召喚された勇者は魔王陣営のための涙を流す

らんどせるの雪兎

第1話 召喚されたユウシャ

 食パンを咥えて靴の踵を踏みながら家を出る朝。いつも通り職場に行って、いつも通り残業して帰る。なんの変哲もない日常。そんな日常の間に割り込んで来たのは、――訳の分からない光だった。

 足元に広がる円に摩訶不思議な紋様を描いている。突然円の中心から動けなくなった。何処か遠くから鈴の音が聞こえてきた。眩い光に包まれて、意識がホワイトアウトした。



 スマホのアラーム以外で目覚めたのは久しぶりだ。見覚えのない天井を見ながらそう思った。早く会社に行かなければ。自分がどこにいるのか分からないというのに、嫌に冷静にそんなことを考えていた。ベッドから降りようとすると、ドアをノックする音が、2回聞こえた。


「ここはトイレじゃねぇよ」


 つい、いつもの癖で後輩に注意するように言っていた。


「トイレは3回では? いえ、お目覚めになられたようで良かったです。


 鈴のような声だった。綺麗に手入れされた金髪や質の良い生地でできたドレスから金持ちの匂いがする。いかにもなオヒメサマが目の前にいる。それなのに異様に冷静な俺がいる。


「トイレは2回、ノックは3回というマナーですよ。それより、『勇者様』ってどういう事ですかね。」

「貴方様が聖剣の使い手。唯一魔王を倒せる存在。勇者様です。」


 俺の頭がイカれたか、相手の頭がイカれたか。どうやら俺は勇者として異世界に召喚されたらしい。



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