第106話 出陣まで1
待機室へ行くとベルトを外しポーションを補充した。
「一本よこせ。」
一緒に部屋に入って来たライアンはポーションを手にすると雑に私の顎に手を当て横を向かせると耳にかけてきた。
もう少し丁寧にして欲しい、でもそんなとこ怪我してたんだ。
「ふふっ。」
モーガンが面白そうに私達を見ている。
「なんです?」
ライアンがムッとして振り返る。
「いや、仲が良くて羨ましいと思ってな。」
そう言えばモーガンは独りになったばかりだ。
私とライアンは顔を見合わせた。こんな時ってなんと言えばいいのかわからない。
「すぐに次の相手を父親が見つけてきますよ。」
まったく気の利かない無神経な事をライアンが言った。
「馬鹿ね、なんでそんな事いうのよ。もっと他に言いようがあるでしょ。」
「だが前のだって政略結婚だったんだぞ。騎士団の息子という地位によって来ただけだ。モーガンだって利用価値があると思ったから承諾したんでしょう?」
そうだ、こいつ結婚に意味を見いだせない奴だった。
「まぁそうだが、それなりに情もあった。」
「だったら今度はご自分で探されたらどうですか?」
私がすかさずそう言うとモーガンは驚いた。
「自分で、か…それも面白そうだ。だが見つかるだろうか?ユキにはフラレたぞ。」
それを聞いたライアンがギョッとした。
「私は平民ですから。貴族同士で探せばいいじゃないですか。」
「私には汚点がついたからな、難しいだろう。」
自分で結婚相手も探せないなんて…あ、私もか。
自分の事もなんとも出来ないのに人の事言ってる場合じゃなかった。
モーガンは寂しそうな背中を丸めて帰って行った。
「ちょっとは慰めてあげたら良かったのに。」
「慰めるってどうするんだよ。」
ライアンが面倒くさそうな顔をして言った。
「そうねぇ、美味しい物食べながらお酒飲んだり、一晩中話し聞いてあげたり。」
「そんな無駄な事したくない。」
「兄弟でしょう?」
「オレが出来る事はした。」
あぁ、ライアンが貴族になるからモーガンは許してもらえたんだっけ。父親に上手く乗せられたのかも知れないが、それしか手がなかったのだろう。
「いつここを出るの?」
「まだ先だ。」
ライアンはどっとソファに腰を下ろし伸びをすると寝転んだ。
なんだか懐かしい感じがする。彼はいつもソファを陣取って寝ていた、もうこんな姿は見られないのだ。
「お貴族さまがなんて格好してるの。」
「うるさい。毎日毎日、堅苦しい言葉でまだるっこしいやり取りばかりでうんざりだ。」
「もう音をあげるの?」
「戦う前から気力が削られる。いっそ早く魔王が現れないかと思う。」
平民で冒険者の彼には作戦会議や騎士団の指揮はともかく、物資の手配、他国への根回しなど戦いに直接関係のない事柄全般は鬱陶しいだけなのだろう。
「そんなに暇なら付き合ってよ、レベル上げ。」
「ダンジョンは面倒だから、訓練場ならいいぞ。オレも体を動かしたい。」
ソファから体を起こすと早速部屋を出て行った。
あれから数日、ライアンは城での用が済むと帰ってきて私の相手をしていた。
会議のストレスを解消するかのように結構ハードに打ち込まれ、私は毎日クタクタになっていた。ライアンはご機嫌で私を打ち負かすとスッキリとした顔で帰って行く。
「もうー!ムカつく。」
訓練場にばったり倒れ込み、まったく勝てない私はイライラがつのる。
今夜もクタクタになるまで鍛えられ、軋む音が聞こえてきそうな体を引きずりシャワーを浴びに行った。
先にシャワーを終えていたライアンが事務所に寝転がっている。軽く睨みつけ行き過ぎようとすると廊下の向こうの扉が開きイーサンが入って来た。
「ライアンはいるか?」
「事務所に、どうしたんですか?」
問には答えずイーサンは私の横を通り過ぎ事務所にいるライアンに話しかけた。
「城へ来てくれ、エストート国とデルソミア国の国境に現れたようだ。」
ライアンは飛び起きると剣を腰に差し私をチラッと見るとイーサンと一緒に出ていった。
すぐに出発という事はないだろう。
だがいよいよだ…
私はシャワーを浴び、髪を拭きながら部屋へ帰って行った。
ドマニがひとりで買ったばかりの机にむかい紙に何か書き込んでいて、私が帰ってきた事に気づくと顔をあげる。
「お、今日も負けたか?」
「負けた…進んでる?」
ドマニは最近、字を覚えようと頑張っている。買い物するくらいは大丈夫だが手紙を書いたり本を読んだりはまだ難しいようだ。
自分の財産を管理するためには必要だとジェイクに聞いたらしい。
「ここあってるか?」
「うん、あってる。でもここは違うわよ。」
「あ、そうか。飯はキッチンにあるぞ、オレは先に食った。」
「えぇ…一緒が良かったのに。」
「明日は待っててやるよ。今日は腹減ってたんだ。」
そう言うとまた勉強を続けた。
最近あまり相手にしてくれない。どうやらエリンの所以外にも働きに行っているようだ。
財産があってもきっちり真面目に働くなんて、きっとちゃんとした親に育てられたんだろう。
仕方なくひとりで食事をしながら魔王戦の事を考えていた。
エストート国とデルソミア国の境とはいえ多分、エストート国を攻め込む形になっているだろう。
デルソミア国の者がイグナツィと組んでいる。騎士が絡んでいる以上国ぐるみだとして、まずは手近な隣国から攻め始めたのだろうか。
昨夜、結局ライアンは戻らず。エストート国の様子が気になった私はカトリーヌの屋敷へ向かった。マルコがいるなら何か知っているかもと訪ねのだ。
「誰かいますか?」
ドアを開け声をかけたが返事は無かった。
中へ入りカトリーヌの部屋へ行こうとしたが、廊下の突き当りの倉庫から何か物音が聞こえそちらへ向かった。
地下の魔法陣がある所から話し声がし、どうやらレブが誰かといるようだった。階段をおりるとそこにエストート国のレジナルドがいた。
「おぉ、ユキ。久しぶりだな。」
ちょっと疲れた様子でこちらへ来ると階段を上ってきた。
前に会ったときは軽いながらも元気そうだったが流石に魔王戦が近い為、憂鬱そうだ。
「国境へ行かなくていいんですか?」
「行ったさ、だからプラチナ国へ共同戦線の要請に来たんだよ。」
「ひとりで?」
「あぁ、エストート国の勇者に準ずる者はオレだけだからな。」
そのまま廊下を進んで行くレジナルドを追いかけながらレブを振り返った。
「レジナルド様をお迎えに行っておりました。魔王戦の為の共同戦線の取り決めは勇者とそれに準ずる者に限られております。」
どうやら貴族が絡むと利権や優位性を持ち出し話が進まず、魔王と戦うまでに時間がかかってしまうという歴史があり、魔王戦に限り勇者達に権利が与えられるらしい。
平民出身の彼等なら民への被害を最小限にする為に素早く戦略を達成すべく戦術を練る事が出来る。
「なんでオレが勇者に準ずる者の時に魔王が出てくるかねぇ。」
レジナルドは貧乏クジを引いたように言った。
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