第20話 王都での流行

 捕らえたバーナードの供述によれば、彼が仕掛けたのはアイゼンの剣を隠して、アレクセイとの決勝でアレクセイを負かし、求婚を阻止しようとしたことと今回の誘拐未遂事件だけだった。


 彼は、誰かにそそのかされただけで、熱に浮かされたように行動したのだ。アレクセイはバーナードとアイゼンにコーネリアが王都に戻ってくる事は伝えていたが、詳しい事は伝えていなかった。だが、申し合わせた様に襲撃が遭った。実はオルフェ侯爵家の御者はバーナードに買収されており、御者が金目当てで主を売ったのだ。


 コーネリアは無事だったから良かったものの一歩間違えば、アレクセイは愛しい者を永遠に失う事になる所だった。


 そんな事情もあり、コーネリアを密かにギャロット伯爵領に行かせた。護衛にはアレクセイ自ら、元騎士や傭兵崩れの荒くれ者ばかりを選んだ。彼らの腕前も良いが何より、アレクセイへの忠誠は揺るぎないもので、そんな彼らだからこそ大切なコーネリアを命をかけて守るだろうと考えた。


 翌日、不審な動きをギャロット公爵家とオルフェ侯爵家が察知した。直ぐ様、神官長に例の神官の身柄を引き渡してもらい、身代わりを立て、獲物が罠にかかるのを静かに待っている。


 思惑通り、神官を始末しようと暗殺者を送り込んできて、待機していた近衛騎士らがそれを捕縛した。陣頭指揮を取っていたのはアイゼンだった。


 彼は密かにローレン公爵から騎士団の不正を掴む様に指示されていたのだ。彼は元々孤児の浮浪者で、幼い頃に公爵の乗っている馬車に飛び出した。所謂『当たりや』と呼ばれる強請・たかりの類いなのだが、一歩間違えば死んでしまうのに大人でも躊躇する事を平然とやってのけていた。


 公爵は彼の度胸が気に入り、密かに彼を援助していた。そして、騎士学校を卒業すると本格的に公爵家の密偵として働いてもらっていたのだが、彼は腕が立ちすぎている上に人目を引く容貌をしている為、ご婦人方に人気が高い。


 まあ、密偵としては目立ち過ぎるのが困るのだか。


 しかも、ローランドがペドラー侯爵令嬢リディアに偶然を装って、出会う様に仕向けた事から、侯爵がローレン公爵とマデリーナの元を訊ねてきた。


 隣国との境を守護する侯爵家に


 「辺境を守るには、アイゼン殿のような才能と実力のある人物が欲しい。是非娘の婿に迎えたい」


 そう言われれば、ぐうの音も出ない。国境を守護する役目は国にとっては、重要事項だけに反対出来ない。コーネリアとの事が無ければアレクセイを王命で侯爵家に婿入りさせたのだが、今や時の人となった彼らを引き裂く真似をすれば、政治にも影響するほどの大問題になる程。


 実は、アレクセイが神殿で『童貞』判定を受けたことで、おかしな風潮が流行り始めた。


 それは、娘を持つ親にすれば喜ばしいことなのだが、男にとってはつらい現実でもあった。


 ──あの聖騎士様のように清廉潔白な殿方を夫にしたい──


 と令嬢等はアレクセイを『聖騎士』と呼び始め、彼の様な『童貞』を求める様になった。その上、既に筆おろしを済ませて、女体を知っている男には聖約血判なる物を強要している家まで出てきた。


 この聖約血判の内容は、神殿に於いて


 ──絶対に浮気はしないし、貴女だけに愛を捧げる


 という内容のもので、神の名に於いて行われる神聖な儀式。その為、男性らは浮気できない体にされてしまうのだ。


 アレクセイに掛けられた『白い結婚』とは違い、妻や婚約者以外に好意を抱いても反応しなくなる呪い。


 まあ、率直にいうと【萎える】もしくは【勃起しない】というもので、もし婚約者に初夜の痛みを和らげる為に、経験したい場合は、相手にいつ・どこで・誰と致したいと一々報告し、婚約者の同意を求める必要があった。


 こんなやり取りが貴族の間で流行り出した事を知らないアレクセイは、男性貴族らにかなり恨まれている。


 殺気に満ちた目で見られる事が多くなったアレクセイがアイゼンに問うと


 「最近、何だか殺気に満ちた目が向けられる事が多いんだが、僕は何かしたんだろうか?」


 「はあ?!自覚がないのか?お前が【童貞鑑定】を公にした事で、お前達に憧れる貴族令嬢が増えだしたんだよ。お蔭で、神殿は大忙しだ。婚約するにも釣書や絵姿そして【童貞鑑定書】がないと相手に納得してもらえない。しかも既に経験した男は、【聖約血判】をして、相手の言いなりだ。拒否した奴の末路は年上の未亡人の愛人かとんでもない性癖の持ち主に好い様に飼われる奴隷の様な生活が待っている。男からすれば地獄で、女からは天国だろうけどな」


 「それは、大変済まない事をした。こんな事になるとは思わなかったんだ。僕はただ無実を証明して、コーネリアとの新婚生活を一日でも早く取り戻したかっただけなのだが……ん?でも、そもそもお前が教えてくれたんだよな?何で僕だけが恨まれるんだ。おかしいだろう?お前も一緒に恨まれろ!」


 「嫌だね。【コーネリア症候群】って名づけられた今の流行に巻き込まれるのは、勘弁してほしいよ。既に俺も色々巻き込まれているんだから…」

 

 「コーネリア症候群?なんだそれは」


 「お前、マジで世情に疎すぎるぞ。妻ばかりに気を取られてないで、もう少し周りをよく見ろよ。今、貴族の令嬢方はお前の事を【聖騎士様】と呼び、コーネリアの様に愛されたいと思っている考えの令嬢方を【コーネリア症候群】と呼んでるんだよ」


 アレクセイはただコーネリアを真剣に愛しているのだが、貴族ではその純愛は稀なもの。年若い令嬢からすればアレクセイとコーネリアは身近な恋物語の主人公なのだ。


 波紋は市井にも広がり、彼らの物語は観劇にもなっていた。純白の白い花を恋人に捧げ、求婚する人が増えた為、花屋は常に白い花を買い求める人々で賑わっている。


 一方で、娼館が寂れていき、無理やり人買いに売られる子供が減って行った。アレクセイとコーネリアの純愛は多くの人に影響を与えている事に、鈍感なアレクセイ自身は全く気付いていないのである。

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