第48話 戦いの後

 待機室で地図を見ているマルコの側へいった。モーガンは順調に赤い光目がけて進んでいるようだ。途中でゴブリンに遭遇したようだが軽く倒し救助要請をした騎士にたどり着いた。

 

「オーガか、少し厄介だな。」

 

 どうやら騎士が数体のオーガに襲われている事を報告して来た。

 

「援護が必要か?」

 

 マルコが戦い始めたモーガンに声をかけたが返事をする余裕が無さそうだ。

 

「ファウロス、ユキ、念の為行ってくれんか。」

「わかった。行くぞ、ユキ。」

 

 雲行きが怪しいモーガンの元に行く為に私達は初めて二人で上級へ向かった。

 ライアンと行った時には感じなかった不安が湧き上がる。あの時も怖かったけどまだ平気だった。

 救助専用の魔法陣に向かい部屋に入ると階数と転送される場所をセットしたが少し緊張して息苦しい気がする。

 

「大丈夫だ、一人ではないし。お前にはスキルがあるのだろう?」

 

 私が緊張しているのが分かったのかファウロスが声をかけてきた。

 

「たいしたスキルじゃないんですよ。いざという時は見捨てていいですよ。」

 

 諸共死ぬのは不味いだろう。騎士のファウロスなら逃げるくらいはどうにか出来る可能性が私よりは高い。

 

「騎士が女を見捨てて生き残ったなんて考えたくもない。」

「プライドより命ですよ。」

 

 スイッチを押し魔法陣を操作すると私達は上級へ転送された。

 

「屋敷にこもって生きるなんてゴメンだ。」

 

 ファウロスは走り出した。

 

「あら、引きこもりもいいですよ。ご自分が今まで行ってきた悪行を思い出しながら生きて下さいよ。」

 

 必死について行きながらそう言うと不機嫌そうな声を出す。

 

「悪行ってなんだ?」

「初対面の女性の腰を勝手に引き寄せたりする事ですよ。」

 

 ファウロスは黙った。

 

 私は忘れてないよ、勝手に触りやがって。

 

 しばらく無言で進むとグールが二体現れた。ファウロスが一体を斬り倒し、もう一体を私が蹴り倒し踏みつけた。

 

 我ながらグロいわ。

 

「…すまなかった。」

 

 踏みつけたグールのグチョグチョに顔をしかめているとボソッと彼は言った。

 

「はぁ?なんです?」

 

 一瞬なんと言ったのか分からず聞き返すとファウロスは少し気まずそうにした。

 

「だから、無礼を働いてすまなかった。少し緊張していて、それで、何か気をそらせたかったんだ。」

 

 こんなに素直に謝られるとコッチもどうすればいいか分からない。なんか恥ずかしい気持ちになるし。

 

「もう、いいですよ。早くいきましょう。」

 

 ちょっと嫌味を言っただけなのに何だか居心地悪くなっちゃったよ。

 

 また無言で走り出していると通信が入った。

 

「急いでくれ!ワームとトロールだ!!」

 

 モーガンの叫び声が頭に響きザッと寒気が走った。彼のこんなに必死な感じは初めてだ。それに強い魔物が同時に攻めて来るなんて今まで経験が無い。

 

「急ぐぞ!」

 

 ファウロスはすぐさま駆け出した。私もそれについて行ったが本心を言えば怖くて行きたくない。騎士団に所属している上級レベルの二人が手こずっている所に私が行ってなんの役に立つのだろうかと思ってしまう。

 

「お前は怪我人がいたらそれを助けろ。そのまま逃げれたら逃げろ。迷ってる奴がいても足手まといになる。」

 

 見透かされたように言われドキッとした。

 

「迷ってる訳じゃないです。」

 

 そう言ったが実際うろたえているのは確かだ。

 

「別に責めてる訳ではない。戦い慣れて無いのは見てればわかるし、騎士ですら危険な状況に飛び込むのは躊躇する。出来る事をしろと言っているだけだ。」

 

 ムカつく偉そうな奴ではあるがそれなりに真面目で気遣いもある。貴族というだけで嫌な奴だと決めつけ過ぎたかも。ま、初対面が悪すぎたせいだけど。

 

「ありがとうございます。出来るだけやってみます。」

 

 まだ迷いはあるがやれる事をやるだけだ。

 

 

 地面に転がるいくつかのオーガの死体を越えると現場に到着した。

 モーガンはワームに手間取っていた。うねうねと動きまくるその姿はヒュドラを思い出させるが九つの頭はない。あるのは退化した目と大きく開く口だ。大人を飲み込めるほど開いた口を人間えものに向かって突っ込んでくる。油断すればイーサンと同じ目に合うだろう。

 

「来ました!大丈夫ですか?」

 

 モーガンの近くを見回したが救助を要請した騎士の姿が見えない。

 

「マルコさん、騎士の方はどこです?」

 

 地図で『救助要請用魔石』を見てもらった方が早い。

 

「もっと先じゃ。」

「トロールに追われて行った!」

 

 マルコとモーガンが同時に叫んだ。

 

「ここはいいから救助に向かってくれ!」

 

 モーガンはうねるワームの胴をザックリと斬りつけ三分の一ほど千切りながら続けて叫ぶ。

 

「行くぞ!」

 

 ファウロスは躊躇なく指示に従った。お互い慣れた感じの連携が出来ている。流石だ、私ならどっちに行こうか迷ってしまう。

 ファウロスに付いて先に進むとトロールの背が見えた。

 

「またアイツか…」

 

 私が嫌な記憶を蘇らせているとファウロスがフッと笑った。

 

「アレのせいでダンジョンを破壊したと聞いたぞ。どうやったんだ?」

「再現しますか?修理代払って下さいね。」

「いや、止めておこう。話だけで十分だ。」

 

 のっそりとした動きのトロールだが破壊力は半端ない。攻撃を食らったのか騎士はヨロヨロと壁をつたい逃げていた。

 

「気を引くから救助を頼む。ポーションを与えて退避しろ。」

「ポーション飲んで動けるならみんなで戦った方が生き残れますよ。」

 

 ファウロスがトロールの後ろから斬りかかったスキに騎士の元へ行きポーションを与えた。頭から血を流し足も負傷していたのでそこにもポーションをかけると彼は大きく息を吐き剣を握りしめると一人でトロールと戦うファウロスのもとへ向かった。

 

 やっぱり置いて逃げるなんて出来ないよね。

 

 騎士同士戦い慣れた二人が連携してトロールを倒しモーガンの元へ引き返そうとすると彼はこちらへやってきた。

 

「隊長!ご無事でしたか。」

 

 救助された騎士はモーガンに駆け寄った。三人で無事を確認し合い笑顔がこぼれる。

 

「ユキ、怪我はないか?」

 

 モーガンが私にそう言いつつ四人で魔法陣へ急いだ。

 

「私は大丈夫ですけど、モーガン様、ポーション使ってください。お疲れでしょう?また魔物が出たら大変ですから。」

 

 彼は走りながらポーションを飲み次に備えた。

 帰りは何事も無く魔法陣へ戻ると一瞬で転送され無事に帰還した。

 

「今回は大変でした!隊長が来てくれなかったらどうなっていたことか!」

 

 救助された騎士は興奮が冷めず早口で二人に話しかけていた。私は魔石を受け取ると待機室へ戻り書類の手続きも済ませるとホッとひと息ついた。汗もかいたし気が付くと服も汚れている。

 

「マルコさんちょっと事務所へ行ってきます。」

 

 訓練場へ出ると隊長モーガンとファウロスが数人の騎士と何やら魔物について話していた。ワームが出た時はどう対処すればいいかとか、トロールは動きが鈍いから倒す方が良いのか逃げる方が良いのかなど、話が盛りあがっていた。

 それを横目で見つつ事務所へ行き物品倉庫へ入るとドアを閉め着ていたブラウスを脱いだ。

 絞ったタオルで体を拭いていると急にドアが開けられた。ビスチェ姿だったが驚いて振り向くとさっき助けた騎士がシャワーでも浴びようとしていたのか鎧を脱いだ姿で立っていた。

 

「わっ、あの、ここに入られては困ります。」

 

 私は胸元を隠しながらそう言った。それでも騎士は立ち去らず無言で部屋の中に入ると後ろ手にドアを閉めた。

 

 ヤバい…

 

 騎士は血走った目を見開き後ずさる私に手を伸ばしてきた。

 

「止めて!」

 

 とっさのことで慌てて何かにつまずきよろめいた。その瞬間をつき騎士は私に掴みかかり押し倒すと覆いかぶさりビスチェを乱暴に引き下げあらわになった胸をグッと掴まれた。

 

「いや!触らないで!」

 

 ゾワッと寒気がし私は騎士の手を掴みそのまま突き飛ばした。さっきダンジョンに行ったばかりでまだ緊張状態が残っていたので当然スキルが使え、騎士は軽く飛ばされると魔石が入ったは木箱にぶつかり積んであったいくつかの箱がガラガラと崩れた。急いでビスチェを引き上げ立ち上がろうとした次の瞬間ドアが開きファウロスが血相を変えて飛び込んできた。

 

「ユキ!大丈夫か!」

 

 私は胸元を隠しつつ立ち上がった。

 

「だ、大丈夫です、よくわかりましたね。」

「あぁ、コイツが興奮したまま一人でシャワーに向かったのが気になってたし、お前がこちらへ向かうのが見えたから…」

 

 ストーカー行為が役にたったってこと?なんか複雑だな。

 

「来い!覚悟しとけよ、ただでは済まさないからな。」

   

 ファウロスは騎士を乱暴に立たせると部屋から引きずり出し連れて行った。

 

 スキルがあって助かったよ、無かったらどうなっていたことか。戦い終わりの騎士には無闇に近づくなってこういう事なのね。興奮がおさまらず何するか分からないところがあるのか。

 

 怖かった…

 

 

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