第4話 巻き込まれちゃダメなイベントのそれ

自室にて羽鶴はねつる さかえは、幼馴染みである時雨から推薦された図書を読んでいる。

「......っう!!」

本を握る手に力が入る。

「またエロ本かよ!!」


彼女の声が脳裏に響く。

「貴女はもっと淑女になるべきですわ。」

「何なのですの? ギリギリを責める短いスカート、少し胸元を開いてある制服、金髪....クラスの男子生徒達を惑わそうとしているのですか!?」

「貴女はこの素晴らしい本をお読みになって恥じらいを知りなさい!!」


彼女はことあるごとに"miyako"とか言う著者の官能小説を栄に渡してくる。

栄は祖母が外国人で、彼女の両親は日本人顔のハーフの母と、日本人の父なのだが、神様の悪戯か隔世遺伝をしてしまい、彼女だけが日本人離れをした容姿をしている。


頭の後ろで腕を組み天井を見上げる。

「暑いから露出増やしてるだけだって何度言ったらわかるのかねぇ」

机の上に置いた本を手に取りタイトルを眺める。

「この本....ちょっとドキドキしたかも...」

「って! 何言わせとんじゃぁー!!」

思いっきり本を地面に叩きつけた。


「アッ、角潰れた....」



弥呼は栄の影を恐れながら教室へと足を踏み入れた。

「あ〜! やこっちおはー。」

「オ、オハー...」

彼女はこちらへ歩み寄り千円を渡す。

「これ昨日のお金!」

「ア、アリガトウ....」

「危なかったよ〜、何とかお金借りられたから昨日はギリギリ買えたんだ。」


「はい、これ。」

「?」

渡されたのはクリームパンだった。

「転校して来てから、ここの購買のクリームパン食べてないでしょ?」

「めちゃ甘いし美味しいから食べてみな。」

「い、いやでも、私お金払ってない....」

渡されたクリームパンを栄に返そうとするが制された。

「気にすんな! 昨日のお礼に朝7時の焼き立てなんだけどなぁ。」

「ほれパクっといっちゃえ!」

彼女に促され、恐る恐る食べる。

「.....はむ」


「うまっ!!」

栄は弥呼の笑みを見て幸せそうな表情を浮かべた。



昼休み、弥呼の目の前で時雨と栄が言い争いをしていた。

「時雨よぉ、いい加減miyakoのエロ小説飽きてきたんだけど。」

「ブッ!!」

弥呼は口に含んでいた牛乳を吹き出す。

「よく聞こえませんでしたわ。もう一度お願いします。」

「だーかーらー、miyakoのエロ小説飽きたっての!」


「は?」

「何なんだよ、昨日読んだ本も....なんか、その」

栄は頬を赤らめ、言葉に詰まる。

「主人公の幼馴染みと、その母親が、主人公を取り合うって展開!!」

(うわっ、あれ読んだの!?)

(かなり人選ぶ作品なんだけど....)

「こんなもん返す!!」

(しかも、数少ない限定版じゃん! 那智さんどれだけマニアなの....)

「こ、ここここんなもの!?」

「か、角が凹んで.....」

返された本を見て、時雨は涙を浮かべる。



(泣いてる那智さん、可愛い!)

(あたふたしている羽鶴さんの表情もいいわ!)

(はぁ〜ん! この感情、感性を1秒でも早く文字にしたい〜!)


「もう死にたい。死ぬしかないですわ。」

「私の命より大切な作品を貶され、角を凹まされるという恥辱....」

「miyako様にお膳立てが出来ませんわ。もうお嫁にも行けない.....」

栄が鬱状態に陥った時雨を見て呟く。

「うわぁ、病んじゃったよ...」

(いやいや、別に私は気にしてないよ!?)

(お嫁に行ってよぉ〜)


なんとかフォローしなければ、そう思い弥呼は噛み噛みながら言う

「さ、作者さんとしては那智さんの気持ち凄く嬉しいと思うよ....。だからそんなに落ち込まないで...」

「グスン....そうでしょうか...」

「う、うん。」


彼女は涙を拭き、胸の前で手を合わせる。

「そうですわ!」

「私が所属する華道部にいらっしゃってください!」

「只今部員の方を募集中なのですわ!」

時雨が栄を見た瞬間、栄は言う。

「あ〜、私用事あるから帰るわ」


そして逃げるように帰って行った。

「え...?」

「今から夜まで...いいえ! 明日の朝までmiyako様の作品について語り合いましょう!!」

(絶対行っちゃ駄目なイベントぉーー!!!)

(羽鶴さん、用事とか無いでしょ!)

(んもぉ、何が始まるのよ!!)


(てか、帰らせて!?)


急に元気を取り戻した時雨によって弥呼は華道部とやらに連れて行かれたのだった。

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