第105話 許可

 シャワーの音がして目が覚めた。

 

 ライアン、帰ってきたのか。

 

 窓から外を見ると少し空が白んでいる。

 

 エストート国へ魔王出現の可能性を知らせに行ったはずだが、話し合いは上手くいったのだろうか?

 

 音が止むのを確認してシャワーへ続くドアをノックした。

 

「いいぞ。」

 

 しばらくして中から声がしドアを開けた。

 上半身裸で濡れた髪を拭きながらライアンがこちらを見ている。

 

 シャツくらい着てよ!

 

「どうだった?レジナルドには会えたの?」

 

 見事に鍛えられた体から目をそらし横を向いた。

 

「まぁ、一応な。エストート国王は信じ難いって感じだったが準備は進めるだろう。」

 

 それぞれ騎士団を指揮する為に時間が必要だろう。

 

「エクトルには会ってきたの?」

「あぁ、今回の戦いの最終的な勇者を決めておかないと混乱を招くからな。お前…」

「なに?」

 

 ライアンは私をジッと見つめる。何か言いかけたが視線をそらして私に背を向けた。

 

「この戦いの前に、オレの父親はセオドアだと発表する事になった。モーガンには後を継がせないらしい。」

「そう…ライアン様って呼べばいいの?」

「そんな事はどうでもいい。」

 

 彼はこちらを見ないまま自分の部屋へ続くドアを開けた。

 

「本当についてくるのか?」

「行くわよ、嫌かもしれないけど。」

 

 ライアンは後ろ手にドアを閉めながら言った。

 

「嫌な訳じゃない。」

 

 バタンとドアが閉まり彼の姿は見えなくなった。

 少しの間、閉められたドアを見つめた。

 

 彼は貴族になるんだ。もう以前の様には関われない、わかった?私。ちゃんと理解しろ!

 

 自分に言い聞かせて部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 数日は何もなく過ぎて、暇な私はダンジョンに潜ろうとしていた。

 

 ライアンは毎日城へ向かっているようで朝早くから行って、夜遅くまで帰って来なかった。

 顔を会わせる事も無く、ただシャワーの音が聞えて帰ってきているのを確認していた。

 

 最ダンも休業のままで時折、冒険者がやって来て諸事情により再開は未定だと告げると、他国同様プラチナ国の最ダンも無くなるのかとガッカリして引き揚げて行った。

 

 騎士団に所属しているイーサンやファウロスも何かと忙しいようで一向に顔を出さず、勿論マルコやカトリーヌ、ケイ、レブまで誰一人として最ダンに顔を出さなかった。

 

 本来ならひとりでダンジョンに向かうのはイケナイだろうがいないものは仕方がないと、上級へ向う準備をしているとふらりとモーガンがやって来た。

 

「モーガン様、お元気は…無さそうですね。」

 

 顔色の悪い彼に何を言ったところで響かないだろう。

 

「久しぶりだな、ユキ。ダンジョンに潜るのか?」

「えぇ、時間あります?見ててもらっていいですか?」

「それは構わんが、私で良いのか?ライアンやお前を殺そうとした者の子だぞ。」

 

 おどけたように笑ってモーガンは言った。

 

「勿論、私はモーガン様を信用してますよ。少なくとも私は殺さないでしょ?」

 

 ベルトを着けメイスを持つと待機室から訓練場へ出た。

 モーガンも付いてくると私を上級へ送り出してくれる。

 

「聞いたぞ、方向音痴だそうだな。」

 

 私はニヤリと笑う。

 

「そうなんです。道を間違った時の咳は一回でお願いします。」

 

 すぐに転送されて上級のダンジョンを進みだした。

 モーガンが『所在発信用魔石』を起動させたのか声が聞こえる。

 

「油断するな、危険を感じたらすぐに知らせなさい。ユキが帰るまでここで見ているからな。」

 

 低音の良い声が頭に響く。

 

「ありがとうございます。お暇なんですね。」

「まぁな、数日前まで自室で謹慎処分、ライアンが貴族になると決まってやっと出られた。命を狙ったのに助けられたのだ。」

 

 ボソリと話す感じは堂々としていた以前とは別人のようだ。

 

「彼だってわかってますよ、モーガン様が命を狙った訳じゃないと。貴族という社会の歪みのせいなんじゃないですか?」

「歪みか…」

 

 モーガンは小さく囁くと黙り込んだ。

 母親が犯した罪のせいで息子が不利益を被るなんて、息子を思っての行動なんだとすれば皮肉なものだ。

 

「ゴホンッ。」

 

 分かれ道を右に進もうとした時、咳が一つ聞こえた。

 

「そういう所、律儀ですよね。好感持てます。」

 

 左へ進みながら話すとモーガンはフッと笑う。

 

「妻とは離婚したんだ。もう出世も望めないから私でも良いんじゃないか?」

「あら、なんの事ですか?」

「ライアンは貴族になるのだし、もうここにも来なくなる。お互いひとり者だ、誰にも何にも遠慮する事はないであろ?」

 

 出くわした三体のオークを倒し、息を整えるとまた走り出した。

 

「誰かに遠慮されていたんですか?それならそのままの方が良いんじゃないですか?毅然として落ち着いた感じが素敵でしたよ。」

 

 ファウロスや他の貴族達のように適当な相手にちょっかいをかけるなんてらしくない。

 

「貴族として、騎士団長の息子としての矜持を保たねばならなかったのでな。今はすっかり気楽になった、ゴホンッ。」

 

 おっと、間違えたか。

 

 また行きかけた別れ道を反対へ進もうと引き返し別の道へ入った。

 

「ゴホンッ。」

「え?こっちじゃないの?」

「そっちは今来た道であろ、本当に酷いな!」

 

 モーガンは抑えきれないという感じでしばらく笑っていた。

 

 

 

 

 

「何やってる!」

 

 レベル41がそろそろクリアかという頃突然ライアンの声が頭の中に響いた。

 

「お帰りなさい、もうそんな時間?」

 

 数体のゴブリンを倒してひと息つくとゆっくりと歩き出した。

 

 どうやらライアンが城から帰ってきたらしく、モーガンが待機室にいるのに気がついて私がダンジョンに潜っている事がバレたようだ。

 

「何をそんなに怒っているのだ?ユキは凄いぞ、色々な意味で。」

 

 私に付き合って数時間、全く道を覚えない私に呆れたり、軽く魔物を倒す事を喜んだりしてすっかりお疲れな感じのモーガンがライアンに話している。

 

「オレのいない所でダンジョンに潜るな。こんなに進んで、どうせモーガンに何かさせてるんだろ?」

「ゴホンッ…」

 

 私は行きかけた道を反対へ方向転換した。

 

 タイミング悪いな。

 

「まったく…モーガンも何故付き合うんですか?」

「お前はユキにこうしてやった事が無いのか?結構楽しいぞ。おっと、ゴホンッ。」

 

 また間違えたよ。

 

「やるわけ無いでしょう。ユキ、早くあがれ!話がある。」

「えぇー!せっかくここまで来たのに〜。」

「文句を言うなら連れて行かない。」

「どうせ文句を言わなくても連れて行かないんでしょ。」

 

 私は前回の事を持ち出して言った。

 

「はぁ…連れて行く。だから帰ってこい。」

「ホントに!?」

「早くしろ、そこ、ゴホンッ。」

 

 間違った道を訂正され私は無事に魔法陣へたどり着くと訓練場へ戻る方へ乗った。

 

「どうだ、面白いであろ?」

 

 モーガンがライアンに楽しそうに言った。

 

 

 

 訓練場へ入ってすぐにレベル41の認定をして満足感に浸っていた。

 

 待機室から出て来てちょっと不満気なライアンに嬉しさを隠さずに話しかける。

 

「レベルも上がったし、ライアンが戦う時もついていけるし、今日は良い日だねぇ。」

「まったく、なんでこんな奴を連れて行くって言うんだ。」

 

 どうやらエクトルあたりに説得されたんだろう。

 

「条件がある。」

「ええ!まさかレベルが足りないとか言わないでよ。」

「それはいい。とにかく、騎士団の中隊長が来る範囲までだ。これ以上は引けない。」

 

 私は首を傾げた。騎士団の事を持ち出されてもよく分からない。

 

「中隊長クラスだとそうだな、魔王決戦の場の最前線ではあるが決戦の場には行けない。」

 

 モーガンが私が理解出来ていないのがわかったのか説明してくれた。

 

「そんなの意味ないじゃない!ライアンが魔王と戦う時について行くって言ってるのに!」

「馬鹿な事言うな、魔王戦は誰もが自分の命をかけて戦うんだ。ほとんどの者が命を落とす。オレだってどうなるかわからない。」

「それくらいわかってる。」

「わかってない、この前の龍を見て震え上がっていたお前じゃ身動き一つ出来ずに死ぬだけだ。」

 

 確かに、アレは見ただけで体が動かなくなった。絶対的に敵わないと細胞レベルで恐怖を感じた。

 

「一度は体験したんだから二度目は大丈夫よ。」

 

 強がってみたが顔は笑えなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る