不浄の聖女は復讐したい:無能な兄二人のせいで異世界に転生しました、女の子になって。

紅藍

第一部:羽柴理三郎、転生する

第一話:プロローグ

#1:はじまり

 坊主の読経が聞こえる。

 眠たくて、意識が奪われそうになるのをぐっと堪えた。

 一軒家の狭苦しい六畳ほどの和室。奥には仏壇が置かれ、観音扉が開いている。そこへ向かって坊主が滔々と何事か繰り言を呟いている。時折、チーンと鳴らされる。

 今日は、一番上の兄の三回忌だった。

「……………………」

 視線が。

 俺の背後から刺さるような視線が痛い。

 いや、視線が痛いなんてことは原理的にあり得ないのだから、これは俺の意識の問題なのだけど。そうは分かっていても、痛いものは痛い。

 どうして痛いのだろう。

 着慣れないスーツがきちんと着られていないからだろうか。

 体が硬く正座ができないために無作法にも足を崩しているからだろうか。

 それとも。

 俺が今年で三十にもなってまともな職に就けていないからだろうか。

 たぶんそれだ。

 まあ、俺の親戚みたいな大の大人が恥ずかしげもなく軽薄な視線を向けてくるとしたら、それ以外に理由はないよな。

 どうやら世間の常識と俺の常識は違うらしい。精神のバランスを崩して鬱病にかかり、就労に難がある状態に陥ることを、俺の中では不幸と呼ぶのだけど、世間の常識では自己責任というらしい。

 つまり俺は、親戚から見れば三十路にもなって実家に寄生しろくに仕事もしないごく潰しに映っているというわけだ。だから人ならざるものを見るかのような視線を送ることに、ためらいがない。

 それに対して、何か抗おうとは思わない。抗う気力も出ないから鬱病なのだ。

 どうしてこうなったのか? 別に不思議なことはない。他の人たちが辿るのと同じようなお決まりのコースを辿っただけだ。就職難にあえいで、ようやく見つけた仕事先がブラック企業で、過労死するか精神を病むかの二択しか未来が残されておらず、俺は後者を掴んだというだけのこと。

 一般的な不幸だ。そこに、大学院に進学したかったができなかったという挫折の物語を書き加えても、やはり一般的な不幸でしかないのだ。

 一番上の兄が仕事もろくに続かずふらふらとしている。二番目の兄が大学院に進学し多額の学費が必要になった。以上の理由から三番目の弟であるお前は進学を諦めろと言われる。これもまた、ごく一般的な不幸に過ぎないのだから。

「……本日はお忙しい中どうも」

 気づけば坊主の読経が終わり、説話や法話の名前を借りた世間話に移っていく。相手をするのは喪主の父や母、そして今日のために東京からわざわざ帰省してきた二番目の兄だ。俺はもとよりまともな対応など期待されていないだろう。このまま残っても親戚の目線が痛いだけだ。立ち上がり、痺れた足を引きずりながら二階の自室に戻った。体に刺さった視線の棘は、まだ抜けないような気がした。

 部屋に戻り、扉を閉めたところでスラックスのポケットが震える。突っ込んでいたスマホが着信を告げたのだった。取り出してみると、電話が来ている。しかし電話番号は見たことのないものだった。間違い電話だろうと思ったが、なんとなく出てみることにした。

「もしもし」

『もしもし、羽柴理三郎さんのお電話で間違いないでしょうか』

「…………はい」

 驚いた。向こうがこっちの名前を知っている。間違い電話ではなさそうだ。

「どのようなご用件でしょうか」

『こちら、会談社ライトノベル編集部になります』

「か、い、……へ?」

 出版社!?

『第二十三回の新人賞にご応募いただいた、羽柴様の作品が最終選考に残りましたので、ご連絡差し上げました』

「……………………!」

 ……なん、と。

 絶句した。

『ご承知の通り、最終選考に残りました作品の作者様には、編集者がつくことになっております。もちろん、作者様のご判断次第ですが……。詳しくは最終選考終了後、後日あらためえてお伝えします。今回は取り急ぎ、ご連絡までということで』

「あ、はあ、はい。どうも」

『それでは、失礼いたします』

 電話はそこで切れた。

 新人賞…………。

 そうだ。俺は小説を書いていた。昔から、小説家になるのが夢だったから。鬱病の最中でも、小説を書くことだけはやめなかった。そして新人賞に応募することも。でも、その結果を知るのは恐ろしくて、もし一次選考も通らなかったら、自分のすべてが否定されるようで怖かったから確認したことはなかった。そうやって、記憶の片隅に押し込んでいたものが、突然立ち現れてきた。

 新人賞! 最終選考に残った! 大賞は受賞できなくても、編集者がつくのは確定! 確実に、小説家の夢に一歩近づいた。

 久しぶりだ。いつ以来だろう。こんなに気分が高揚したのは。

 さっきまでの、針の筵だった視線の痛さももう気にならなくなっていた。

 勢い込んで、スーツのまましわになるのも気にせずベッドに転がった。

 三十年だ。三十年間、鬱屈としていた。俺の運命を動かす歯車はいつまでもさび付いて動かないような気がしていた。それが今、ようやく少しずつ動こうとしている。

 だが、そのときはまだ、俺は気づいていなかった。

 運命の歯車は確かに回り始めた。だが、それは決して俺の望んだ方向へ動いたわけじゃないという事に。



 その日の夜は、気分が高揚して眠れなかった。心臓が高鳴って、音がうるさいくらいだった。

 だから、だったのかもしれない。眠れずに、周囲の音に過敏になっていたことが、俺の運命を決定づけた一事だったのかもしれない。

 ガチャリ、と。

 玄関の扉が開く音が聞こえた。

 起き上がる。閉め忘れたカーテン越しに外を見ると、薄く東の空が白み始めていた。俺は結局、今夜は一睡もできなかったらしい。まあ、どのみち早起きの用事があるわけじゃないからいいんだけど。

 それにしても、こんな朝早くに何の用があって、誰が外に出たのだろう。少し気になって、ベッドから降りて部屋を出た。

 廊下はひんやりと、冬の空気で満たされていた。それでもどこか高揚して浮ついた俺の心では、そこまで寒さを感じなかった。

 廊下に出てすぐに気づいたのは、二つの部屋の扉が開かれていたことだった。ひとつは一番上の兄の部屋、もうひとつが二番目の兄の部屋だった。

 二番目の兄の部屋が開いているのは、まあ分かる。なにせ今、泊っているわけだからな。しかし一番目の兄の部屋が開いているのはどういう理屈だ?

 気になって、部屋を覗くことにした。まずは一番目の兄の部屋から。

 三年前に死んだ兄の部屋は、凡庸な言い回しをすれば時が止まったかのようであった。当人が死んだその日そのときのままの状態を維持していた。とはいえ、俺はこの部屋が宿主の生前こんなにきれいだったのを見たことがない。母がこまめに掃除しているからだろう。生前は足の踏み場もないくらい荷物とゴミであふれていたが、今は小ぎれいになって精々物が多いくらいの印象しか受けない。

 その部屋は、大人気ロボットアニメのプラモデルや、どこかで見たことあるような美少女のフィギアで一面を埋め尽くされていた。小学生時分に買って、そのまま使い続けていた勉強机の上にも所狭しと並べられていて、あの状態でどうやって勉強や書き物をしていたのか不思議に思うほどだ。

 壁に張られたポスターは何世代も前のアニメのもので、日に焼けて色あせている。

 部屋から感じるのは、全体的に幼稚な雰囲気だった。何も趣味嗜好が幼稚だと言いたいわけじゃない。…………いや、まあそう言いたいのは山々だが、それを言ってしまうとよからぬ敵を作りそうなので黙るが吉だろうけど。

 ともかく、この部屋に感じる幼稚さは、ある種の生活感のなさと繋がっている。これだけアニメのグッズが散乱する部屋の中を見渡して気づくのは、じゃあこの部屋の宿主はどうやって生活していたのか、というところがまるで分からない点だ。会社に行くためのスーツとか鞄とか、そういうものがまるで見当たらない。俺の部屋にだってスーツぐらいは掛けてあるし、会社員時代に使っていた鞄は部屋の片隅に放り出して埃を被ってはいるけれど、確かにあるのだ。そういう物がない。この部屋の宿主が一人で確かに生きていたという実感を覚えさせるものが何もない。だから幼稚に映るのだ。まるで小学生のおもちゃ部屋だから。

 だが、三年も前に死んだ男のことを何のかんのと言い募ることに生産性はない。どうしてこの部屋が開いているのかは依然気になるところだったが、まあいいやと思って部屋を後にした。

 次に見たのは、二番目の兄の部屋だった。

 東京で塾講師の職を得て日銭を稼ぐ兄の部屋は、まるで生活感がなかった。それも当然で、普段はここで暮らしていないからなのだが、ないのは生活感だけじゃない。

 この部屋には個性のようなものが、一切感じられない。本棚には一冊の本も収まっていない。机の上には小物の類ひとつ置かれていない。単に埃を嫌ってしまいこんでいる、というわけではないとすぐに分かるくらい、徹底的に荷物が人の目に触れないようになっている。まるで、ここで生きてきた少年時代を抹消し、人の目につかないようにしているかのごとく。

 そこから感じられるのは、少年時代が必然的に抱えてしまう未熟さに対する嫌悪感だと、俺は思った。

 しかし……部屋の主たる兄はいない。では玄関から外へ出たのは兄か? そう思って部屋を見渡してみると、机の上に何か置かれているのに気づいた。普段は何も置いていないから、それはあからさまに目立った。

 置かれていたのは、どうやら一枚の便箋らしかった。隣には物書きに使ったボールペンが放置されている。書置きの類らしく見えるが、なんで書置きを兄が残したのやらさっぱり分からない。

 近づいて、勉強机のライトを点けて書置きを確認する。

「……なんだこれ」

 書いてある内容は、支離滅裂で荒唐無稽のものだった。

 曰く、あるところで金髪美女に出会って恋仲になった。しかし向こうの家の事情で駆け落ちしなければならなくなった。外国に行くので貯金が使えないから好きにしてほしい。口座番号と暗証番号は以下の通り、うんぬんかんぬん。

 兄の性格と人間関係を考えれば、金髪美女自体が既に妄想の産物だ。恋仲になるなどさらにありえない。そして仮に外国へ行くにしても、貯金は使えるはずだからそれを放棄する理由もさっぱり分からない。小説だったら編集者から赤を大量に貰って返却されるレベルの作り話だ。

 しかしなんでこんなすぐに嘘と分かる話を、ご丁寧に書置きに残しているんだ? どういう魂胆があるのか分からない。

 ともかく、確認するべきものは確認した。この書置きが性質の悪い冗談でもない限り(今のところその可能性が大だが)、玄関から外へ出たのは二番目の兄だろう。しかし何の用で? 書置きの内容が嘘八百だとすると、そこが分からない。

 分からないなら、確かめればいい。

 下におりて、玄関に辿り着く。やはり誰かが出た後と見えて、いつもならこの時間、戸締りされているはずの玄関扉は開錠されていた。

 がらりと、扉を開く。

 そこには……。

「あ……」

 兄が、いた。

 薄く白む日の光に照らされて、兄が家の前に立っていた。灰色の丈が長いコートが風に揺れている。こちらに背を向けていて、顔はうかがえない。

 だが俺は、声をかけなかった。

 かけられなかった。

 なぜなら、兄の隣には、見知らぬ金髪の女性が立っていたからだ。

 金髪美女!? 実在したのか?

 しかし……。よく観察してみると、その女性は美女というより美少女というべきだと思われた。まあ彼女も背を向けているから顔は分からないんだけども。少なくとも背格好は十代前半から半ばほどの少女のそれだ。大人ではない。

 それにしても、その少女は見れば見るほど、現実感というものがない。世界から浮いた、別の次元に存在しているかのようだった。日を浴びて透き通るように輝く白い肌が、浮世離れした容貌を見せている。この冬空の下、真っ白なノースリーブのワンピース姿というもおかしいところだ。

 だが、俺が驚くべきはそこではなかった。

 パリン、と氷が割れるような軽く響くような音がする。

 何の音だと思ってよく見ると、兄と少女の眼前の空間が、音を立てて砕け、割れ、穴となって広がっていくのが見えた。

 なんだあれは。

 なんだあれは!?

 穴の向こう側は真っ暗だ。しかし、なんだ、あの現実感がまるでないワープホールみたいなものは。

 俺は今、夢でも見ているのか?

「あの、手を、繋いでもらってもいいですか?」

 少女が声を上げる。鈴を転がすような、軽やかで清冽な声だった。

「決して変な意味ではなく、転生中にはぐれるとまずいので」

「あぁ、いいよ」

 兄が答える。二人は手をつなぎ、そして…………。

 穴の中へ、吸い込まれるように消えた。

「………………な、なんだったんだ?」

 サンダルをつっかけて、さっきまで二人が立っていたところまで歩み寄る。穴はみるみるとふさがっていき、俺が近づいたときには元どおりになっていた。

「夢か? いや、プロジェクションマッピングとか……」

 いや、それは考えが飛躍し過ぎだ。兄が謎の金髪少女まで持ち出して俺を担ぐ動機が分からない。謎技術で仮にさっきのワープホールを再現できたとして、その技術を兄が持っていることが意味不明だし、それを俺に対するドッキリのための使う動機も定かではない。

 何が起きている?

 疑問に思っていると、そこでまた、恐ろしい変化が起きた。

 今度は、俺の立っていた地面が音を立てて割れ始めたのだ。

「え、な、なんだ?」

 さっきと同じように、空間が割れていく。ただ、違うのは今度の穴が黒ではなく白い光に包まれていたことだ。あまりのことに動けずにいると、俺の足元まで穴が広がっていく。

「う、うわっ……」

 落ちると思った。だが、予想に反して足元は地面のままだ。ただ白く光っているだけ。落ちることはない。

 しかし、ともかく離れるに越したことはなさそうだと直感する。そう思って、右足を浮かせようとした瞬間だった。

 ぐわっと。

 光の中から何かが飛び出してくる。

「なっ…………!」

 それは、細くて白い二本の腕だった。

 その腕は俺の右足をがっちりと掴んで、離さない。

 慌てていると、今度は左足に何かが絡みつく感覚があった。見ると、左足も二本の腕に捕まれている。計四本、二人分の腕に俺は完全に捕らわれていた。

 そして。

 ずずっと。

 下に引きずられる感覚がある。

 まさか、引きずり込まれて…………。

「う、うわあああっ!」

 と。

 そんな情けない声を上げて。

 俺は穴の中に吸い込まれた。



 しばらくの間、目を閉じて身を固くした。

 何が起きたのか、理解するのに時間がかかった。

 やがて、自分の身に何も起きないのを感じ取って、おそるおそる目を開いて見ることにした。

「ここは…………」

 俺は、真っ白な部屋にいた。

「なんだここ……」

 壁も天井も真っ白だ。そしてすごく明るい。しかし……天井に照明らしいものは見当たらない。それに、壁などをよく見ても、一体どんな材質で作られているのかまるで想像がつかなかった。ただ俺の姿を鏡みたいに映し出すほど、綺麗に磨き上げられているのが分かるだけだ。

 どうにも、現実感のない空間だ。

 現実感がない?

「そうだ」

 思い出す。この現実感のなさは、あれだ。さっき、兄の隣に立っていた少女の発する隔絶感と同類のものだ。人と建物という差はあれど、これらが放つ現実から乖離した感覚は同種のものだ。

 俺の足を引っ張った四本の白い腕。よく考えれば、あれも年ごろからいってあの少女と同年代くらいの者の腕に思われた。するとこの部屋には、あの少女のような存在が複数いるのだろうか。そして俺は、そういう存在に引きずり込まれたとでも?

 そう思い、誰かいないかと辺りを見渡す。すると部屋の片隅に、何か黒いものが目に付いた。真っ白な空間の中でそれだけが黒いから、そりゃあもう目立つ。

 近づいてみると、それはベッドのように思われた。

 いや、ベッド、じゃないな、これは。

「………………」

 確かに、人が寝ころべるだけのスペースのある台、という意味ではベッドに近しいものだ。だがこれを一般的にベッドとは呼称しないだろう。なにせこの台は、黒いバラでとりどりに飾られていたからだ。

 花に飾られた寝台。これはそう、一般的には棺と呼ばれるものだ。

「…………死んで、いるのか?」

 棺には蓋がなく、そこに寝ている者の姿はあらわになっている。

 少女だ。少女が、横たえられている。

 黒い少女が、そこにはいた。

 黒く長い髪をたゆたえさせて、黒バラにかこまれて目を閉じる一人の少女。年は十代前半ほど。小柄で華奢。黒いワンピースからのぞく腕は細く、簡単に手折れそうなくらいだった。

 死んでいるのだろうか。薄い肉付きの胸部は、呼吸による上下運動を行っていない。少し耳を近づけてみるが、呼吸音も聞こえない。肌は美しく白く、明かりに照らされ産毛が輝いているが、透き通るような白さというよりも病的な青白さが目立つ。なるほど、死んでいると考えてまず間違いなさそうだ。

 それにしても。

 俺は、こんなに美しい死骸を見たことがない。見れば見るほどに、引き込まれそうな魔性の魅力を放っている。

 これ以上見続けると、二度と目を離せなくなるんじゃないかという恐怖が、ふっと、胸の奥に沸いた。ぞくっと背筋が凍って、俺は手早くその死骸から身体ごと視線を外す。

「あ、いたいた」

 そのとき、ふと、声がした。

 どこからともなく、一人の少女が現われた。

 その少女は、死骸の少女によく似ていた。

「もー。探したんだよ。引きずり込んだのは良かったけど、こういうことするの初めてだったから部屋の中ではぐれちゃって」

 少女は死骸に似ているが、明らかに異なるところがあった。それは彼女が金髪碧眼であったことだ。そして金髪は肩を撫でるほどのショート。清廉な外見に反し、目に宿る意志は明らかに活発そうで、好奇心が強そうに見えた。

 格好も、動きやすそうなハーフパンツとTシャツだ。運動着を着た中学生みたいだなと思ったが、その服は真っ白で、仕立ても素人目に見てどうも運動着と違う。なんだろう、表面だけ無理矢理真似ましたみたいな雰囲気がする。

「こんなところにいたんだね。まあでも良かったよ見つかって」

 両手を後頭部に回しながら、少女はぴょんぴょん跳ねるようにこちらに近づいた。

「お姉ちゃーん。リサブローいたよー」

「待って、今行くから」

 声がまた、別の方から聞こえる。部屋の空間に切れ目が走ると、そこからぬるりと、もう一人、少女が姿を現した。

「………………あ!」

 その少女は、見覚えがあった。

「ひょっとして、あのときの……」

 ついさっき、兄の隣にいた少女だ。後ろ姿しか見ていないが、おそらく間違いない。長い金髪に透き通るような肌。そして何よりの証拠は、彼女が肩からかけているコートだ。灰色の丈の長いコート。これは、兄のものだ。

「はじめまして」

 長髪の少女は俺に近づいてきて、ぺこりとお辞儀をする。短髪の少女はその隣に並んだ。こうしてみると、双子のようにそっくりな二人だ。外見に差異があるので幸い区別は簡単につくが。

「あらためてご確認しますが」

 少女は慇懃な口調で言葉を続ける。

「あなたはハシバ・リサブローさんで間違いないですね」

「え、まあ、はあ、はい」

 唐突に誰何された。なんなんだと思ったが、ここで嘘をついても得はなさそうだと判断して、素直に答えることにした。

「俺がその羽柴理三郎です」

「……やはり」

 長髪の少女は顔を上げる。美術家が丹念に作り上げたようなその顔は、険しくなっていた。

 すう、と息を吸う。

 やがて、少女は意を決したようにうなずき。

 どん、と音がするほど勢いよく膝を床に下ろし。

「この度は! 本当に! 申し訳ありませんでした!!」

 土下座した。

「「ええっ!!」」

 俺と短髪の少女は、同時に驚きの声を上げる。

 いやお前も驚くんかい。

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