感できて告白した。キスをしたのはそれから間もなくのことだった。自分の気持ちは煮詰まっていた。夢のようなキスだった。抱きしめると、ほんのりと花のような香りがした。花が咲いているような気がしたのだ。心の中にも花が咲いていた。


 あれは甘く儚い夢だった……。


「あたし、夕希君が一方的に冷たくなったのかと思ってた」


 自分の気持ちを理解してないって言われたから、冷たかったのかもしれない。日南ちゃんのその言葉を聞いていた彼女の目が潤み始めた。


 あっ……。そんな……。


 目は瞬く間に充血して、涙でいっぱいになった。そっ、そんなことが……。


 まずい!


 おいっ。どうして?


 あわてて駆け寄ると、結衣は僕の方へ歩み寄り胸に顔を寄せた……。


 僕は彼女の肩に腕を回して肩をなでた。いつの間にか彼女の頬が僕の胸の前に合った。懐かしい感触と体温が伝わってくる。こんなことが自然にできていたころもあった。


 いとおしさがこみあげてきて、ぎゅっと体を抱きしめた。


 暖かくて、懐かしくて、思いが通じ合っていると思っていたあの頃がよみがえる。


 それから腕を離した。


 過去の思い出だったはず……。結衣もゆっくりと離れた。


 目は充血したままだったが、きゅっと口元を引き締めいった。


「さ~~て、感傷に浸ってるのはここまで。クラス会の相談の続きをやらなきゃね、日南ちゃん」

「そ、そうだった」


 切ない思い出に、胸が苦しくなった。

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