#3:不死の賢者

「おそいで」

 牛乳屋ミルクホールに入ると、既に席へ着いていたドグはもう朝食を食べていた。焼いたソーセージとスクランブルエッグ。パンと代用コーヒーのカフェオレ。

「子どもたちに絵本をせがまれてな。その上ここに来る途中、ハッタロー一派の伝道師まがいを追っ払ってた」

「聖女様も大変やな」

「まあな」

 席に着く。

「おい兄ちゃん! こっちの聖女様にも朝食頼むで!」

「かしこまりました」

 カウンターでせかせかと食事を作っていたのは、獣人だ。

 獣人。

 亜人よりもさらに獣の姿を色濃く反映した種族。言ってしまえば狼人間だ。狼以外にも種類はいるのだが。このミルクホールにいるのは赤毛が特徴的な、やたらりりしい顔つきの狼人間ウェアウルフだ。

 リザードヘッド同様、領地によっては魔物扱いすらされる彼らも、グランエルでは普通に過ごしている。

「ああ、どうにもあの顔つきがよくてあかん」

 ドグが呆けたことを言う。そう、こいつがここしばらくミルクホールにご執心だったのは、あの獣人の店員が原因だ。

「そんなにいいものかね。あれ、男だぞ」

「そら男やろ。男だったらあかんのか?」

「別にそうじゃないが……」

 男はどうも苦手だ。自分も男だったくせに。それでもまあ、リザードヘッドやウェアウルフは男でもそんなに苦手じゃない。普通の人間の容姿から隔たっているせいだろう。

 わたしを犯したのも、普通の人間やエルフだったからな。獣人に犯されていたらまた話は違ったんだろうけど。

「ま、ジブンは男苦手やししゃあない。聖女様やし、それくらい貞操固い方がええやろ」

「それ、嫌味か?」

「まさか。建前や」

 わたしが元娼婦や元奴隷であったことを、こいつは既に知っている。さすがに三年も同じ部屋で暮らすと、隠し通すのは難しい。

「最初は領主様への定期報告にもウチ連れて行こうとするしでびっくりしたで。今は大丈夫やんな? クラウスはん、紳士やし」

「クラウスはんって。友達か」

「友達やろ。気さくに呼んでくれ頼まれたやん」

「それを素直に受け取る方がどうかしてるだろ」

 向こう領主だぞ。

 やがて朝食のプレートがわたしのもとにも届く。わたしはカフェオレではなくホットミルクだ。いかんせん、今でも代用コーヒーの味には慣れない。

「そういや今日も定期報告に行くんやろ? そんな月一で報告することあるん?」

「いろいろな」

 クラウスは彼で、領主をやっているより研究者でもやっていた方が様になる性格だ。お互い話すことは尽きない。そんなふうに話が合うから、男の中でも苦手意識は少ない方なんだが。

「なんかジブン、最近『三人の転生勇者』を調べとるらしいやんか」

 ドグが身を乗り出す。

「そない気になることあるんか?」

「……まあな」

 別に、調べ始めたのは最近じゃない。

 ただ、エルフェルト自治区で編纂された物語が書物になってグランエルに届くまでにタイムラグがどうしても生じる。つい最近になって、新しい物語が入ってきたので調べていたのだ。

「子どもにもよくせがまれるし、あらかじめ内容を読んで確認をしておこうかと」

 まあ、それは嘘だが。

 わたしは、伝説の中に不死を破る術が書かれていないか調べていた。

 不死。

 そう、わたしの目的を阻害する最大の障壁が、それだ。

 あらゆるチート能力を授かった初太郎はもとより、継次郎すら不死の能力を有している。これを突破しなければ、わたしは復讐を果たせない。

 『三人の転生勇者』の内容を紐解けば、そのヒントがあると思ったんだがな。話によると、第一勇者である一番上の兄はあらゆる力を授かったというし、第二勇者である二番目の兄なんてもろに不死の権能を授かっている。だから物語の中に、不死に関する記述がないか調べたのだ。

 古今東西、少なくとも地球の伝説では、不死にはたいてい弱点がある。俊足の英雄アキレスは冥界の川にその身を浸し不死となったが、かかとだけが水に浸からなかったためそこが弱点となった。龍殺しの英雄ジークフリートは龍の血を浴びて傷つかない体を手に入れたが、背中に菩提樹の葉がついていたためそこだけ血を浴びず、背中が弱点となった。あるいは、不死のケンタウロスケイローンはヘラクレスが射った毒矢を受け、その苦しみから逃れるために不死の力を手放したという。かように、不死の伝承は弱点と常に一体となっている。

 ゆえに、『三人の転生勇者』の伝説に登場する二人の英雄の不死性も、伝説の中で弱点を指摘されているのではないかと思った。その思惑は外れてしまったが。

 どうにも伝説の中では、第一勇者は勇猛であること、第二勇者は知恵者であることばかりが強調されている。不死の能力は完全に置き去りだ。

 違和感を覚えるな……。単に、まだ伝説が完全に採集されていないだけかもしれないが。

「不死斬りがあればな……」

「不死斬り? なんやのそれ?」

「知らないか? 東の伐龍国にあるという、死なずの存在を斬る剣らしい」

「はあ。そんな知識もあるんか」

 ドグは呆れたようにため息を吐く。

「バイコーンの飼育に薬草の調合実験。死の土地の調査にさらに伝説の研究かいな。ジブン、何になる気なん?」

「必要だからしてるだけだ」

 思ったより手広くやる羽目にはなったがな。

「………………それにしても」

 唐突に、ドグは溜息をつく。

「ウチらもいよいよ卒業かいな。早いな、三年」

「またそれか」

 グランエルの神学校に入って、三年が経過した。それはつまり、神学校における教育課程を修了したということだ。

 あとは、王都から通達される指示に従い、認定試験を受ける。そして王都に出向き、王都大聖堂で神官として任命されれば、わたしたちは晴れて本物の神官になる。

「こう落ち着いてられるのも今の内か」

「……………………」

 ドグはここしばらく、卒業のことを考えると憂鬱になるらしかった。三年間の日常が終わり、新しい生活が近づくことへの不安があるのだろう。一方のわたしは、そうでもない。学校の卒業と、それに伴う生活の変化なんて今まで何度も経験したからな。

「あ、そういや、今朝酒場に寄ったんや」

 ドグが話を変える。

「そしたらお兄ぃから手紙が届いとってな」

「フェンリーさんから?」

 騎士を目指し王都へ向かったフェンリーは、時々ドグに手紙を送る。ドグもフェンリーに手紙を送っていた。移動も楽じゃない世界のこと、フェンリーとはあれ以来会っていないが、お互いの近況は知っていた。

「なんでもようやく騎士に認定されたらしいで」

「そいつはよかった」

「そんでな、紅蓮騎士団いうところに入ったらしい」

「紅蓮?」

 それは…………。

「あの紅蓮の聖女様が率いる直属の部隊でな。なんでも聖女様自らのご指名らしい」

 アデルさんがフェンリーを、ねえ。王都であの二人に何があったのやら。

「良かったんじゃないか? フェンリーさんは継次郎のところで働くのを目標にしてたみたいだけど、そのためにもまず手近なところで武勲を積んでおくのは大事だろう」

「せやな。しかし鎧が真っ赤で趣味に合わんって愚痴っとったわ」

 騎士団か…………。この世界じゃ神官も騎士団を持つのか? それともアデルさんだけが特別なのか? 三年過ごしたが、辺境のグランエルのこと、王都の動静にはどうしても疎くなる。

 わたしが知っているのは、五年前、賢王と呼ばれた王が死に、その兄が王座を継いだという話くらいだ。つまり時期的に、グランエルの神官たちを徴発したのもその兄王ってわけだ。その兄王の評判はここまであまり流れてこないが、そもそも兄のくせに弟に王位を奪われていたところからして、どうもきな臭い。

 弟より優秀な兄は存在しないことだしな。

「さて、それじゃあそろそろ領主様に会いに行くか」

 朝食を食べ終わったわたしは、代金をテーブルの上に置いて立ち上がる。

「そういや領主はん、最近どっかお出かけだったらしいな」

「ああ。エルフェルトに視察に行ったとか」

「エルフェルトか。どんな場所だったか聞いといてや」

「……ああ」

 ドグがエルフェルトを気にするのは、まあ、分かるな。

 だって、あそこは………………。



「死の土地で採取した土を用いての植物栽培の実験結果ですが」

 しばらくして、わたしは領主の館の執務室で、クラウスと面会していた。

「やはり多くの植物は芽吹くことすらありません。既にある程度成長した植物を植え替えてもみましたが、立ち枯れてしまいます。土地に植物を育てるだけの栄養がないのでしょう」

「なるほど」

 眼鏡の奥に好奇心の強い瞳を輝かせながら、クラウスはわたしの報告を聞いていた。

「しかし、すべての植物が育たないのであれば、ゴブリン平野はとっくに砂漠化していないと辻褄が合いません。平野の草は黄色く枯れかけていますが、それ以上枯れることはない。あれは枯れているのではなく、植物の性質そのものが変わったのではないかと仮説を立てました」

「性質の変化?」

「ええ。試しに平野の草原を構成する植物と同類の植物を、死んでいない土地から採取し死んだ土地の土に植えてみました。すると黄色く変色が見られました。死の土地は不毛の地と言われていますが、実際には植物の育成がまったく不可能になるのではなく、そこに植わった植物の性質を変えてしまうのだと思います」

「ふむ…………」

 クラウス・ライオット。わたしと同い年のこの若い領主は、三年であまり見た目に変化がない。まあ、三年前の時点で領主様として完成されていた男だから、雰囲気に成長が望めないのだろう。

「では、どうですか? 死んだ土地を元に戻す方法については」

「さて、それはまだ……。しかしわたしはむしろ逆のことを考えていましたね」

「逆、とは?」

「土地を元に戻すのではなく、植物を死んだ土地に適応させる方法、です。魔物の活性化という問題は解決できませんが、まったく不毛の地になるよりはましかと思いまして」

「ああ、そちらを……」

「はい。ツヴァイがいいヒントになりました。もしユニコーンが土地の死の影響を受けてバイコーンを産んだのなら、植物も同じような結果を生むのではないかと。死んだ土地でこそ育成できる植物や、死んだ土地の影響で性質を変え、我々の生活に有用になるものもあるかもしれません」

「今のところは、そちらが現実的ですかね。幸い、ゴブリン平野の魔物は活性化してもそこまで凶暴にはならないようですし」

「とはいえ魔物の活性化自体を抑えないと、ニルス村の再興は叶いません。しかし、それも植物の研究が可能にするかもしれません」

「と、いうと?」

「毒性のある植物を村の周囲に植えます。生物の中には、毒性のある植物には近づかない習性を持つものもいますから。魔物を遠ざける成分を放つ、死の土地でも育つ植物を生み出すことに成功すれば、あるいは」

「その発想は面白いですね。いったいどこでそんな発想を?」

「…………………………」

 日本で読んだ漫画にちょくちょくある設定だと言っても詮無いことだ。

「まあ、ふと、ちょっと、ね」

「ふふ。あなたは相変わらず面白いことを思いつきますね」

 クラウスは執務机の上に置かれた、わたしの報告書をまとめた。

「ありがとうございます。バイコーンの飼育研究だけでなく、死の土地の調査まで頼んでしまってすみません」

「いえ、このくらいのことなら。それに死の土地は、バイコーンを操れるわたしでなければ調査も難しいでしょうし」

 ユニコーンは死の土地を恐れて中に入りたがらない。馬はまだいいが、魔物に見つかると混乱して言うことを聞かなくなる場合がある。一方ツヴァイは、むしろ死の土地にいるときの方が元気なくらいだ。魔物相手にも怖れることがない。そういう彼を連れているわたしでなければ土地の調査はできない。

 とはいえ、そのわたしもニルス村までは三年前を最後に行けていない。平野の入口あたりでうろちょろするのが精いっぱいだ。なにせオーガがけっこうな数うろついているからな。

 黒雷でちまちま数を削ってもいいが、そこまで派手なことをするといよいよ聖女様では済まなくなる。

「土地の呪いについてはどうでしょう?」

 クラウスが聞いてくる。

「何か分かりましたか?」

「それがさっぱり」

 死の土地が呪いを放つという話は以前から聞いている。グランエルで呪いに侵される人間が多く見つかるようになったのも、ニルス村近郊を縄張りにするドラゴンが初太郎に殺され、土地が死んでからだ。土地が放つ呪いの瘴気が風に乗ってわずかにでも届くと、精神の弱っている人間は簡単に侵されてしまう。

「何度も土地に入っていますが、わたしは一度も侵されたことがないんですよね」

「あなたは呪いに耐性があるからでは?」

「いえ、わたしの耐性は呪いの重篤化を抑えるもので、呪いそのものを負わないものではないので、やはりわたしが呪われないのは妙ですよ」

「すると、いったい……」

「どうも直感なんですけど、呪いの瘴気の発生源は土地そのものではなく、土地にある何かだと思うんですよね」

「何か、というと……」

「ドラゴンの死骸とか」

 死んだドラゴンが腐臭とともに呪いをばら撒く。ありそうな話だ。

「ドラゴンは未知数の存在です」

 クラウスは頷いた。

「死したドラゴンが呪いを発生させているというのも、あり得る話ですね。死んだ土地で呪いが蔓延するという話とも合致しますし」

 ただ、そうすると気になることがある。

「すると、どうも妙なのが呪いの発生数ですね」

「発生数?」

「調べてみたんです。呪いの瘴気が死の土地から流れてきたことが、グランエルで呪われた人が見つかる原因だと仮定するなら、ニルス村のある東から西に吹く風が強い日に、多くの呪われた人が見つかると思いませんか」

「それは確かに」

「しかし結果は因果関係なし。風の吹く方向や強さと関係なく、呪われた人は多く見つかる日もあれば少ない日もある」

「気になりますね。仮にドラゴンの死骸が呪いの発生原因なら、瘴気の発生場所は死骸のある場所で固定されるわけですから、風の吹く方向と因果関係が見つかりそうなものですが」

「……………………ひとつ、仮説があるにはあるのですけどね」

「聞きたいですね」

「ドラゴンの死骸がゾンビになって動き出している、とか」

「…………………………はあ」

 さすがのクラウスも面食らったらしい。

「ゾンビ、というのはさまよう死者リビングデッドのことでしょうか」

 あ、ゾンビが分からなかったのか。

「怨念を抱えた人間の死体が動き出すことはありますが、ドラゴンが動きますか?」

「人も動くならドラゴンも動くと思いませんか?」

「それは、そうですが」

 三年経ってもこの辺はいまいち感覚が分からない。ドラゴンやユニコーンは普通にいるのにバイコーンは伝説上の生き物だと思っていたり、人間の死体が動き出すのは当然と思われているのにその他の生物の死体が動くとはあんまり思っていないという。

 ちぐはぐなんだよな。異世界なんて、そんなもんなのかもしれないけど。

「とはいえ、今のところ初太郎が殺したドラゴンの死骸が動き出したなんて話は聞きませんから、あり得ないかもしれないですね。六年もあいつが跳梁跋扈してドラゴンゾンビ一匹出ないのなら、ドラゴンはゾンビ化しないのかも……」

「あるいは、死の土地を徘徊していても気づかれていないだけかもしれませんね。誰も死の土地には踏み込みませんから」

 ああ、その可能性もあるな。

「しかし不逞の勇者ハッタローですか。頭の痛い問題です」

 実際、そのことを考えると頭痛がするのだろう。クラウスは頭を押さえた。

 グランエルはハッタロー一派の被害をそれなりに受けている。クタ村はギリギリグランエル領の圏外だったが、あのあたりで三年前、ずいぶん暴れられたようだ。下手に刺激すると親玉の初太郎が出てくるから、取り締まりも難しい。

 さらに、一年前だ。グランエルから北に進んだ地にある、グランエル大墳墓とその近郊を縄張りにしているドラゴンが初太郎に殺された。結果的に、グランエルは北と東を死の土地に挟まれる格好になってしまった。死の土地を元に戻す研究をクラウスがわたしに依頼したのも、こうした経緯があってのことだ。

 初太郎のやつ、殺す理由がひとつ増えたな。

「そういえば」

 わたしは話を転換する。

「先日、クラウス様はエルフェルト自治区へ視察に行ったのでしょう?」

「……クラウスとは、呼んでくれませんか?」

 彼は困ったように笑う。

「年も近いですし、もう知らない仲でもないのですから。友達として接してくれませんか?」

苗字ファミリーネームではなく名前ファーストネームで呼ぶだけ、わたしとしては親しみを込めているつもりですが」

「その親しみ、様づけで全部吹っ飛ぶんですよねえ」

「お互い立場のある身ですから、仕方ないでしょう」

 グランエルの領主様と聖女様が気安く呼び合っていたらそれこそどんな職場だと疑問に思われるぞ。

「それでどうでしたか?」

「あなたはエルフェルトに興味を持っていましたね、シスター・リザ」

 お返しとばかりに他人行儀な呼び方をして、クラウスはまた笑う。

「やはり不死の賢者ツグィロウが治める土地だからですか?」

「………………ええ、まあ」

 そう。

 エルフェルト自治区は、あの継次郎が領主様気取りでふんぞり返っている土地だ。あの自分は賢いと思っている凡人、どういう経緯か領主様になっていた。三年前の時点でなんとなくその話を聞いていたが、やつの治める土地がエルフェルトだと聞いたのはしばらく後だった。

「噂通りの土地でしたよ。人間とエルフが共存する都市。南部に広々としたエルフ族由来の森を抱え、豊かな植物による医学薬学が発展した場所でした。リザさんも興味を持つでしょう」

「確かに、エルフの薬学は興味深いですね」

 エルフそのものはクソくらえだが。

「エルフのみならず、も手厚く保護しているということです。さすがに龍人は、滅多にいるものじゃありませんが」

 エルフと龍人ねえ。どういう偏りでその二種族を手厚く保護しているのかは分からない。

「エルフの伝承を集め、書籍化する試みもここ数年で有名になりましたね。特に『三人の転生勇者』のお話を採集するのに力を入れているとか」

「おおかた、自分を勇者のひとりだとプロパガンダするのに都合がいいからでしょう」

「ぷろ…………?」

「印象操作、という意味です」

「ああ。リザさんはたまに聞きなれない異国の言葉を使いますね」

 いかんせん、こっちの言葉を勝手に翻訳してくれる能力のせいでなあ。気をつけていても、たまに通じない単語を話してしまうときがある。

「それで、継次郎には会えましたか?」

「ええ。面会は叶いました。しかし…………」

 クラウスの顔色は曇る。

「やはり、ハッタローを止める手立てはツグィロウ殿も持ち合わせていないようです」

「……………………」

 継次郎のことだ、どうせ不死身の初太郎は相手にできないとはなから決めてかかっているのだろう。だからやつの解決手段が封印だったし、その封印が破られて今こうなっているのだ。

 あいつはまるで頼りにならない。

「勇猛な隻腕の戦士、思慮深いエルフの魔法使い、そして異界から訪れたという聖女を有する彼でも、ハッタローは止められないというのは……厳しいですね」

「………………聖女?」

 そのRPGもびっくりのパーティ編成に、変なのがいる。

「これも不安定な時代の流れでしょうか。今、各地で聖人聖女と呼ばれる者が生まれていると聞きます。リザさんもその流れで聖女と呼ばれるのでしょう?」

 ドラゴンが暴れ、不逞の勇者がそれを殺しては土地を不毛に変える。勇者の信奉者が暴徒と化して町を襲う。こんな時代、人々は縋る先を求めて、結果的に生まれたのが聖人聖女だ。もう少し安定した時代なら、わたしも聖女とは呼ばれなかっただろう。

「なんでも金髪碧眼で、年は十三から十五くらい。灰色の見慣れぬ仕立ての外套を羽織り、不可思議な魔術を使い人々を救う聖女がエルフェルトにいると聞きます。実際に会う機会はありませんでしたが」

「それって………………」

 エナスか? 見た目も年齢もばっちり合うし、灰色の外套は彼女が着ていた、元は継次郎の持ち物だったやつだろう。不可思議な魔術というのが分からないが……ファーストのやつ、ひょっとしてわたしには何の力も渡さなかったくせに、エナスには何かチートを渡したのか?

 というかあいつ、継次郎をたきつけて初太郎を殺させるのが仕事だったんじゃないのか。なに呑気に聖女ごっこしてやがる。結果的に三年間も野放しだぞ。

 仕事しろ仕事を!

「しかし…………」

 クラウスは、呟く。

「どうも、妙でした」

「妙、とは?」

「町の様子です。エルフェルトは確かに素晴らしい町です。ドラゴヘイムでは奴隷扱いして当然のエルフたちを保護し、奴隷制度も禁止しているところですから。しかし……あれは、なんなのでしょうか」

「……………………」

 クラウスでも言語化できない何かがある、ということか。

「まあ、勇者だ賢者だとおだてられても所詮は素人の運営する領地です。何かしら、問題は抱えるでしょう」

 だって塾講師だぜ? その前の専門は犯罪心理学。どこにも領地経営のノウハウを学んだ形跡がない。

「クラウス様が何か気がかりがあるというのなら、それはきっと正しい直感ですよ。エルフェルトがどんなに素晴らしい土地だとしても、まさかグランエル以上、ではないでしょう?」

「そこまでは言いませんよ」

 彼は笑った。

 けっこうわたし、本気で言ったんだけどな。

 所詮素人の継次郎が経営する領地が、まさかこのグランエルより優れているはずもない。クラウスが言語化に苦慮する何か、は気になるところだが。

 どのみち継次郎は殺さなければならない。いずれ、向かうことになるだろう。

「…………………………」

 初太郎と違い、どこにいるかはっきりしているのが唯一の救いだな。

 どういうわけか手に入れた領地でふんぞり返る、第二勇者にして不死の賢者、そして領主様。それがやつの六年間の成果で。

 くっだらねえ、と、わたしは思うのだ。

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