第55話 モテ期

 マルコに連れられ馬車で最ダンまで戻って来た。誰もいない訓練場を通り待機室へ入るとイーサンとファウロスが同時に振り返った。

 

「ユキ、お帰り。疲れたであろ。」

 

 イーサンが優しく笑いかけ手を取るとソファへ座らせてくれた。

 

「どうなったのだ?まさか奴の言い分が通ったのでは無いだろうな!」

 

 ファウロスがイラつきながら問い詰めてくる。

 

「これこれ、そんなに急かすもんじゃない。明日から三日は最ダンも休みだ、時間はあるんじゃからゆっくりと聞いてやれ、ワシは用があるから後は頼むぞ、仲良くな。」

 

 マルコはそう言うと私をの顔をチラッと見た後どこかへ出かけた。

 

 ファウロスはまたすぐに口を開こうとしたがグッと我慢し口元に力を入れていた。その姿がおかしくてプッと笑ってしまう。

 

「聞いてくれても良いですよ。イーサンにもファウロス様にもご心配お掛けしましたから。」

 

 私が笑った事で二人共気が緩んだのか笑顔になった。

 

「大丈夫そうだな、納得いく結果が得られたのか?」

 

 イーサンが優しく微笑む。

 

「まぁ、納得とは行きませんが謝罪は受けました。ファウロス様を絡めて壮大な作り話をされた時はどうなる事かと思いましたけど。」

 

 私が苦々しく思い返しながら言うとファウロスが首を傾げた。

 

「私を絡めてとは?」

「ファウロス様が嫌だからディラン様の愛人になって追い払ってくれと頼んだって。」

「はぁ!?奴は頭がおかしいのか?ユキが愛人になるわけが無かろう!」

「はい、私は愛人にはなりません。向いてないです。」

 

 キッパリ言い切るとイーサンの笑顔が一瞬固まった。気づかないフリをして笑いながら金貨の話をした。

 

「丸めたのか…いくら入っていたのだ?」

 

 ファウロスが恐る恐るという感じで聞いてきた。

 

「数えてませんけど…これくらいかな?」

 

 私は自分の両手で丸くボールの形を作ってみせた。

 

「小金貨であろうし…三千、いや五千ほどか…」

 

 イーサンが貧乏人らしく金貨の大きさから金額を推測した。私は驚いて立ち上がった。

 

「そんなに入ってたんですか!?」

「わかってなかったのか?普通見るだろ。」

 

 ファウロスが呆れて言った。

 

「それだけあれば借金が精算できて余裕さえあったのに…」

「初めから受け取る気がなかったのであろ、ユキらしいではないか。いつも金のことは後回しだ。」

「そのおかげで借金まみれですよ!最初から受け取っていればカトリーヌさんの弟子になる事も無かったのに。」

 

 弟子という立場が謎すぎて漠然と怖い気がしている私はポロリと不安を口にした。

 

『カトリーヌの弟子!?』

 

 二人が声を揃えて叫ぶのを聞いた時、何故かライアンが笑った気がした。

 

 

 

 上級のダンジョンにいるのは残すところ二組となった。その内の一組は例の冒険者三人パーティだ。確か前回はレベル44だと言っていたが今回もそれに迫る勢いの現在レベル40、レベル51以上まで行けば次はレベル50からの再入場が可能だが恐らく人工的にダンジョンが作られているのはレベル59まで。

 後は実在するダンジョンや魔物の棲家に送り込まれるのだからここで取れる一般の最高位はレベル59までだろう。

 きっとそこから先に行く人は、依頼料金の高い国からの討伐依頼を受けたり勇者を目指したりする人だ。

 多分ライアンもそこに入るのだろう。ヒュドラの討伐にも平気で行ってたし、カトリーヌの手伝いという形を取っていたが別に一人で倒せそうだった。おおやけにしてないがエクトルの弟子だし騎士の中ではライアンの強さが薄々うすうす噂になっているようだし。

 

 待機室にポンと軽い音がし、また一人の上級にいた騎士が自主的に脱出してきたようだ。騎士は訓練場に誰もいない事を不審がったが打ち切りだと説明し手続きを終え帰って行った。後は冒険者だけだ。

 

「もう少しですかね?」

 

 また次のレベルに進んだ冒険者の光を見ながら私が言うとイーサンは少し伸びをしながら首を振る。

 

「順調そうだ、まだであろ。」

「そうですか、お茶いれますね。」

 

 もしかしたら明日までかかるかもしれない。

 

 私は給湯室へ行くとお湯を沸かし始めた。

 

「ユキ。」

 

 振り返るとファウロスがいた。

 

「ファウロス様、なんですか?」

 

 ちょっと疲れていたので一人にして欲しかったが無理だったか。

 

 彼は少し遠慮気味に話し出す。

 

「お前、…貴族になる気はないか?」

「へ?何を言い出すんですか?私は平民ですよ。」

 

 疲れているせいか眉間にシワを寄せ睨むようにファウロスを見た。

 

「養子になれば貴族として扱われる。」

「ファウロス様の子になれと?」

「違う!!どこか他所の貴族に養子で入ってオレと結婚しろと言ってる!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴るように告られた。いや一足飛びに求婚されたのか。

 さすがの私も一気に顔が熱くなった。

 

「何をバカな事言ってるの!!私は平民なのよ!貴族と結婚とか考えられるわけないでしょ!!」

 

 燃える様に熱くなる頬を両手で押さえ言葉使いも追いつかない。

 

「だから貴族となれば可能だと言ってる!そうすれば今回の様な事も起きない。」

「今回のような事はもう起きない!私も気をつけるしそうなる前にぶん殴るって決めたから!」

 

 ファウロスは狭い給湯室へ入って来ると近寄った。

 

「だ、だが借金もあるしここで働く限りこき使われる。私と結婚すれば働かなくてもいいし危険な目にも合わせないし、と、とにかく…結婚、してくれ、ないか?」

 

 真剣な面持ちで求婚されちょっと困ってしまった。今朝、エクトルから求婚された時は即決で断れたが今回は違う気がした。

 

 独身の若い男、今の所他に女の気配はない。まぁよく知らないけど。

 

「急に言われても…」

「私がお前を…気に入っていたのは…わかっていただろう。」

 

 じわりと近寄り真剣に見つめられる。

 

「それは…でもそこまでと思ってなかったし、」

「だから今、ここで言っている。」

 

 また一歩近づき私はシンクを背に追い詰められそれ以上に下れない。

 

「だけど、貴族とは…い、嫌だし。」

「お前も貴族となれば周りの見る目や扱いも変わる。そうすればお前の考えも変わるやも知れん。」

 

 ファウロスは両手を広げ私が逃げられないようにシンクに手を付き囲うとぐっと迫った。すぐにそこに彼の顔があり、今にもくちびるが触れそうだ。

 

 ヤバい、ドキドキしてきた…

 

 私は顔を横にそらした。

 

「それは…そうかも知れない…けど。」

 

 そう言うとファウロスはそっと頬に手を添え前を向かせるとぐっと顔を寄せキスしようとしてきた。

 

 待て待て待て、考えろ、貴族だけどまだいい奴っぽい、今のところ私が好きみたいだけど先のことはわからない、お金持ちだけど、だけどだけどだけど…

 

「やっぱり無理です!」

 

 くちびるが触れる寸前、グイッと腕を伸ばすとファウロスの前から逃れ訓練場へ出た。振り返って給湯室を見ると入口のすぐ横の壁にイーサンが立っていた。まさか私が飛び出してくるとは思っていなかったようで驚いた顔をしている。

 

「趣味悪くないですか?イーサン!」

 

 ファウロスに迫られたドキドキと逃げ出した気まずさ。それを見られてしまった恥ずかしさでつい口調はキツくなった。

 

「すまない!聞くつもりは無かったんだが、」

 

 焦るイーサン。

 ファウロスがうつむき加減で給湯室からスッと出てくると何も言わず事務所の方へ消えて行った。多分帰ってしまったんだろう。

 

「ほら!ファウロス様が帰っちゃったじゃないですか!」

 

 私は責めるようにイーサンに言った。

 

「それは、ユキに振られたせいだろ。」

 

 イーサンがちょっと笑いながら言った。

 

「イーサンに聞かれてなかったら帰らなかったかも知れないじゃないですか!」

「それは無い、ユキに振られて平気で仕事が出来るとは思えない。」

「だからって笑う事ないじゃないですか!」

「だが奴は最初にユキに失礼な事をしたんだぞ、そいつが振られれば馬鹿なやつだと思うだろ。」

 

 冷たく言い放つイーサンはまだファウロスに怒っていたようだ。

 

「はぁ~、それはそうかも。でもあんなに真剣な顔されたら…考えちゃいます。」

「まさかファウロスに少しでも気があるのか?」

「あったら断りませんよ。だけどここのところ色々あり過ぎて…誰かに頼りたい気持ちにもなりますよ。」

 

 そう言うとイーサンが何か言おうと口を開きかけ一歩私に近づいて来たので背を向けると事務所へ足を向けた。

 

「ちょっと一人にして下さい。すぐに戻ります。」

 

 返事も聞かずに立ち去った。

 

 まったく、あっちもこっちも。

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