3.

 翌朝のことです。

 ホシミがソファの上で目を覚ますと、ジューッという何かを焼いている音が台所からしてきました。


「……あれ? わたし、げんかんでねてたはずなのに……」


 すると、物を焼く音に混じって女の子の声が話しかけてきます。


「おはよ。台所借りてるよ」

「おはよ……って、あっ、きのうの!」


 ホシミが台所を覗いてみると、そこではきのう家に連れ帰ってきた赤髪の女の子が、ホシミのパジャマとエプロンを(勝手に)着て目玉焼きを焼いているところでした。


「簡単なのだけど、朝ごはん作るから。座って待っててよ」

「あ、うん……ありがと……」


 ホシミはいま小学三年生ですが、ホシミのクラスメイトに比べると赤髪の子は随分落ち着いた感じでした。五年生や六年生なんかと比べてもずっとずっと大人っぽいとさえ思われます。見た目はホシミと同じぐらいなのに……本当に不思議な子でした。

 それはそうと、ごはんができるまでホシミはテレビを見て待っていることにしました。テレビでは朝のニュース番組をやっていました。アナウンサーの女の人が言います。


『次のニュースです。猪苗代町いなわしろまち周辺で観測された発光現象について、国立天文台は火球と呼ばれる明るい流れ星だと──』

「……ねえ、これあなたのことでしょ?」

「んー?」


 赤髪の子は二人分の目玉焼きを盛り付けながら返事しました。そして焼けたハムやトーストも一緒に乗ったお皿をテーブルの方へ運んできます。美味しそうな匂いが部屋を満たしました。


「この火球ってあなたでしょ?」

「……どういうこと?」

「この火球が落ちたところを見に行ったら、あなたがいたんだよ。自分でおぼえてないの?」


 すると赤髪の子は、とんでもないことを言いました。


「いやーそれが、実は記憶なくってね……一体なにがなんだか……」

「えぇっ!?」


 ホシミはびっくりしました。

 記憶がない……それはつまり記憶喪失ってことなんですから。

 アニメやマンガの中ならいくらでも見たことがありますが、実際に目にするのはこれが初めてでした(当然といえば当然です)。

 だから次に、ワクワクしてきました。

 空から落ちてきた女の子が、記憶喪失──それこそまるでアニメやマンガのようだと思ったのです。

 それでホシミは色々聞いてみることにしました。


「自分がだれか分かる?」

「わかんない。名前も住所も忘れちゃった……」

「記おくがないのに、ごはんの作り方はおぼえてたの?」

「忘れたっていっても、料理の仕方は体が覚えてたみたい。でも今までの思い出とか、自分がどこの誰なのかっていうのはわかんないって感じ。ちなみにあなたはだあれ? あたしの知り合い?」

「ううん、はじめましてだよ。わたし春野ホシミっていうの。きのうお父さんの帰りを待ってたらいん石が落ちてきたから、見に行ったらあなたがたおれてたの。だから助けたんだよ」

「そっか……ありがと、ホシミちゃん」

「どういたしまして。えっと……」


 赤髪の子のことをどう呼べばいいか分からなくて、ホシミは少し悩みました。とりあえず何か名前をつけておかないと、これからお話するのに困りそうです。

 ホシミはその子のことをじーっと見てみました。


「えっと、どういたしまして。アカネさん!」

「アカネ?」

「うん。かみも目も赤いから、アカネ。……ダメ?」

「アカネ、か……」


 アカネと名付けられた赤髪の子は、噛みしめるようにそう呟きました。

 それから嬉しそうににっこり笑って、テーブル越しに右手を伸ばしてきました。


「いい名前ね。ありがとう、名前をくれて」

「うん、アカネさん!」


 ホシミはその手を握り返して、アカネと握手を交わしました。

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