第54話 シェアハウスに夏が来た⑧

 翌日は日勤の光さんがやってきた。顔を見ているだけでこちらも元気になったような気がする。


「やあ、夕希君どう? ゆっくり休めた?」

「おかげさまで。お腹の方もだいぶ落ち着いてきたような気がします。昨日は日南ちゃんと亜里沙ちゃん、それに大学の同級生がお見舞いに来てくれました。こんな格好で恥ずかしかったけど」

「うれしかったんでしょ。病気になるのは仕方がないことよ。今日はもう少し食べ物も出るよ。元気出して」

「食べても大丈夫なんですか」

「少しずつならね」

「検温ね、はい」

「あ、はい」


 体温計を脇に挟み、光さんの胸のポケットに並んだペンを見る。キャラクターもののペンのようで、目を引く。


「それ、キャラクターもののペンですよね」

「そうなのよ。患者さんにもらったんだけど、使いやすいからくっつけてるの。白衣じゃ何も飾るところがないから、さりげないおしゃれ」

「アニメのファンからのプレゼントなんですね」


 話し込んでいると、担当の医師が入ってきた。入院した時には、自分のことで頭がいっぱいで気にも留めていなかったのだが、名札には花島と書かれていた。よく見れば、枕元にも同じ名前が書かれている。


「今日、検査の結果が出ました」

「検査って……」


 あっ、胃の組織の検査! 


 そばにいる光さんの視線が痛い。僕は体中を耳にして、次の言葉を待った。


「悪性腫瘍ではありませんでした」


 ふう、体の力が抜けていく。


「胃潰瘍も急性のものだから、休養すればじきに綺麗になるでしょう。一週間後に見てみましょう」

「見るっていうと……ひょっとして」

「胃カメラをやります」


 喜びで急上昇したと思ったら、急降下した気分だ。医師の顔を見る余裕がやっとできたのに。


 じっと顔を見ると、結構若い。三十代かな。二十台ってことはないだろう、と値踏みしていると、結果がよかったので彼は余裕の笑みを浮かべていった。


「光さんは、口は悪いけど看護師としては優秀な人だから、面倒見てもらえてよかったですね。安心してゆ~~っくり休んでてください」

「はあ~~、ほっとしました」


 光さんも結果を聞き緊張でこわばっていた顔が緩んだ。


「よかったね、夕希君。若いから治るのも早いわよ。今後は食事には気を付けて、不規則な生活を改めなきゃね!」

「おお、彼女の言うとおりだ」


 おやおや、この二人いい雰囲気。


「若い先生でよかったな。先生はおいくつですか?」

「僕は……何歳に見える?」


 年齢当てクイズ?


「そうだなあ、研修を終えたばかりには見えませんし、四十代にも見えないから、三十代の前半、いや後半かな?」

「うっ、三十代とは」


 すると光さんが、すかさず突っ込む。


「あらあ~~、三十代に見えたんだ。老けて見えるんですよ」

「何だよ、秋沢さんまで。僕って老けて見えるのか?」


 二十代だったのか。


「二十九歳だよ。まだ二十代だ。でももうすぐに三十代になるけど」

「若いんですね。落ち着いてるから、そう見えました」

「まあ、いいや」


 光さんも二十代のはず。光さんに話題を振る。


「光さんは……何歳でしたっけ?」

「もう、夕希君、レディに年を聞くなんて、悪い子ねっ」


 すると今度は花島先生が反撃する。


「二十五歳だっけ、秋沢君は」

「違いますっ。私は二十三歳です」

「へえ、しっかりしてるからもっと年上だと思った」

「しっかりしてるかどうかと年齢は関係ありません!」


 頬を膨らませて抗議している。自分より五歳年上だけどこんなにしっかりしているんだ。彼女の自信に満ちた身のこなしが欲しい。


「そうだ、その通り! 手術中の顔は殺気立ってて、手つきはまるで手品師のようで、いつどこから道具が出てくるのか予測不能だし、診察のときも何か抜けがないかどうか監視の目を光らせている」

「はあ、私がいつそんな手品師のようなことをしました? それに、先生の診察を監視した覚えはありません!」

「だって、いつも横でにらんでるじゃないかあ」

「睨んでるわけじゃなくて、こういう顔なんですっ!」


 僕の存在を忘れてる。


「あのう、喧嘩しないでください」

「あら、喧嘩したわけじゃないのよ」

「そうだよ、事実を言ったまでだから」

「また、その一言が余計なんですよ!」

「君の方こそ、なんだよ」


 はあ、こんな仲のいい人がいたんだ。


 僕は患者ですが……。


「先生、次の患者さんの部屋へ行かないと」

「わかってるよ、君に言われなくても行くよ」

「さあさあ」


 そういいながら、光さんは僕の体温をパソコンに入力する。ジト~~っと彼女の顔を覗き込む。


「光さん、花島先生と仲がいいですね」

「よくないわよっ!」


 あまりに退屈な入院生活、二人のやり取りが楽しくなった。

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