第121話 決戦へ2

「待って下さい!!私は?私も行きます!行っていいんですよね?」

 

 皆が準備に取り掛かるため出ていくなか、騎士団長とカトリーヌの顔を見た。

 

「お前の名は呼んでおらん。」

 

 セオドアはそれだけ言うと側近を連れテントから出て行った。

 

 そんな馬鹿な!

 

「師匠!私も行って良いんですよね。」

 

 カトリーヌが優雅に座っている前に行くと必死に詰め寄った。

 

「無理だ、呼ばれてない。」

 

 真剣な顔で冷たく言う。

 

「ライアン!約束したよね、一緒に行くって。私、ちゃんと戦えるようになったし、役に立ってたよね。」

 

 さっきから一言も口をきかない彼を振り返った。

 テントの中はいつの間にか私とライアン、カトリーヌ、ケイ、レブだけになっていた。

 

「駄目だ、お前は連れて行かない。ここまでだ。」

 

 視線を合わさずライアンは言った。

 

「そ、そんな事…いいもん!勝手について行くから!」

「駄目だ!最初からここまでだと決めてた。どうせ決戦の場には勇者でも、準ずる者でも無いお前は入れない。」

 

 本当に最後の決戦の場はカトリーヌとケイの結界によって魔王とライアン、レジナルド以外の者は入れない。

 呼ばれて行った騎士達もそこに行く二人に出来るだけ負担をかけずに連れて行くためで魔王とは直接対決しないらしい。

 

「そんな…でも…だったら私も騎士と同じ所まで行く。」

「駄目だ。お前はシルバラへ帰れ。」

「嫌よ!」

 

 私はライアンの腕を掴みこちらを向かせた。

 

「絶対に嫌!ついて行くから!」

「いい加減にしな。お前は帰ってシルバラを守るんだ。」

 

 カトリーヌが静かに話した。

 

「勇者が魔王と決戦に入るとそれを妨害しようと各地の街が魔物に襲われることがある。気をそらせようとするんだろうね。だからお前はシルバラで魔物と戦え。師匠としての命令だ。」

「でも、命がかかった事は命令出来ないって言った。」

「これは別に命がかかった命令じゃない。ただの魔物の討伐だ。お前が弱ければ死ぬかもしれないがそれはお前の責任だ。お前なら出来ると思ったから行かせるだけだ。」

 

 振り返ったライアンは少し辛そうな顔で私を見ていた。

 

「最初からそのつもりだったの?」

「最初から言ってたろ。決戦には連れて行かないと。」

「だけど、それじゃ…」

 

 彼の腕を掴んだまま泣きそうな気持ちをぐっとこらえた。

 

「お前は何故そこまでライアンについて行きたいんだい。」

 

 カトリーヌが優しく尋ねてきた。

 

「何故って、それは…ライアンが…」

「オレが?」

 

 顔を上げて彼の目を見た。

 

「魔王討伐に命を懸けるって言ったから。」

 

 ライアンは驚いた顔をした。

 

「それが理由?何故それがキッカケなんだ?オレは勇者を目指してたんだ、当然魔王討伐には命を懸ける。」

 

 訳がわからない彼は困った顔をした。

 

「話を続けな。」

 

 カトリーヌは私に先を促した。

 

「私は、私にはここの世界の事はよくわからない。こことはあまりにも違う所で生まれ育ったから。でもライアンが命を捧げて皆の為に魔王と戦うのは、良い事かもしれないけどちょっと違う気がする。」

「何が違うんだ。たとえ刺し違えてもユキや自分の大切な人を守るのが勇者の使命だ。」

 

 私は両方の手でライアンの手を包み込み強く握った。

 

「駄目なんだよ、それじゃ。刺し違えちゃ駄目なんだよ。あなたがちゃんと帰って来なくちゃいけないんだよ。そうじゃなきゃ本当の意味で魔王に勝った事にはならない。

 魔王の手によって誰も悲しい思いをしない為に戦わなきゃいけないんだよ。

 少なくともライアンが死ねば魔王が討伐されても私は哀しい、きっと一生あなたを許さない。」

 

 堪えきれず涙がひと粒こぼれ落ちた。

 

「オレの…為か…」

 

 目を見開き息をのむ彼から手を離し、外へと向かった。

 

 すれ違ったカトリーヌが微笑んで私を見ていた。

 

 テントの外へ出ると冷たい風に吹き付けられ寒さに身を固くした。

 遠くに見える魔王がいる岩山は誰であろうと近づく事が許されない場所のようだ。騎士達は決戦へ向けて慌ただしく動き回り、モーガンやイーサンもそれぞれ役目を果たすべく準備を進めている。

 

 彼らは勇者となるライアンと共に決戦の場に行くのだと緊張し、そしてそれを誇らしく思っているようだ。

 

 私はそこには行けない…ここで彼と離れてしまう。

 

 歯を食いしばり泣き出したい気持ちに抵抗した。泣いたって何も変わらない、これ以上一緒にはいられない。この胸の痛みを泣いてごまかしたくない。忘れたくない。

 

 体の震えが止まらなくて拳をキツく握っているとふわりとマントをかけられギリギリと張りつめた気持ちがふと緩んだ。

 

「冷えてるぞ。」

 

 ライアンが自分のマントを広げ私を包み込んだ。

 マントの中で私の手を自分の手で優しく包み込む。

 

「そう怒るな。」

「怒ってない。」

「力を抜け。冷たくなってる。」

 

 固く握りしめた震える私の手をほどき繋いだ。大きくて強くて温かい手だ。

 

「戦うのが怖くないの?」

 

 一瞬だけ見たあの龍が魔王なら、ひと目で私は動けなくなるだろう。

 

 繋いだ手を離すと彼はそれを差し出す。

 小刻みに震えるライアンの手を初めて見た。

 

「今頃になってこうだ。情けないよ、死ぬのが怖くなった。」

「当たり前の事だよ、誰だって死にたくない。」

 

 その手に触れ指を絡ませると、もう片方の手も重ねて包み込み、ライアンの反対の手もそこに加わった。

 

「こうすると温かいな。」

「そうね。」

「ユキともっと早くこうしておけば良かった。」

 

 ライアンが私の手の甲にくちびるをつけた。

 私は繋いでいた手を解くと彼の頬に触れ、彼のくちびるに私のくちびるで触れた。

 

「まだ遅くないかも。」

 

 ライアンは私を抱き寄せるともっと深くキスをした。

 

 人目も憚らず求め合いゆっくりと離れた。彼は離れ難そうに私の頬を両手で包み込み濡れたくちびるをそっと親指でなぞった。

 

「続きがしたければ無事に帰って来る事ね。」

 

 そう言うとライアンはふっと笑った。

 

「約束だぞ。」

「約束ね。」

 

 ニッコリ笑ってライアンから離れると背を向けて振り返らず立ち去った。

 

 

 

 

 

 すぐにシルバラへ送り返される事になった。

 

 見送りに彼は来ない。

 私も会いたくなかったからホッとした。

 

 カトリーヌがレブを連れて来ていて満足気に私に笑いかける。

 

「なんとか決戦に間に合ったようだ。全くまどろっこしいったらなかったよ。」

「私を利用したんですか?」

「文句あるかい、ライアンを立派な勇者に育てる事が先人としての役割だ。アイツは自分の事をおろそかにするきらいがあってなかなか仕上がらなかった。が、もう心配ないだろ。ちゃんと役目を果たして、無事に帰る事だろ。駄目ならまたやり直せばいい。死んじまったらお終いだからね。」

 

 ライアンの成長の為に私は使われたらしいが、それもどうでもいい。

 魔法陣に乗せられレブにカトリーヌの屋敷の地下まで送られた。彼はすぐに引き返し、私はしばらく立ち尽くしていたがゆっくりと階段を上って行った。

 

「お帰り、そろそろだと思っていたよ。」

 

 エクトルが出迎えてくれた。

 

「ただいま帰りました。全て計算ずくって事ね。」

「全てではないが予感はあった。ライアンがあんなにひとりの女性を気に留めた事はこれまで無かったからな。」

 

 並んで歩きながら出口へ向う。

 

「彼の役にたったならいいわ。」

「辛い役目だったか、すまなかったな。」

 

 エクトルにポンポンと背中を叩かれると我慢していた涙が溢れた。

 

「お前は強い子だな、泣かずに帰って来たのか。」

 

 優しく抱きしめられしがみついて泣いた。

 

「ライアンの前で泣きたくなかったの。大事な決戦を控えていたし、それに、」

「それに、なんだ?」

「いい女でいたかったの、カッコつけちゃった。」

 

 エクトルはその言葉を聞いて笑った。

 

「きっとライアンは胸を撃ち抜かれた事だろう。ユキを誰かに取られまいと死もの狂いで戦って帰ってくるな。」

「そうだと良いけど。…エクトル、その手をそれ以上下げたら蹴り上げるわよ。」

 

 背中をポンポンしてくれていた手がいつの間にか腰まで下がっていた。

 

「バレておったか。」

 

 彼の手は再び背中へ戻っていった。

 

 

 

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