第51話 契約

 中から入るよう声がしたのでドアを開けた。

 

「おはようございます。ユキです。」

 

 前に来た時とは違いエクトルは一人でテーブルに座り静かに朝食を取っていた。

 柔らかい陽射しがカーテンごしに部屋を明るくしていて相変わらず心地よい雰囲気だ。

 

「お食事中でしたか。すみません。」

「そうかしこまる事無いだろ。ここに座って一緒に食べよう。」

 

 ニコニコとしたおじいちゃんに誘われ、まだ朝食を食べていない事を思い出した。

 テーブルには既に二人分が用意されてあって向かいに座った。

 焼き立てのパンに薫り高い紅茶、サラダにオムレツの様な卵料理。まるで転移前の食事を思わせるメニューに嬉しくなりたくさん食べた。

 

「お腹がすいておったのか。良かった、元気そうだ。」

 

 エクトルにそう言われ、昨日からあまり食べていなかった事を思い出した。お昼もポーションを飲んだせいか一口くらいだったし、夕食も食べてなかった。多分、マルコあたりが知らせていたのかもしれない。

 

「大丈夫です、元気ですよ。」

 

 ニッコリ笑って答えるとエクトルは昨日のマルコのように困ったような顔をした。おじいちゃん同士似てるな。

 

「元気そうだが大丈夫ではないな。」

「今回の事ですか?面倒な事になりましたよね、私にはよくわからなくて。皆に心配されて、申し訳ないです。無かった事に出来ればいいんですけど。」

 

 何だか大事おおごとになっている事が気になり落ち着かない。

 

「こんな事をしでかす奴を無かった事にして庇うのか?」

 

 エクトルが静かに私を見た。

 

「庇うとかじゃ無くて、ただ、みんなが大袈裟にするのが何だか…」

「大袈裟じゃない。これほどの事を自分の大事な人にされれば皆が心配して無理ないと思わないか?お前には友人がおらんか?その友人がお前と同じ目にあっても面倒な事になったと言って有耶無耶にしてやるのか?」

 

 友人と言われエリンの事を思い出した。

 

 もしエリンがあの騎士に私と同じ目にあわされたら…

 

「そいつはぶっ殺してやりますよ…」

 

 私の言葉にエクトルはコックリと頷いた。

 

「そういう事だ。お前はまだショック状態なんだよ。自分の事がわかっていない。食事が喉を通らんのも無かった事にしてしまいたいのも、被害を受けた事を受け止めきれてないせいだ。」

 

 そうなんだろうか?

 

「まぁ、今回はライアンが激怒しとるからの。相手もただじゃ済むまい。」

「ライアンが?彼は…モーガンが怒ってるって言ってましたけど。」

 

 今朝そう聞いたばかりだ。

 

「あいつも隠し事が上手くなったようだな。最初にしくじった事が自分の中でどうにも収まらないようだったぞ、その上にお前の様子がおかしかったのにキチンと話を聞けなかった事を後悔していた。相当動揺していたのだろう。いつもならもっと冷静に判断していただろうに。」

「ライアンが動揺?ずっと冷静そうに見えたけど…」

 

 色々考えて後で内密に処理しようと思ってたと言ってた。冷静な判断ってやつじゃ無かったのかな?

 

 私が首を傾げるとエクトルはニンマリ笑った。

 

「ライアンは昔からあまり人を頼らん。ワシはあいつの師匠だが長い付き合いで頼られたのは今まで三回だけだ。一回目はあいつの母親が亡くなる寸前、最期に見舞ってやってくれんかと言われすぐに行った。数日後に亡くなったよ。」

「ご病気だったんですか?父親には?」

「ふむ、母親の希望でワシが知らせて最期には会ったようだ。」

「そうだったんですね…」

 

 母親の為に奔走するライアンの姿が思い浮かぶ気がした。

 

「二回目はユキ、お前の事だった。」

「あぁ、ヒュドラの。」

「時間が無かったからな、カトリーヌに問い合わせた後、ワシのとこにも来て色々調べた。あの時は少し焦っておった。」

 

 そうだ、腕を切って済むかわからなかったって言ってた。

 

「三回目もユキの事だ。」

「今回の事ですか…」

「そうだ。夜中にやって来た。そんな事も初めてだがあれほど怒っておるのも初めてかもな。ここに来る前にモーガンともやり合ったらしい。」

「兄弟喧嘩ですか?!」

 

 二人の関係といえば一歩引いていた感じのライアンに、冷静に対処していたモーガン。喧嘩するほどのものがあると思わなかった。

 

「喧嘩というより意見の相違だな。モーガンは公の場でキッチリ法にのっとり権利を主張すべきだと言ったが、ライアンは内密に処理した方がいいとしてな。ユキを城に来させるのも嫌がっていたし、公の場となれば貴族にさらされるからそれも嫌がっておった。」

「私もそれは嫌ですね。」

 

 何度も同じ話をしたり詳しい話を聞かれたりしたくない。どうせこちらの言い分は通らないと言っていたし。

 

「それでワシを頼り少人数での場を設けてそれなりの人物が仕切ってもらえんかと言ってきた。」

「それなりの人物ですか、…モーガン様の父親ですか?」

「いや、セオドアは騎士団長だからな、騎士のしでかした事を見届け処理する立場だ。仕切るのは無理だろ。それよりお前の言い分を通す為の後ろ盾が必要だ、この人物の立場によって相手方の受け止めようも違う。平民のお前では弱すぎるだろうし、ライアンでは無理だ。」

「だったら…エクトル…様ですか?」

 

 勇者だもんね、様って、つけるべきだよね。

 

「ワシは貴族じゃない、敬称は不要ユキはエクトルと呼んで良い。だが何かおねだりする時は可愛く小首を傾げ『エクトル様、お願い。』って言うのだぞ。」

「ハイハイ。それじゃ、エクトルが後ろ盾になってくれるんですか?」

 

 変なとこは軽く聞き流して、エクトルがこちら側に来てくれるのは心強かったけど、何というか。

 

「そんな事できるんですか?私ってエクトルとなんの関係も無いですよね。脈絡がないというか…ライアンが弟子なのも内緒なんでしょ?」

「あぁ、だからユキ、お前とワシで急いで関係を結ぶ必要がある。」

 

 エクトルは立ち上がると私の方へ近づき跪くとそっと懐から小さな箱を取り出した。

 

「これからはずっと一緒だぞ、ユキ。」

 

 そう言ってパカっと箱を開けた。中には美しい赤い石が輝くペンダントが入っていた。

 

「なんですかこれ!!」

 

 私は驚いてイスから立ち上がり後ずさった。

 

「ユキ、受け取るが良い。ワシの気持ちだ。こうすれば堂々とお前を庇ってやれる。」

「何いってんですか!嫌ですよ!なんでエクトルと結婚しなきゃいけないんですか!」

 

 話し合いを優位に進める為とはいえ結婚って、しかもエクトルと!?ありえない!

 

 グイグイ迫ってくるエクトルから逃れる為に部屋の中を逃げまくった。

 

「これが一番いい方法なんだ。ワシは独身だし問題ない。」

「問題ありまくりですよ!絶対に嫌です!」

 

 私とエクトルが言い合っているとドアが開きカトリーヌが颯爽と登場した。

 

「何をごちゃごちゃ言ってんだ。相変わらず騒がしいね。エクトル、石は用意したのか?」

「カ、カトリーヌ、ちゃんと用意したとも。ホレここに。」

 

 エクトルはそう言って慌てて私に差し出していたベンダントの入った箱をカトリーヌに渡した。

 

「契約の印は一代限りの弟子だ、話は聞いてるね?急遽ではあるがお前を弟子とする。建前としてはお前を次の最ダンの経営者として教育していく為だとする。いいね?」

「は?弟子?カトリーヌさんの?なんの事です?」

 

 ここでは弟子も契約して決まるようで、何某かの宝石を契約の石としそこへ魔術で印を刻み血を登録し成立する。師匠となった者は弟子の行動に責任が生じ被害者の時も加害者の時も立ち会う事が出来る保証人の様なものになれるらしい。

 

「契約…カトリーヌさんと…」

 

 エクトルと結婚するよりずっといいがカトリーヌの弟子か…なんか怖いなぁ。

 

「私は魔術が使えませんけどいいんですか?」

「別にかまわない、最ダンが経営出来ればいいんだから。あくまで建前だし、いずれ頃合いをみて契約解除も出来る。」

「わかりました。エクトルと結婚するよりマシそうです。」

 

 カトリーヌはエクトルを一瞥し箱から石を取り出すと手をかざし何やら唱えだした。

 前にヒュドラとの戦いの場で彼女が魔術を使っていたのは離れた場所だったので、初めて目の前でその姿を見たが悪巧みをする悪役にしか見えないのは何故なんだろう。

 

 

 

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