第30話 ダンジョンの異常5

 モーガンが私を呼び止めた。

 

「ユキ、そういえばグローブの注文は上手くいったのか?」 

「えぇ、紹介して頂いてありがとうございました。何とかなりそうです、ついでにブーツとキュロットも買う事になりそうです。職人さんに裾が破れて困るって相談したんです。」

 

 黙っていたライアンがこちらを見るとちょっと眉をひそめた。

 

「それで勧められたのか?モーガンが紹介した店なら高級店だろ?大丈夫か?」

「そうなの、でもエリンの知り合いがいて、その娘の彼がそこで職人をしていてまだ新人だから少し安くしてもらえるの。その彼が乗馬用のキュロットが良いんじゃないかって。」

「乗馬用か…」

 

 ライアンが帰ろうとしてドアの側に立っている私をジッと見た。

 

「乗馬用ねぇ…」

 

 モーガンもそう言うと私をジッと見る。

 

「えっと、なに?」

 

 私は二人の顔を交互に見た。何か間違えた?でもまだ決まってないから変更しても大丈夫だよね。

 

「その職人は趣味がよさそうだな。」

 

 モーガンの言葉にライアンも頷く。

 

「確かに。乗馬用ならユキのスタイルにあっている。」

「やっぱりそうなの?私は乗馬用とかよくわからないんだけど動きやすいって言ってたからお願いしたの。デザインが出来たらここに見せに来てくれるからその時に一緒に確認してくれれば助かるんだけど。」

 

 二人共快く引き受けてくれた。やっと兄弟から開放され事務所に戻った。

 今夜は兄弟水入らずで頑張るといいよ。

 

 

 

 

 

「ユキ、起きなさい。何故そんな所で寝ているのだ。」

 

 急に起こされるのに段々慣れてる自分がいるよ。でも今日はイケメンに起され少し気分が良い。

 

「おはようございます、モーガン様。あがりですか?」

 

 きっとボサボサであろう髪を手ぐしで整えつつ起き上がる。モーガンは昨夜、ライアンと二人で当直だった割にそこまで疲れた様子は見えない。

 

「あぁ、マルコが来たから私は帰る。それより何故こんな所で眠っている?昨夜は帰らなかったのか?」

 

 私はざっくり事情を説明した。

 

「金が無くてこんな所で寝泊まりしているのか!?若い娘のする事ではないぞ。」

「そう言われても…次の給料日まではここに居るしかないですから。」

「それにしても…金の都合がつくまで我が家に来るか?」

「えぇ!とんでもない!貴族様の家なんて私には無理です。そこまで甘える訳にもいきませんし。」

 

 私は首がちぎれそうなほど横に振った。

 

「しかしなぁ…」

 

 彼は女性がソファで寝泊まりしてるのがよほど驚いたのかなかなか帰らない。

 

「モーガン、そいつの事は放っておいて下さい。」

 

 ライアンまで事務所に来るとまた私をソファから押し出した。

 

「ちょっと仮眠する。何かあったら起こしてくれ。」

 

 朝のうちは救助要請はあまり来ない事が多い為、休めるうちに寝ておくようだ。

 彼はそのままソファに横になりすぐに眠った。私も追い出されたついでに顔を洗おうと廊下へ出た。モーガンも後ろからついて来てシャワールームの前で心配そうに私をチラリと見たものの小さくため息をついただけで何も言わずに帰って行った。

 身支度を整え訓練場を通り待機室へ向かう。

 

「マルコさんおはようございます。昨夜はマシだったみたいですね。」

 

 私はテーブルの上に置かれた書類を集めると内容を確認した。どれも自らによるダンジョンを脱出したものばかりで平和な夜だったようだ。

 

「これが本来の最ダンの姿じゃな。最近の者は無茶が過ぎるからのぉ。自分の力量を見極めるのも騎士の嗜みなんじゃ。」

 

 マルコがうんうん頷きながらおじいちゃん臭い事を言った。

 

「でも無茶は若者の特権ですからね。」

 

 そう言うとおじいちゃんマルコは苦い顔をした。

 

「まぁ、確かにな。ワシも若い時は無茶したからの。今回は御達しが出たようじゃ。救助要請をしなくても済むよう抑えろと。それにダンジョンの異常な状態を確認し修繕した後に特別に昇段試験の期間を引き伸ばすようじゃ。その時まで来ない者もおるようじゃ。」

 

 壁に映し出された地図を見るとまだ数人の騎士がダンジョンに残っていた。夜のうちに脱出した者も多かったので開店と同時に次の人が入場出来るがこの様子だと来ない人もいそうだ。

 

「いつ改善されるんですか?」

「もう、指令は出ておる。後は魔術師を派遣して現地調査をしてからじゃな。」

「魔術師が魔法陣の修繕をするんですか。」 

「優秀な魔術師によって作られた物じゃが修繕くらいならそこらの魔術師でも大丈夫じゃろ。問題は現地がどうなっておるかが気になるの。」

 

 マルコはいつになく真剣な顔だ。

 

「現地に何かあるんですか?」

 

 このダンジョンにいる魔物は国中のどこかに存在していてそこから魔法陣によって強制的に送り込まれている。つまりここの魔物に異常があるという事は国内の魔物に何らかの変化があるという事だ。送り込まれる個体数は制限されているものの個々の変化はわかるようになっている結構便利なシステムだ。国内の魔物を王都にいながら減らす事ができ、なおかつ異常を素早く感知出来る。

 今回は制限されているはずの魔物の数が設定より多かった事が大きな変化だがこれは明らかに人為的な匂いがするらしい。

 

「現地に着くまで数日かかるじゃろからそれまでレベル15は閉鎖じゃが再開する前既に中にいる魔物はある程度数を減らしておかんとなぁ。まぁ、恐らくスライムとゴブリンだけじゃろからユキに訓練も兼ねて行ってもらうからそのつもりでな。」

「えぇ!めちゃくちゃいましたよ!私が一人で行くんですか?」

 

 予想外の提案に驚いた。

 

 聞いてないよ、レベル15は中級だよ!

 

「流石に一人では行かせんよ、ワシがついて行こう。じゃが魔物の処分はユキの役目じゃぞ、よっぽどの事でもなければ手は出さんからの。」

 

 ひとりじゃないならまだいいか。どう言ったって死にかけたら助けてくれるだろう。

 

 しばらくするとイーサンが鎧姿で待機室に来た。ライアンはまだ寝かせておくようだ。私は店員専用の『所在発信用魔石』を起動させ受信出来る状態にした。

 開店時間が来て私とマルコは数人ではあるがやって来た騎士の受付をし、順番が来ると案内して行った。今日もアウロラはやって来てチラチラと待機室に続く仕切りの向こうを気にしている。

 

「ライアンはいないの?」

「はい、いま仮眠中です。何か御用ですか?」

「あなたに用はないわ。」

 

 相変わらずお美しい顔の眉をキュッと寄せながらカウンターの向こうから訓練場へ入って行った。

 

 ハイハイ、もちろんわかってま〜す。一応お客様なんで聞いてみただけで〜す。

 

 手続きも終了し、ちょうど中級へ一人送りだした時に頭の中でイーサンの声がした。

 

「ライアン、上級に行ってくる。後を頼むぞ。」

 

 声と同時に待機室からイーサンが出てくると救助専用ドアへ入って行った。急いで部屋に戻り既に大きく映し出されてあったイーサンが向かったレベル38の地図を見ているとライアンがやって来た。しばらく地図を見ると眉間にシワを寄せ『所在発信用魔石』をグッと握り話せるようにした。

 

「イーサン気をつけろ。動きが変だ。」

 

 頭の中でライアンの声が響く。どうやら救助を要請してきた騎士が不審な動きをしているらしい。

 

「わかった。移動はしてないのか?」

「大きくは変わらないが…なんだか気になる。」

 

 何でもありの上級だからどんな魔物がいるかは行ってみないとわからない。ライアンはこの前ガーゴイルに当たって剣が折れた。またそいつならイーサンも危険だ。

 行き着くまでに弱い魔物と遭遇したようだが難なく倒しやっと騎士の元に辿りついたようだ。

 

「ワームか!かなりデカい!これは逃げる方がいいな。」

 

 イーサンの騎士を呼ぶ声が聞こえる。こちらにはイーサンの声しか聞こえず騎士がどういう状態かは分からないがどうやら姿が見えないようだ。

 

「いないぞ!『所在発信用魔石』はどうなってる?」

 

 こちらの地図ではイーサンのすぐ近くに騎士はまだ生きてそこにいるはず。

 

「見える所にいるはずだ。」

「チッ、ここにはワームしかいない!」

 

 イーサンが珍しく舌打ちした。

 

「イケるか?」

 

 ライアンが少し心配そうに聞く。

 

「やるしかないだろ。今からライアンがこっちに向かって来ても間にあわんだろ。」

「それならそれでイーサンだけでも帰ってこれる。とにかく向かうから無茶するな。」

 

 ワームは巨大なミミズのような魔物だ。どうやら騎士はそいつの腹の中らしい。

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