第54話 始末

 そもそも最初にしくじったのはオレだ。

 ファウロスがすごい剣幕でディランを引きずり待機室に来た時に詳しく話を聞きべきだった。ヘラヘラ笑う奴にムカついたがどうせ平民の言い分は通らないと思い後で処理しようとした。事を荒立てればユキが晒し者になる。

 

「未遂だったからと言って許されると思うなよ。」

 

 ファウロスの言葉に安堵し様子を見る為に事務所へ向かった。

 

 まだ物品倉庫か…怪我は無さそうだとファウロスは言っていたが…

 

 ノックをしたが返事が無い。

 いつもその手の事にも冷静に対処していたあいつの事だ、今回も大丈夫だろうと思って軽い気持ちでドアを開けた。

 

「ユキ、入るぞ。」

 

 物品倉庫は魔石が散乱し積んであった木箱が崩れていた。

 こちらに背を向けるユキの肩が小刻みに震えていた。

 

「ライアン、休んでたんじゃないの?」

 

 明るく話そうとしているようだが声が震えている。ドキッとした。

 

「さっきマルコさんに呼び出されたんだ。」

 

 答えながらゆっくりと近づき震える肩に触れると彼女はビクリとした。うつむき振り返るユキのブラウスを握る手は青白く震えていた。

 

「ボタン…とめられない…」

 

 かすれる声でそう言った。冷たい手を解かせボタンを止めようとして胸にポツリとアザがあるのが目についたがそのまま閉じるとそっと抱きしめた。

 声を出さずに泣く彼女がいじらしく思え、何故か胸の奥がザワザワとし落ち着かない気がした。何とか自分を抑えユキが泣き止むと抱きしめていた手を離し、部屋を出た。

 

 何をしたにしろ奴の処分は決まった。後は機会をうかがうだけだ。

 

 待機室に戻るとファウロスが奴を騎士団に連れて行った後だった。

 しくじったと思った。騎士団に行けば詳細を聞かれ公の場で話し合いが持たれる。そうなれば奴を始末するのに時間がかかる。待機室にユキが来た時すぐにポーションを飲ませて証拠を消そうとしたが失敗した。焦ってモーガンの前で言ったことが悔やまれたが結果、アウロラの手によってユキが何をされたのかがわかり愕然とした。

 

 このままで済ませるわけにいかない。

 

 

 

 王が仕切る中話し合いは行われたがディランがユキを侮辱した時は自分を抑えるのに苦労した。師匠がいなければとっくに首をへし折ってやっただろうがなんとか奴は生きたまま退場して行った。

 

 ユキが泣き止まず、カトリーヌが怒鳴り散らし、最後はマルコがユキを連れ帰った。

 

 

 

 

 

「それで、ディランはどうなるんだい。」

 

 カトリーヌは優雅にお茶を飲んでいるが気持ちは収まっていないようだ。

 

「午後にも北の僻地に向け立つだろう。途中まではモーガンが引き連れていくから間違いはなかろう。」

 

 父である騎士団長セオドアが国王の後ろに立ちながら答えた。カトリーヌが意味ありげに片眉を上げたが何も言わずにカップを口に運んだ。

 

「これで良かったのであろ。ファウロスとモーガンが騒いだせいでどうなる事かと思ったが予定通りか。明日から最ダンは三日間の休みだ。それで何とか出来るであろ。」

 

 アレグザンダーが面倒くさそうに言ったあと振り返った。

 

「お前の息子共は私を何だと思っておるのだ、人使いが荒すぎる。」

 

 まさか王自ら出てくるとは意外だったが彼を動かせる人物は限られている。

 

「お言葉ですが王を巻き込んだのは師匠ですよね。」

 

 オレは静かにお茶を飲むエクトルを見た。さっきは怒りでキレそうなオレをずっと抑える様に鋭い視線を向けられていたが、今は何故か項垂れ元気が無い。

 

「ワシの花嫁が…」

「花嫁って、なんの事です?」

 

 意味が分からず尋ねるとカトリーヌが代わりに答えた。

 

「コイツはユキにプロポーズして関係を結ぼうとしてたんだよ。」

「はぁ?何してんですか師匠!オレはユキを弟子にしてやってくれって頼みましたよね。そうでないとユキには後ろ盾が無くて立会人も選べないからと!」

「関係が結ばれれば良いんだから結婚で良かろう。」

「良いわけ無いでしょう!それでどうしたんです?」

 

 急にカトリーヌが極上の笑顔を見せた。

 

「アレは私の弟子もんだ。勝手に手を出すなよ。」

 

 オレは頭を抱えた。

 

 寄りによってカトリーヌの弟子…ユキ、お前詰んだぞ。

 

 

 

 冬が近づき吐く息が白い。

 あまり時間はかけられないな。オレは怪しまれても別に構わないが周りがうるさい。

 

 一列に並んで騎乗し進む騎士達の中程に見慣れたモーガンの姿が見えた。

 森を抜け山岳地帯へ向かうのだ。本来ならもっと先まで待った方が良いだろうがこんな奴に時間をかけるのが惜しい。

 それはモーガンも同じだったらしい。一瞬こちらを見た気がし、オレが先回りをし待ち構えていると早速ディランだけが一人、馬が暴走したのか必死に手綱を操りながらやって来た。馬は崖の手前で止まった。

 

「クソっ!ツイてない。なんで私が僻地なんかに行くんだ!」

 

 馬の暴走に腹を立てたのかグチグチと言いながら鞍から下りた。

 

「ここで待てば良いだろ、どうせ通るんだ。」

 

 気持ちは収まらないらしく舌打ちしながら馬を繋ぎ近くの石に腰をおろした。

 オレは潜んでいた陰からゆっくりと出て行くと奴の前に姿を現した。

 

「だ、誰…ライアンか、脅かすな。何故ここに?」

 

 そう言った瞬間、奴は全てを悟ったのか真っ青になって飛び上がると後ずさった。

 

「ま、待て、私はちゃんとユキの望み通り謝罪したぞ。それに金も、渡したままだ、まぁ、アレでは使えんだろうから交換してもらうよう父上に言っておこう。」

 

 わなわなとし何度も躓きながら必死に逃げる様はみっともないだけで同情の余地は無い。

 オレはスラリと剣を抜くと奴に向けた。

 

「待ってくれ!頼む!二度としないし近づかない。」

 

 泣き叫び命乞いする奴を見ても怒りしか湧いて来ない。

 

「もう遅い、アイツに手を出した時にお前は終わってたんだ。」

 

 軽く一太刀振ると静かになった。倒れた奴の腕を掴んで引きずり崖から落とし繋いだ馬を放すと立ち去った。後は魔物がなんとかしてくれる。

 

 すぐにモーガンともう一人がディランを探しに来たようだが馬の暴走で崖から転落という事になるようだった。厄介者の三男が事故で死亡、父親のルーベンも体裁が守られ文句は無いだろう。

 

 腹が減った…カーティでも買いに行くか。

 

 隠しておいた馬にまたがると王都シルバラへ急ぎ引き返した。

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