第52話 弟子

 契約の印が出来上がったらしい石に血を登録するように言われエクトルが針を用意し刺してくれた。

 

「せっかくのワシの花嫁が…」

 

 悲しそうな顔のエクトルは無視され私の血が石にポタリと落ちると小さな魔法陣が浮かび上がり契約は成立したようだ。

 

「この首輪は外すんじゃないよ。」

 

 言い方って大事だよね。ここではペットとか飼わないのかな?飼っても首輪とかないのかな?

 

 まるでカトリーヌの奴隷になったような気分でペンダントを首にかけた。

 

「ちなみにカトリーヌさんの他の弟子って…」

「師匠と呼びな、お前が一番弟子だよ。」

「えぇ!?あのヒュドラの時の人達は?」

「アレは罪人だよ。昔悪さをした魔術師のうちそこそこ使える奴を契約で奴隷にして使い放題さ。役に立てば待遇がよくなり自由時間も与えられるがこちらの言う事には無条件で服従。」

「弟子と奴隷は違いますよね。」

「勿論違う、弟子はいつでも師匠の言う事に二つ返事で従うだけさ。」

「言い方が違うだけじゃないですか?」

「そうかい?じゃあ、奴隷の印に変えようかね?」

「いいいいいいいえ!結構です!弟子でいいです!弟子にして下さってありがとうございます!」

 

 弟子は契約解除出来るって言ってた。コレが終わればすぐに解除してもらおう。

 カトリーヌ怖すぎる!

 

 

 

 

 改めて三人でテーブルを囲う。

 カトリーヌが優雅にお茶を飲む姿は相変わらず美しく貴婦人のようだ。

 

「師匠って、平民ですよね?」

「そうさ。」

「とってもお綺麗なんですけど…」

「お前は正直なようだ、いい弟子だね。」

 

 機嫌よくニヤリと笑う彼女は美しいが悪役にしか見えない事は黙っておこう。

 

「エクトルも平民ですよね。勇者もそれに一緒に魔王を倒しに行った師匠も平民って騎士団は何をしてたんですか?魔王出現って国の存亡がかかってるんですよね?って言うか魔王ってなんですか?」

 

 シンと静まり返った部屋の中になんとも言えない空気が漂う。

 

 何か聞いちゃいけないこと言ったのかな…

 

「魔王というのは簡単に言えば高い知能を持った強い魔物だ。種族にも寄るが魔物の中に稀に人と匹敵するくらいの知能を持つものが現れそいつが強い力を手に入れると魔王になる。」

「何をもって魔王と呼ばれるんですか?強いだけじゃ判別出来なそうですけど?ヒュドラだって強かったですよね?不死だし。」

 

 エクトルの説明を聞いているとヒュドラだって強いじゃないかと思うがアレは魔王とは呼ばれて無かった。

 

「確かにアレも強い方だが魔王と呼ばれるモノは他の魔物を従えて組織立って人を襲う事にその恐ろしさを増す。その組織による犠牲者がおおよそ五千人を超えると要注意とされ各国から監視が始まる。」

「魔王予備軍ですか。」

「そういう事だ。その後監視を続けて危険度が増すなら魔王と呼ばれる前に討伐を試みる。大概はこれで済む。だがやはり稀にその監視をくぐり抜け気がついた時には犠牲者が一万人を超える場合がある。そうなったモノを魔王と認定し各国より勇者と呼ばれる者およびそれに準ずる者が討伐を請け負う事とされている。そこには勿論騎士団も随行し共に戦うが最終決戦は勇者達だけの場となる。騎士団もそこでは力不足なのだ。勇者は特別な力を持っている。だからこそ勇者と呼ばれるのだ。」

 

 いつになく真剣なエクトルの顔は魔王と戦った事がある勇者と呼ばれるに相応しい趣がある。

 

「前にエクトルが唯一の勇者だって言ってましたよね。」

「あぁ、最近は監視の目も行き届き魔王となる前の討伐が成功しているからな。実際に魔王を倒した事があるのはワシらくらいだ。」

 

 エクトルとカトリーヌだけが魔王討伐経験者なんだ。

 この二人って本当に凄い人なんだ。

 

「どうだ?凄いだろ、気が変わったなら今からでもワシのプロポーズを受けても良いぞ。」

「大丈夫です、師匠も同じ位凄い人だってわかりましたから。」

 

 不満気な顔のエクトルは何かに気づくと立ち上がりドアを少し開け誰かと話していた。

 長々と話していたがもう時間が来たようだ。関係の無い話をしていたが頭の隅では今から行われる騎士との会合の事が気になっていた。

 カトリーヌは少し面倒くさそうに小さくため息をつきゆっくりと立ち上がった。

 

「何年、何十年たとうが同じような事が起きてばかりだ。いい加減うんざりだね。」

 

 これまでにも貴族が無体を働くことがあったのだろう。もしかしたらカトリーヌだって何かの被害にあったのかもしれない。

 彼女は少し微笑み私に近づくとそっと抱きしめてきた。

 

「いいかい、私はお前の師匠だ。何があってもお前の味方だから何も心配するんじゃないよ。さ、行くよ。」

 

 そう言うと開けられたドアから出て行った。

 私は戸惑いながらもカトリーヌについて行った。

 胸の奥がほんのり温かくなり心強かった。

 

 

 

 廊下を進むと二人の騎士がドアの両脇に立っている部屋へ連れて行かれた。

 

 警戒がきびしそうだな。

 

 用意された部屋は殺風景で会議室のような雰囲気だ。部屋の左右に分けられて椅子が置かれてあり突き当りの中央にニつの椅子が置いてあった。

 そのうちの一つにエクトルが座り、私達は部屋の左側にあるイスに座った。私の椅子は普通だがカトリーヌが座ったそれは少し離れて置いてあり大変豪華な感じで座り心地が良さそうだ。

 少しすると一人の文官風の男が一人ともを連れ入って来ると私を一瞥した。

 きっとあの騎士の父親だろう。その目は人を小馬鹿にした感じだったがカトリーヌを見てビクッとなった。息を飲み付いて来た共の人に何やら小声で確認しているようだ。

 すぐにまたドアが開くとダンディな騎士と国王アレクザンダーが入って来た。皆がスッと立ち上がる。私も慌てて立ち上がり礼をとる。カトリーヌもゆっくりと立ち上がり礼を取った後またゆっくりと座った。気の所為かアレクザンダーが顔をピクッと引きつらせた気がした。

 

 まさかそれなりの人物が仕切るって国王の事!?

 

「では始めるか。」

 

 国王の横にいるダンディな騎士が低音の良い声でそう言った。

 

 はは〜ん、これがモーガンとライアンの父親の騎士団長セオドアか。なるほど、体格も良く顔も良い。低く響く声は息子に受け継がれているようだ。

 

「お待ち下さい、なぜ魔術師カトリーヌがここにいるのです。」

 

 文官風の男が落ち着かない様子でセオドアに聞いた。セオドアがカトリーヌを見ると彼女は微笑み片眉をあげる。

 

「聞いてないのかい?この娘は私の弟子だよ。最ダンの跡継ぎをそろそろ決めようと思ってね。それで働かせていたんだがね。」

 

 そう言って軽く男を睨んだ。 

 

「だそうだ、ルーベン。そうなると魔術師カトリーヌはユキの後見となるな。」

 

 セオドアの言葉にあの騎士の父親のルーベンは顔をしかめた。

 

「聞いておりませんな、本当ですか?」

「勿論本当だとも、ユキ見せておやり。」

 

 私はカトリーヌに着けられた首輪……ペンダントの鎖を持ち上げると見せた。私の顔が多少不満気だったかも知れないがそこは指摘しないで欲しい。

 

「本物に見えるが、どうする?確かめるか?」

 

 セオドアはルーベンにまるで狂犬の牙を確認するかと聞いているようだった。

 

「いや、もういい。だが決められた時間までまだあるだろう、待ってくれないか。本人がもうすぐ来る。」

 

 その言葉を聞いて急に息苦しくなった。

 

 あの騎士が来るのか…

 

 それまで国王や見知らぬ貴族の前で少し緊張はしていたがそれ以上に気持ちがザワザワとした。

 気づかれないように静かに俯き大きくゆっくりと呼吸し落ち着こうとしたが肺が縮んだように浅い呼吸しか出来ない。

 そこへ誰かが部屋に入って来て、驚いて見るとマルコとライアンだった。

 

「間に合ったようじゃな。」

 

 マルコはニコニコしながら私を見た後カトリーヌの横に座った。豪華なカトリーヌの椅子と違いマルコのは普通の椅子なのでどう見ても女王様と召使いにしか見えない。それでも何だか少しカトリーヌが嬉しそうに見えるのは気の所為か。

 

 ライアンは私の隣に座った。

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