第5話

「はっ、はっ、はっ!!」


 僕がワンツーからのアッパーを繰り出すけれど、ルトゥスの顔はすっと後ろに距離を取る。


「一瞬のチャンスを見逃すなっ」


 下がったと思って追い打ちを掛けようとして前に重心がかかっていた僕に対して、ルトゥスはバックステップの力を反動させて、カウンターを僕の顔に打ち込もうとしてきた。僕は慌てて横へ顔を逸らしてその攻撃をかわす。


「そうっ、それだ。回避と防行、両方が得意なのがバルトの良いところだ」


 褒めてくれているけれど、ルトゥスは攻撃の手数を増やしていくので、その一つ一つに僕は対処していく。無数の攻撃に僕は手を出せずにいたけれど、息をほとんど吸わずに連続攻撃をしていたルトゥスの攻撃がピークを迎え、徐々にスピードが緩んでいく。


(いまだっ)


 ルトゥスの力みが入った右の拳が次の攻撃のために引く瞬間に合わせて、僕は今日一番のスピードの右ストレートでルトゥスのアゴを狙う。


「・・・みごとだ」


 僕の寸止めした右の拳を見ながらルトゥスは動きを止めて、息を整えながらも僕を賞賛してくれた。


「うんっ」


 僕は拳を引く。タイミングがばっちりだったのが嬉しくて、今の状況を脳内でリプレイしながら、身体を動かす。


「その感覚が身に付けば、誰もバルトに勝てないさ」


 僕がシャドーボクシングをしていると、温かく見守っていたルトゥスがアドバイスをくれる。


「けど、さすがルトゥスだよ。僕なら寸止めされても、次の攻撃を放ってしまうと思うけれど、ちゃんと止められるのだから」


 寸止めも難しいけれど、寸止めで負けを認めるのはもっと難しいと、武道をたしなんでいる町のおじさんが言っていたのを思い出した。


「来年は俺も出ようかな・・・」


 ルトゥスもその場でシャドーボクシングをし始める。


「なんなら、今年出ればいいじゃないか。キミが一番を取って、僕の代わりにあの二人を見返してくれれば、僕だってスカっとするんだし」


 右ストレートを打ったルトゥスがピタっと止まる。


「俺は、今年出なくて本当に良かったと思っているよ」


 そう言って、再びシャドーボクシングを始めるルトゥス。さっきまではふざけてやっていたみたいで、今度は拳が風を切る音が聞こえるくらい鋭いパンチを繰り返していた。


(まだ、疲れているのに・・・すごいや)


「なんで、今年は出なくて良かったと思うの?」


 僕も風を切るパンチをしたくて、シャドーボクシングを再開しながら、ルトゥスに尋ねる。


「それは、来年まで秘密さ」


「えーーーっ、教えてよ」


「はははっ」


 その後も稽古を続けたけれど、ルトゥスは笑って教えてはくれなかった。

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