第2話

「こりゃあ…うまそうじゃ」


 ピチピチ跳ねる鯛を見て、思わず喉を鳴らす、門左衛門。

 みんなに見せれば、勘十郎みたいにみんなから尊敬されるんじゃないかと思いながら、手カギを入れようとする。


「殺さないで!」


「うっうわっ」


 鯛が跳ねながら、声を発したので、思わず門左衛門は腰を抜かして尻餅をついてしまった。


「傷つけ…ないで…、逃が…して、こっ…ころ…さ」


 威勢よく跳ねていた鯛もエラ呼吸できないせいか、次第に元気がなくなっていく。

 それを見て、漁師のくせにほとんど魚を釣ったことがない門左衛門は可哀想に感じてきてしまった。


「おめえさは、俺にはもったいねぇ。ほれっ」


 そう言って、門左衛門は鯛を海に逃がしてやりました。


 


 次の日。


「おい、門左衛門」


 門左衛門が振り返ると、勘十郎が一人でいました。


「なぁ、おい。昨日は釣れたか?」


 肩を組んでくる勘十郎に少し呆れぎみだった門左衛門だったが、


「釣れた」


 とだけ答えた。


「おぉんっ!!? まじのすけかっ!?」


 肩組を止めて、身体全体を使ってびっくりする勘十郎。


「ほんで、数はっ!?」


「一匹」


「…なんじゃ、小物か」


 勘十郎が安堵しながら、舐めた言い方をしたので、門左衛門は聞かれてもいないのに言いたくなった。


「…鯛じゃ」


「鯛っ!!!?」


 さっきよりも、びっくりする勘十郎。


「そうじゃ」


「もう、食ったのかっ!?」


「食っておらん」


「じゃあ、見せてくれ」


 門左衛門は勘十郎の顔をじーっと見る。目をぱっちりあけ、口も開けっ放しのだらしない顔。お調子者の顔は言っても信じない気がしたが、


「逃がした」


「はっ?」


(やっぱりな…っ)


「あまりに立派過ぎて逃がしたんじゃ」


 門左衛門が勘十郎の目を見て話す。勘十郎は呆気にとられた顔をしていたが、


「……ぷっ……ぷぁっはっはっはっ」


 笑い転げた。


「あいや、あいや、そうかそうか。逃げたか、ほーん」


「逃がしたんじゃ」


「あぁ、そうじゃったなっ…くくくっ。じゃが、嘘ならもっとましな…」


「嘘じゃない」


「まぁまぁ、必死になるな」


「事実を笑えば必死になるもんじゃ」


 全く信用していない勘十郎に門左衛門は腹が立った。

 勘十郎は様々な女子に「お前が一番じゃけぇ」と言っているのを門左衛門は知っている。それに対して、真面目に生きてきた自分が嘘つきと言われるのは許せなかった。


「まぁまぁ、そんなに真っ赤になって必至じゃからお主はモテんのじゃ。それじゃあ、魚も女も友も逃げていくぞい」


「もういいっ。ほっとけ」


 そう言って、門左衛門は先を急ごうとする。


「まぁ、待て待て。いいことを教えてやる」


 勘十郎はしつこく門左衛門と並んで歩く。


「なんじゃっ」


 門左衛門はしつこいと思いつつも、聞かねば勘十郎が引き下がらない気がして、強めの声で尋ねる。


「女と魚は釣る前には美味しそうな餌をちらつかせるんじゃ。本物でもなくていい。そして、釣ったら餌はやったらあかん。調子に乗るからじゃ。だから、嘘をつくにしても…」


「俺は嘘はついとらんっ!!!」


 そう言って、門左衛門は一喝した。


「おっ、おう…」


「もうついてくんな」


 そう言って、門左衛門は一人歩いて行った。

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