糸巻きの勇者〜昼寝と手から糸を出すのが特技の俺が勇者として世界を救うまで〜

双葉鳴

第1話 一年遅れの召喚

 茹だるような暑さの中、俺は絶好の昼寝スポットを前に睡魔に唆されるように夢の中へと旅立っていく。


 その完璧なまでの睡眠スタイル故に、渾名が熟睡大王と呼ばれる程。俺はそれを甘んじて受け入れ、睡眠の重要性を教師や生徒会へ説いている。


 睡眠を削ってまで勉強するなんて言語道断!

 人は眠い時に寝る。それが真理と怒られた時の言い訳を考えて眠りから覚めるとそこは見知らぬ天井で。



「どこ、ここ?」



 俺は頬にべったりくっついてる絨毯の跡、涎の染み付いた絨毯を二度見した後、こちらを注視する四人分の不躾な視線に気がついた。



「お前こそなんだ? 一体どうやって現れた?」

「王様! もしかしたらこの人、勇者かもしれません」



 王様、と呼ばれた人物が舐めるように寝起きの俺を見回した。

 勇者? それって勇者召喚とかそういうの?



「なんだ夢か、寝よ」



 そんな現実、あるわけない。

 断定し、即二度寝。

 俺の睡眠導入時間は0,02秒。

 鮮やかに寝息を立てて夢の中の夢へとダイブする。



 ◇



「あ、こら! すいません、処罰はもう少し待ってもらえませんか?」

「“勇者”である貴殿がそう申すのだ。何か事情があるのだろう?」



 素早い睡眠導入に呆れつつも、その身なりに覚えがあるのもまた事実。

 勇者として現代日本より召喚された岡本卓也は、同じ高校の後輩と思しき人物を見ながらそう判断を下す。

 しかし自分が召喚されたのは一年も前。

 一年後に現れたこの少年はいったい何者なのか?

 そう思わずにはいられない卓也である。



「ねぇ、タクヤ。こいつ本当に勇者なの?」

「アリシアお姉さま。人を見た目で判断してはなりませんよ?」

「はいはい。虫も殺さぬ顔して武器が拳の聖女様を妹に持てばそんなふうには思わないわよ」

「クレア、アリシア。お前達はもっと淑女としての自覚をだな」

「はいはい、お父様分かっています。王女らしく、ですよね?」

「わかっているのならいいのだ」



 ◇



「まだ夢の中かよ。ちょっとショック」



 俺は見慣れない天井どころか、布団の中から起き上がり、豪邸かと見紛うほどの室内を見回しながらベッドから這いずり出た。



「残念ながら夢ではないよ」

「誰?」



 気がつけば室内に人影、なんだヤローか。



「僕は卓也。岡本卓也という。県立東雲高校の三年生だ」

「あ、先輩なんですね、ちっす」

「うむ、やはり君はあの学園の生徒か。しかしなぜ今頃この世界ベルセイユへ召喚されたのだろう? それがよくわからないんだよね。僕だけじゃ足りないと女神様のご采配だろうか?」



 何言ってんだこいつ?

 よもや夢の住民と言うには知らない単語が多すぎて頭が追いつかない。



「先輩、ちょっと質問いいっすか」

「そう言えば君の名前を聞いてなかったね」

「平っす。平真。東雲高校の二年生」

「平君か。成る程、続けて」

「ここってそもそもなんなんすか? 勇者とかなんとか言ってましたけど。夢かと思って速攻寝ましたけど、全然夢から覚める気配もないんで」

「ここは僕達のいた日本とは全く別の世界。俗に言う異世界というやつだよ。君もライトノベルやらアニメでそういう世界を題材にしたお話は知ってるだろう?」

「ハァ」

「何やら反応が悪いね。君はここに来る途中女神様に出逢ってないのかな?」

「いや、全然。授業中寝て起きたらここにいたんで」

「イレギュラーか。これは困った」



 先輩は本当に困ったように表情を顰めた。

 まるで俺が寝起きの後の言い訳を考えてる時のような必死さである。


 ノックが数回鳴った後、先輩が許可を出してタイプの違う美少女が二人現れる。

 一人は真っ赤なドレスを着飾った金髪縦ロールのお嬢様。

 そのヒールで踏んでくださいと懇願してしまうような目の吊り上がり具合からサドっ気を感じる。


 もう一方は清楚さを前面に押し出した純白のロープを着飾ったお嬢様。癒し系の見た目でありながらロープを内側から押し出す肉付きの良さからいやらしい雰囲気も併せ持つアルティメットウェポンだ。聖職っぽい格好だけどその胸で神官は無理でしょ。

 早速俺の煩悩を退散させて欲しいと頼み込みたいところである。



「タクヤ、事情は聞けた?」

「ああ、アリシア。どうやら彼は僕と違う経路でこの世界へ送られてきたようなんだ」

「では勇者ではないのですね?」

「まだそこが判明してないから、決断を急がないでくれ」



 何やら揉めてるらしいが、もしかして俺、お邪魔?

 お嬢様の突き刺さる視線が俺を邪魔者として排除するか否かをパイセンに聞いてるみたいだ。



「それでしたら今確かめてみればいい事ですわ。あなた様のお名前を教えてくださいまし」



 ボリュームタップリの胸を眼前に差し出しながら慈愛に満ちた目でそう申された。

 ドキドキと心臓が早まり、作り出された血液が集まっちゃいけない場所に溜まりつつある。



「た、平っす。平真たいらまこと



 だからそっぽを向きながら答えた俺は悪くないと思う。

 こんな凶器ぶら下げてるお嬢様を前に理性を保てるパイセンすげーわ。

 尊敬する。憧れはしないけど。



「タイラ様ですね。では心の中でステータスオープンと唱えてください」

「え、ダサ」

「平君、それはこの世界では禁句だよ。クレアさんに従って」


 パイセンが震えながら俺に従うよう促した。

 もしかしたらこのエチチなおねーさんはつり目お嬢様より怖い存在かもしれない。

 俺は言われるがまま心の中でクソダサフレーズを唱えた。



 そして現れる、俺の能力!



 ◯──────────────◯

 マコト・タイラ

 LV:1

 職業:糸巻きの勇者

 称号:遅れてきた勇者

 HP:10

 MP:100/100

 物攻:0

 魔攻:10

 物防:10

 魔防:10

 ◆固有スキル

 『魔糸精製』『睡眠』

 

 ◇特殊スキル

 なし

 ◯──────────────◯



 うん、知ってた。

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