#3:歓喜と祝杯、そして安堵
ふわりと、体が宙に浮く感覚。
そして、ふかふかと、何かに包まれる。
温かい。
このまま、眠ってしまいそうな…………。
「リザさん。リザさん! 起きてくれ」
「………………う、ん?」
目を、開く。
そこは、夢の中ではなく。
現実。
わたしたちが同衾した、ベッドの中だった。
漆黒のカーテンに包まれた狭い空間。フェンリーに体を重ねたときには見ていなかった天蓋の、星々を描いた意匠が目に付く。
「ここは…………」
「良かった。変な光に包まれたから、てっきり目覚めないかと」
眠ったときとは違う姿勢。わたしは仰向けに寝ていた。隣からフェンリーが顔を覗かせる。
「変な光…………」
そういえば、包まれていたな。明らかにやばげな赤い光に。うっかり、ドラクエの方じゃない別ゲームの呪文を入力したのが間違いだった。
いやそれにしたって、入力後の確認もなくいきなり受け付けるんだから困るよな。
ともかく。
「戻ったか」
体を起こす。不思議と、疲れが少し取れている。傷の痛みも薄い。蘇生の奇跡の副次的な効果か? あるいはただ仮眠を取ったからか。
「無事かい? リザさんは」
「それはこっちの台詞だ。お前は死んでたんだから、体の調子とか、異変がな、い、か………………」
そこで、はたと。
気づく。
わたしが、というか。
わたしたちが、一糸まとわぬ姿であることに。
「…………………………っ!」
慌てて、フェンリーから距離を取る。その拍子にカーテンを抜けて、ベッドから転がり落ちる。
「うぎゃっ」
「だ、大丈夫か?」
「いい。大丈夫だ」
むしろカーテンがわたしとフェンリーの間に立ち塞がったことで、これ以上裸を見られずに済むという安堵の方が大きい。
ベッドのマットレスに背中を預けながら、絨毯の上に座る。
「…………………………見たのか」
「…………ああ」
フェンリーからは、ただ、肯定の言葉が返ってくる。
「あのとき……。下水道で見たときの傷がやっぱり、気がかりで……。それにクラウンから受けた傷も大丈夫か心配だったし……」
「じゃあ、見たんだな」
「…………見た。その脇腹の、焼き印は……」
見られたのか。
奴隷だった証。
わたしの、見られたくないもの。
「リザさん、君は、一体」
「忘れろ。そしてさっさと服を着ろ」
立ち上がる。ベッドの脇には、寮からドグが持ち出してくれた新しい神官服がある。下水道で馬鹿どもに裂かれた分と合わせて、少し、予備が心もとなくなったな。ダダが何着も同じ神官服を持っていた理由が、今だと少し分かる。
「………………わたしは、不浄の聖女だ」
「…………………………」
少し間をおいて、わたしは、答えた。
フェンリーの問いに。
「どうして不浄なんだろうな。ツヴァイを――災いを呼ぶ獣を操るからか。呪いをその身に引き受けるからか。黒い神官服に身を包んで、処刑人の剣を振るうからか。あるいは…………」
そう、あるいは。
「純潔じゃないからか」
「……………………」
「わたしは、純潔じゃないんだよ。分かるだろ。ユニコーンと真逆の性質を示すバイコーンを乗りこなしている。グランエルの人間はまさか聖女様が純潔ではないはずがないと思い込んでいるのか、本当は気づいていて黙ってくれているのか分からないけれど。でも、少し考えれば分かることだ」
わたしが、純潔じゃないことは。
「だから不浄なんだ。純潔じゃないから。純潔とは真逆を示すものだから…………」
衣擦れの音がする。
「たぶん、それは違うと思う」
フェンリーの応答。
「…………………………」
「だって、君は聖女と呼ばれて何年経った? いつからそう呼ばれるようになったのか分からないけれど、精々数年の話だ。だったら、まだ君の名前に、不浄の聖女という名前に意味はさしてない」
意味はない、か。
「考えてみてくれ。アデルはどうして紅蓮の聖女と呼ばれている? 本人の髪が赤くて、瞳が赤くて、赤い炎を扱って、赤い服に身を包んでいるから。そのくらいの理由だ。だから理由なんて適当なものだし、その中から好きなものを選べばいい」
「…………………………」
「君に冠された不浄の意味は、まだ決めるべきじゃない。君が純潔じゃなかったとしても、俺はこうして救われた。グランエルの人たちもそうだ。グランエルの人たちは、君が純潔でないと知ったら、身を引いてしまうような人たちなのか?」
「それは………………」
分からない。
分からないから、怖い。
服を、着終える。ベッドのわきから、簡素な木綿の服を着たフェンリーが出てくる。
「今は、いいんだ。君の持つ不浄の意味なんて。今はただ、ここまでの戦いを武勇伝のひとつにでも加えておくくらいでいい」
「………………そうだな」
いつの間にやら回収されて届けられていた『罪洗い』を手に取る。そして、ベルトで腰に帯びた。
そこには、いつものわたしがいる。
三年間、そうあれかしと求めてあり続けた、わたしの姿が。
「行こう。ドグがお前のことを心配している。待たせると今度はあいつが死にかねん」
「そうだな、行こうか」
寝室を後にして、わたしたちは通路を歩く。
フェンリーと褥を共にしたときには太陽が西に沈みかけていたが、今はどっぷりと闇が広がっている。明るいのは星々と、天高く浮かぶ月。
「…………フェンリーは、夢の内容をどこまで覚えている?」
「全部、はっきりと覚えているよ」
「わたしが、この世界の人間じゃないと言ったこともか?」
「ああ。それは、本当なのか?」
長い通路を、月明かりに照らされながら行く。少しずつ、喧騒が近づいてくる。
「本当だ。……『三人の転生勇者』の伝説を知っているか?」
「知っている」
「そして今、不逞の勇者ハッタローと、不死の賢者ツグィロウが伝説の転生勇者、その再来だと目されていることも、か?」
「それも、聞いたことがある。王都だとそういう噂は耳に届くのが早い。エルフェルト自治区が『三人の転生勇者』の物語を編纂しているのは、ツグィロウが転生勇者だということを広めるためだと、そんな話も聞いた」
「仮に転生勇者の再来という符号が事実なのだとすれば――――」
『罪洗い』の柄頭に取り付けられた魔法石に触れる。
「わたしは、その三人目だ」
「………………それは」
「三人目の転生勇者。女神が遣わした天使から、あらゆる力も、不死の命も与えられず、それどころかすべてを奪われ転生させられた存在。物語すら奪われ、人々の記憶に残らなかった勇者。その再来が、わたしだ」
「……君は、じゃあ、何を為そうと言うんだ? このドラゴヘイムで」
「兄二人を殺す」
即答した。
これは即答だ。
「勇者も賢者も、彼らを転生させた天使も女神も皆殺しだ。そのためにわたしは強くなる。強く、ならないといけないんだ」
初太郎、殺す。
継次郎、殺す。
ファーストも、エナスも、アイナーも。
それだけじゃない。
わたしを嬲りものにしたレムナスの連中。カルラの奴隷商マヌア。ダダの父ダグラス・バーバラ。
全員殺す。
「別にこのことを秘密にしろとは言わない。どうせ言っても誰も信じないだろうからな」
ただし。
「ひょっとしたら、すべてを殺し終えたとき、はじめて不浄の意味は明らかになる、のかもな」
そんな、よくできた小説のタイトルみたいなこと、実際に起こるかな?
分からない。案外、復讐譚の途中できっちり意味を持つようになるのかもしれないし。
さて、そんなことを言っていたら、大広間に続く扉の前に辿り着いた。
「さて、みんながお待ちかねだ」
扉を開く。
大広間には、大勢の人間が集まっていた。
クラウス、ドグ、メロウ先生、神学校のみんな、メアリ、仕事人の人たち、アデル、紅蓮騎士団の面々、などなど。
わたしたちが入ると、真っ先にドグが反応した。
「お兄ぃ!」
ドグは駆け寄って、フェンリーに抱き着く。
「良かった…………。ほんま、良かった」
「心配かけたみたいだな」
フェンリーは彼女を受け止め、頭を撫でた。
「リザちゃん」
わたしの元には、アデルが近寄る。
「ありがとう。フェンリーくんを生き返らせてくれて。紅蓮騎士団の代表として、わたしからもお礼を言うよ」
「………………大したことじゃない」
「リザはんありがとうな!」
「うわっ!」
ドグがこっちに飛びついてくる。
「お兄ぃ、ほんばにじんでまうがど…………」
「ええい! 近づくな。おろしたての服に鼻水がつくだろ!」
ドグを引きはがす。
「さあ、フェンリーさん、リザさん」
次に寄ってきたのはクラウスだ。
「みなさんが今回の英雄をお待ちですよ」
「……みなさん」
「こちらへ」
わたしたちを連れて、クラウスが大広間に続くバルコニーに案内した。
そこからは、屋敷の庭園が一望できる。
どっぷりと闇に浸かる庭園は、しかし煌々と明るかった。あちこちでたいまつを焚き、ランタンを灯している。そしてその庭園には大勢の人がいて、食事をしたり酒を飲んだりして楽しんでいる。
「祝勝会、のようなものです」
クラウスが説明する。
「大きな戦いの後には、祝宴と相場が決まっていますからね」
「…………あ、聖女様!」
庭園にいた一人がこちらに気づき、手を振る。その声に応じるように、他の人たちもバルコニーを見上げる。
「騎士様も!」
「生き返ったんだ!」
「ご無事でしたか!?」
口々に歓喜を叫ぶ人々を、クラウスは手を挙げて制する。
「みなさん! あらためて――今回の首魁、クラウン・ライオットを討ち取った者たちを紹介します。不浄の聖女シスター・リザ、そして紅蓮騎士団の若き騎士フェンリー・マックールです」
歓声がひときわ大きくなる。
「どうにも、恥ずかしいな」
フェンリーが呟く。
「敵将の首を討ち取るのは騎士の誉れです。武勲としてお受け取り下さい」
クラウスが呟きに答える。
「わたしは騎士じゃないんだけどな」
「それでも騎士に匹敵する働きをしてくれました。不浄の聖女の名声はいよいよ確固たるものになるでしょう」
名声、ね。それは、あまり考えていなかったな。
「……我々は今回の戦いで、多くのものを失いました」
歓声が、徐々に止んでいく。
「グランエルの町は中心部こそ無事ですが、周辺部では建物が破壊された場所も多くあります。そして何より、大勢の人が傷つき、そして亡くなりました」
しかし、とクラウスは力強く言う。
「今、我々は生きている。生きて、この町を守り抜いたのです」
メイドのひとりが、クラウスの横に近づく。手には酒の入ったグラスを持っていて、それをクラウスに手渡す。
「今はただ、それを言祝ぎ、ともに喜びを分かち合いましょう。後にやってくるだろう、悲しみに備えて」
グラスを掲げる。
「勝利を手にした、今日という日に!」
庭園から、祝杯の声が上がる。
大勢が亡くなった。
それでも、今、わたしたちは生きて、このグランエルにいる。
その事実を噛みしめるために。
小屋に繋いでおいたツヴァイの様子を見るという名目で、わたしはすぐに祝宴会を離れた。
少し、ひとりになりたかったのだ。
小屋に入ると、ツヴァイが甘えるように鼻を鳴らした。
「よしよし。分かったから」
調合台の上に、バスケットを置く。会場から食事をいくらか持ってきたのだ。
「ほら、これはツヴァイ、食べたことないだろ」
バスケットからフライドチキンを取り出し、鼻先に近づける。初めて見るものに警戒してツヴァイは匂いを嗅いだが、すぐにぱくりと食いついた。
「……しかし、揚げ物がこの世界じゃ贅沢品だとはな」
バスケットからフライドポテトを摘まみ上げ、口に放り込む。塩はかかっておらず味があまりにも素朴だが、久々に食べた揚げ物はやはり美味い。
「考えてみれば、そうか。植物油なんてランタンの燃料とかに使うもので、そんなものを大量に鍋に入れて調理するなんて、油の無駄遣いもいいところだよな。自分がいかに飽食の時代に生きていたのか、今になって実感するとは……」
それにジャガイモだの肉だのなんてのは、いくらでも調理して食べる手段がある。わざわざ油を大量に消費して揚げる必要もない。衣に使う小麦粉も、決して安くはないわけで……。
ツヴァイの横に座る。壁に背中を預け、息を吐いた。
「……………………疲れた」
呟くと、ポロリと、涙が零れた。
悲しいわけじゃない。ただ、とめどなく涙が溢れて止まらなかった。
ツヴァイがじっと、こっちを見る。そして、顔を上げる。
「…………ツヴァイ?」
彼の見た方へ眼を向ける。小屋の扉が開かれていて、そこには、クラウスが立っていた。
「……すみません。勝手に入ってしまって。でも、少し様子が気になったもので」
バスケットを手にしたクラウスが、小屋の中に入ってくる。ツヴァイはあまり警戒する様子もなく、鼻を鳴らした。
「ツヴァイさんも、頑張ってくれましたね」
クラウスが手を伸ばすと、ツヴァイはそれを受け入れた。クラウスを背中に乗せたことで、ずいぶん慣れたらしい。
「……どうして、ここに?」
「リザさんの様子が少しおかしいと思いまして」
「分かるのか?」
「聖女も領主も、他人にあまり弱い顔を見せられないという意味では、同じ立場ですから。なんとなく分かりました」
バスケットを置いて、クラウスが隣に座った。
「何か、ありましたか? 不安なことが?」
「別に、なにも…………」
いや。
強がっても、仕方ないのかもしれない。
「…………怖かったんだ」
言葉が、涙と一緒に溢れてくる。
「戦場にいるときより、怖かった。フェンリーを生き返らせるのに、体を重ね合わせたのは、怖かったんだ」
「…………………………」
「フェンリーに、何かされるかもしれないと思うと、怖くて……。フェンリーを、軽蔑することになるんじゃないかと……。それをドグに隠して、これから先ずっと友達のふりをしないといけなくなるかもしれないと思うと、怖くて」
フェンリーがもし、わたしをあの場で襲っていたら、どうなっていたのだろうか。
わたしは、怒れたのか。
復讐心を持って、フェンリーを殺そうと思えただろうか。
それともその気持ちを押し殺したかもしれない。
フェンリーに復讐心や軽蔑を抱けば、それは…………。
ドグとの関わり合いにも影響があるから。
もう二度と、ドグのことを友達と呼べなくなるから。
「怖かったんだ。ドグと、友達でいられなくなることが」
でも、その恐怖を乗り越えた。
「よかった……。フェンリーが、軽蔑するようなやつじゃなくてよかった。ドグと、友達のままでいられてよかった……」
「リザさん……」
「よかった……。怖かったのと、ホッとしたのが一緒くたになって、ぐしゃぐしゃになって苦しいんだ。涙が、止まらない」
視界が歪む。嗚咽が漏れて、呼吸が荒くなる。
全部、吐き出したかった。
「……そう、でしたか」
クラウスは、わたしの手を握ろうとする。手に触れて、ためらい、それから今度は、きっちりと掴んだ。
「僕はあなたの感情に、何も言えません。安心しろとか、もう大丈夫とか、そんな安易な言葉を吐けない。…………僕には、何ができますか? 領主ではなく、友として」
「………………少し、隣に」
もう少しだけ、近くに…………。
クラウスが、わたしの肩を抱き寄せる。
だが、そのとき。
「……………………グルルっ!」
ツヴァイが、いななく。
クラウスに嫉妬したのかと思ったが、どうも、そうではない様子で。
わたしたちは小屋に満ちた気配に、はっとして立ち上がる。
小屋の入口から、白い靄が入ってくる。
それは、龍の鎧をまとった騎士の姿として現れた。
「クラウン・ライオット!」
倒したはずの男が、再び現れた。
「なぜここに」
思わず剣に手が伸びる。だが、その動きをクラウン翁が制する。
「待たれよ。我は汝の剣に貫かれた身。もはや魂の残滓のみをこの世に留める存在。この鎧に残っていた僅かな霊魂でもって、最後の挨拶に参った次第」
「…………挨拶?」
「しかり。現領主クラウス・ライオット」
兜を脱ぎ、クラウン翁はクラウスに相対する。
「汝の戦い、見事であった」
「…………僕は、何もしていません」
「なるほど、汝は剣を持ち、勇ましく戦う戦士ではない。だが、人々の上に立ち、先導する者である。我とは異なる領主の在り方を、確かに示したのだ」
そうだ。
クラウスは、示した。領主としての在り方を。グランエルを守る者としての矜持を。
「そして神官、シスター・リザ。汝もまた、見事である。死の恐れに立ち向かい、剣を振るう様は騎士に並ぶ勇猛さである。誇られよ」
「…………わたしは、騎士ではないんですけどね」
「しかれども、その武勇は語り継がれるべきである」
クラウン翁は、天井を見やる。
「本来であれば、あの赤き騎士の勲も賞賛するべきであるが、この体では彼の者のところまで歩むのは難しいゆえ。汝らに伝えてもらおう。彼の者、騎士として見事な振る舞いであったと」
「伝えましょう」
彼は満足げに笑う。
「そして感謝と謝辞を。クラウス・ライオット。シスター・リザ。今になって我は正気に戻ったのだ」
「正気、ですか?」
クラウスの問いにクラウンが重く頷く。
「しかり。ハッタローと言ったか? 彼の者に墓を暴かれた折、結界が無理に破られ、我をよみがえらせる術式にほころびがあったようである。本来、アンデットとは生者を恨む存在。その恨みを墓荒らしにのみ向ける制御の術式を破られ、敵意をグランエルに向けてしまったようなのだ」
「…………それは」
「加えて、この龍の鎧である。戦に敗れたことで今は沈黙しているのであるが、この鎧、以前は深い憎悪を我に刻み続けていたのである。この鎧が我に見せた記憶を参照するに、どうやらこの龍もまた、ハッタローなる手合いに命を奪われたようにて」
「……やはりか」
初太郎。あいつがやらかしたことが巡り巡って、今回の事件につながっているということか。
あの馬鹿、殺す理由が着実に増えているな。
「本来であれば、この汚名はハッタローを我自身の手で仕留め、そそぐべきものであるのだが……。それは叶わぬ」
「ならば、その汚名はわたしが晴らしましょう」
「シスター・リザ。……頼めるか?」
「初太郎はわたしにとっても不倶戴天の敵。必ず、討ち取ります」
「ならば、頼む。………………最後に、クラウス・ライオット」
クラウン翁はクラウスに向き直る。
「手を」
「…………はい」
クラウスが右手を差し出すと、クラウン翁がそっと、何かをクラウスに渡した。クラウスの体が影になって、何を渡しているのかは見えない。
「では、敗残の将はこれにて」
一歩、下がる。
「グランエルに栄光を!」
そして、クラウン翁は今度こそ消えた。
がしゃんと。
龍の鎧だけがその場に残された。
「…………やはり、ハッタローが今回の一件の黒幕ということですか」
「……そうだな」
「彼の不逞の勇者については、やはり討ち取らねばならないようですね」
「何か、策はある?」
「いいえ。しかし、今回の件で少しだけ、ヒントを得ました」
クラウスがわたしの方を見る。
「グランエルだけでなく、他の都市にも助力を願います。ハッタローの魔の手に脅かされている都市は多いはず。みなで力を合わせれば、勇者とて打倒は叶いましょう」
「……そうだな」
その勇者を一番庇護しているのがこのドラゴヘイムの国王だというのが、面倒だが。それでも、やるしかない。
「ところで、さっき何もらったの?」
「ああ、これですか。リザさん、手を」
「…………?」
言われるがまま、左手を差し出す。クラウスはわたしの手を取ると、そっと、指に通した。
銀の、そっけない装飾の指輪を。
「これは……」
クラウン翁が身に着けていた………………。
指輪から、わたしの根源刻印へ力が流れ込むのを感じる。
ドラゴンゾンビの力が流れ込んだ時と、同じ感覚。
「この指輪にどのような力が宿っているのか、それは僕には分かりません」
わたしの手を取りながら、クラウスが呟く。
「しかし、この指輪は僕よりもリザさんの方が活用できると思います」
「それは、うん、そうか…………」
「…………どうかしましたか?」
「いや……」
わたしは、指輪を見る。
指輪というか、指輪を嵌められた指を。
左手の、薬指。
「そうか、この世界には結婚指輪って概念がないのか……」
「……はい?」
「けっこう大胆なことするんだなって話」
「はあ……」
クラウスは首をかしげる。しかし、すぐに気を取り直して、自分が持ってきたバスケットに手を付ける。
「さて、それでは少し、飲みませんか?」
「…………ああ」
バスケットには、グラスが二つと、二本のワインボトル。
「………………クラウス」
「はい?」
「………………リザでいい」
「それは……」
「よく考えたら、公衆の面前でぶん殴った相手にさん付けされるは、どうかなと思って……」
それに……。
「それに、わたしたちは、その………………友達、なんだろ?」
「…………ええ。そうですね、リザ」
クラウスは屈託なく笑う。
まったく、嬉しそうにして…………。
でも、それでいいか。
わたしも、そろそろツヴァイ以外の男を近づけても、いいのかもしれないな。
少なくとも、クラウスは大丈夫だって、分かってるし。
こうして、夜は更けていく。
グランエルの勝利を祝う夜が。
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