第9話 勤務初日4

 昨日から着たままの会社の服からエリンにもらったシンプルなワンピースに着替えて、スッキリさっぱりシャワールームを出た。

 そろそろお昼だ。お腹すいたなぁと思いながら事務所に入るとマルコとライアンが出かけようとしていた。

 

「お昼ですか?私も連れて行って下さい。」

 

 すかさず声をかけるとライアンが面倒くさそうに、

 

「新入りは留守番だ、何か買って来てやるよ。」

 

 そう言って有無を言わさずふたりで出て行った。まぁ仕方ないか、新入りの私は留守番以外何も出来ない。

 待っている間にエリンにもらった服を物品倉庫になっている部屋に置きに行った。ここも雑然としているけど片付ければ私の部屋にしてもいいんじゃ無いだろうか。流石に事務所に寝泊まりして毎朝ライアンに起こされるなんて嫌だ。ソファはないけど毛布くらいあれば寝れるんじゃないかな。

 

 壊すと弁償だと言われた木箱を慎重に移動させながら部屋を片付けていった。木箱には『救助要請用魔石』と書かれたものと『所在発信用魔石』と書かれたものがあった。これをダンジョンに入る人に渡すようだ。

 魔石があるって事はやっぱり魔術があるって事で良いのかな。魔石を使って何らかの仕組みでそれが作動するってことでしょう?電気は無い感じだけど天井にある電灯っポイ物は壁にあるスイッチで灯りはつく。シャワーもあるって事はそういう仕組みがあるんだよね、トイレは田舎にある汲み取り式みたいだったけど匂いはそこまで臭く無かったから下水道もあるのかな?暗くて見えない底がどうなってるかはわからないけど。

 

 物品倉庫をなんとか片付け空間を確保し、自分のスペースを作ると幅50~60センチ程度の空の木箱を物入れ代わりに使おうと横向きに二段重ねて棚のように置いた。

 直に物を置くのは嫌だったのでそこにエリンから貰った紙袋をキレイに畳んで置き、その上に服を並べた。これでよし。

 部屋がキレイになった所で昨日から置きっぱなしのワンピースと会社で借りた服を洗おうと空いたカゴに入れ、それを手に再び洗面所に向かうために倉庫から出た。

 

「え?誰?」

 

 事務所に見知らぬ若い男が立っていた。鎧を身に纏いカゴを手に倉庫から出て来た私を見ると眉間にシワを寄せた。

 

「昼休憩を狙ってきたのか?残念だったな、魔石狙いか、大胆な!」

 

 そう言って素早く近づくと私の腕を掴んだ。

 

「痛い、ちょっと待って!私はここの従業員です。」

 

 絶対泥棒に間違えられたと思い慌てて伝えると

 

「お前何も知らんのか?ここに女性従業員はいない。いるわけないだろ、ここは最ダンだぞ。」

 

 見知らぬ男はキチンとした言葉使い、整った顔立ちでガタイも良く掴まれた腕はビクともしない。多分冒険者か何かだろう。ちょっとカッコイイかも…いや違う、今はそう言ってる場合じゃない。

 

「わかってます。昨日から入ったんです。やむにやまれず…」

「苦しい言い訳だな。ここにいるライアンはそんな親切な甘い奴じゃない。簡単に入れるわけ無いだろ。」

「はぁ、確かに親切で入れてくれた訳じゃないです。脅されて入ったんですから。」

 

 私が苦々しく言うと急に掴んだ手を緩めマジマジと見てきた。…イケメンに見つめられなんだか恥ずかしい。

 

「脅されて入ったって?それは信憑性があるな?」

 

 見知らぬ男がそう言った時、事務所のドアが開き昼休憩に出ていたふたりが帰ってきた。腕を掴まれ間近に見つめ合う私達を見るとマルコは一瞬停止し、

 

「これは失礼、ごゆっくり。」

 

 そう言ってドアを閉めかけた。すかさずライアンが入って来る。

 

「そんな訳ないですよ、マルコさん。イーサン終わったのか?」

「ライアン、この娘を最ダンに入れたのか?」

 

 イーサンと呼ばれた男は掴んでいた私の腕を離すと複雑そうな顔で言った。

 

「あぁ、拾いものだ。マルコさんが連れてきたんだがそいつは…」

「あぁー!!ちょっと!」

 

 私は慌ててライアンを遮った。

 

 コイツいま絶対にアノこと言おうとした。

 

「チッ、イーサンは良いんだよ。いつも手伝いに来てくれてるし、信用出来る。」

 

 なんの事だかわからないイーサンは首を傾げていたが私は首を横に振る。

 

「嫌よ、これじゃ際限なく広がって行くじゃない。秘匿の意味わかってる?」

 

 私とライアンが睨み合うなか、マルコはイーサンから報告を受けていた。

 

「今潜ってるのはレベル35にふたり組、レベル32に単独で、共に冒険者、救助要請の申込みはふたり組の方だけだ。」

「そうかい、仕方ないのぉ。ご苦労さん、次は昇段試験の時に頼むよ。」

 

 そう言って幾らかの銀貨を渡した。

 

「イーサンさんはここの人じゃないんですか?」

 

 ふたりのやり取りを聞いているとここで働いているようだけど。

 

「イーサンは言わば臨時雇いだよ。本職は騎士だ。」

「え!騎士って国を守ってるんじゃないの?その給料が足りないって事?」

 

 私が驚いてイーサンの顔を見ると彼は少し恥ずかしそうに微笑んだ。

 

「私の家は貧乏貴族でな。騎士団だけの給料では家族を養えないんだ。父親が他界してしまい領地もなく、私が母親と妹達を養ってるんだがなかなか厳しくてな。」

 

 あぁ、なんか悪い事聞いちゃったな。

 

「ごめんなさい、私世間知らずで…」

 

 世間知らずって言ってもここの事だけだ。前はちゃんと独りで暮らして仕事もしてた。ここと違ってブラックじゃなかったし。

 

「いや、私の方こそ失礼した。ドロボウ扱いなどして申し訳なかった。」

 

 凄い、普通の人だ。初めて普通の人にあったかも。臨時雇いって事はバイトか。騎士だから腕には自信があるんだろな。

 

「話はすんだか?じゃあ行くぞ。」

 

 ライアンが機嫌悪そうに私に買ってきてくれた昼食が入った紙袋を渡してきて顎で呼ぶ。

 

「行くってどこ行くんですか?」

 

 私が尋ねるとイーサンが驚いた顔をした。

 

「まさか救助要請にも行かせるのか?この娘を?」

「あぁ、そういう条件で雇ったんだ。今は見習いだから見学ってとこか。そろそろ呼ばれそうだろ。」

 

 ライアンが面白そうな顔をした。イーサンは少し困った様な顔で頷いた。確かさっき救助要請を申し込んだのはふたり組の方だと言っていた。何か呼ばれる要因でもあったのだろうか?

 私を連れ廊下に出るとシャワールームの向かいのさっきの訓練場に行った。部屋にはいくつかドアがあるがそのうちの一つを開けて入ると向かいの壁には一面、四角いタイルの様な物が取り付けてありそこに地図のような物が映っていた。仕切りがあって奥にはどうやら受付と思われるカウンターデスク、横の壁には棚があり小瓶が並んでいる。

 カウンターの下には魔石を置いてある引出しや、書類が入れられた引き出し等があった。

 

「ここが受付なんですか?」

 

 私は物珍しくてキョロキョロ見回してるとライアンは地図がよく見える位置のソファに寝転んだ。ここにもソファを置いてある上にライアンが独占してるようだ。

 受付の内側から向こうを見たが客は一人もおらず静まり返っていた。

 

「お客さんは来ないの?」

 

 振り返るとライアンは地図から目を離さず、

 

「客を受け付けるのは通常午前中だけだ。午後からはダンジョンに入場出来ない。」

「どうして?」

「ここのダンジョンの初級者向は入ってから出るまで平均二時間前後だ。つまり朝入れば昼までには終われる。だが中級以上は差が激しくて一概には言えないが朝入ってもその日のうちに出て来れない奴がいる。」

 

 目眩がする、その日のうちに出ないって事はダンジョン内で夜を過ごすって事だよね。

 

「つまり、夜中であろうが早朝であろうが救助要請が来る可能性があるって事なのね。」

「よく気づいたじゃないか。今帰ったイーサンは昨日の朝から来ていま帰ったんだ。もちろん寝てない。」

「交代で寝れば良いんじゃないの?」

「そのまえ三日間はオレが徹夜だよ、三日続くと四日目はここの規則で強制終了、勤務から外される。」

 

 三日徹夜なんて無理、死んじゃう。

 

「お前にそこまで求めてないけど一日くらいは覚悟しとけよ、なんせ人手不足だ。」

 

 ライアンは地図を睨みつけたまま言った。

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