不思議な幼なじみ

龍川嵐

小林は本当に変わった人だ

「食べ物と家、木、雲、人間などは現実に存在していないかな?」

俺は読んだ本から顔を上げて、小林さんの顔を見ると、小林は林檎を持って、向きを変えながらまじまじと眺める。

窓から紅色を混じったオレンジ色の光に浴びられる小林の横顔に、ページをめくるのを忘れるくらい美しい。

ハッとようやく気づいて、わざと咳払いをしてから聞いた。

「ん?どういう意味?」

林檎から視線を変えて、井上の方を見る。

この目に大発見だと書いているように見えた。

「それは…今まで見てたものは全て偽物かもしれない」

またか、と呆れた表情になって、仕方なくその話を合わせてやるか。

「もうちょっと具体的に話してくれ」

「林檎は赤くて丸いよね。でもよく考えてみるとおかしくない?なぜ林檎は赤くて丸いなの?」

「林檎は林檎だ。当たり前なのに知らないの?」

「もちろんわかってる。でも林檎は赤くて丸いと解釈するのは、本当にそれで正しいだろう」

「その話をやめろ。自分までもおかしくなってしまうから」

「そうね、ごめん。私って本当に変な人だね———」

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

小林は普段、不思議な言葉を発することが多い。だからクラスメイトの人となかなか馴染めなくて、いつもひとりぼっちでいる。

俺の名前は、井上だ。一番後ろの席に座って、いつも一人で読書をしている。俺は人と付き合うのは苦手ではないけど、たまに一人だけの時間が欲しい。一人の時間を得るため、好きでもないのに本を読む。

時々、少しだけ本を下げて、小林を観察する。悪い意味で観察するではない。ただ小林は俺の幼なじみだ。幼なじみなのでちゃんと馴染めているかどうか観察する。幼なじみは助け合いすることが大切だ。

いつも窓の方をぼんやりと眺める。何を見ているかなと、自分も窓の方を見てみたが、何もなくてただ真っ青な空と浮かぶ雲だけしかない。

何もない空を見るより、友達と話した方が楽しいじゃないか?といつも心の中で独り言を話す。

たまにほんの僅かに口を動かしている。集中に耳を澄まそうとすると、「どうして雲と時間は流れるだろう?」と聞こえた。

俺は本は好きではないし、知識を詰め込むようにしていない。だから何も詳しくはないし、その疑問を答えられない。

わからないと思ったら、先生に質問すれば良いじゃないか?あ、でも先生が答えをしても、小林はその答えを根掘り葉掘り尋ねる。先生はお手上げをして、「わからないなら、インターネットで調べろ」と逆に怒鳴った。

小林の性格の問題で、徐々に先生や友達から遠ざけられる。しかし、寂しそうな顔は一つも出なかった。ただ、ぼんやりと過ごす。

大人たちって何の疑問を持たず、今まで身につけた知識と経験をもとにして自分の考えは正しいと思っている。

なせ正しいと言い切れるだろうか、それが疑問だ。この自信はどこから湧いてくるかな?筋道を間違っても、大人は絶対に信念を曲げようとしない。大人って本堂にめんどくさいな。

信念を曲げないのが正義だと言うくせに根拠なく、ただ覚えた言葉を並べて説明するしかできない。こんなに恥ずかしいな大人によくなれたねと、本を読みながらあれこれのことを考える。

「井上?もう終わってるけど?」

左に小林の声が聞こえた。振り向いたら小林が立って待っている。

周りを見渡すと、誰にもいなくなり、二人だけだった。集中しすぎて、時間に気づかなくて、いつの間にか放課後になっていた。

「わりぃ、集中しすぎて気づかなかった」

急いで帰りの支度を始めた。引き出しの中から教科書と本を取って、リュックザックの中に入る。

「ねえ、時間は止まっているかもしれない」

その一言でピタッと手を動かすのをやめた。

「あはは、さっきは林檎なのに今度は時間か」

「だってさ、井上は時間に気づいていないよね。つまり集中力が高まりすぎて、体内時間がピタリと止まっている。物理的時間だけ流れる」

「集中力?物理的時間?また難しい言葉を言ってるな。あー頭が痛くなりそうだ。さっさと帰ろう」

「ちょっと待って。ちょっと実験をしてみない?」

「実験?何の実験?」

「明日から土日で休みよね。今日と明日は両親とも出張でいないので、泊めてきて。あ、井上の母に伝えておいたので大丈夫よ」

「はあ?」

小林さんの家に泊まるのは小学生ぶりだ。中学生に上がると、お互いに思春期に入り、異性に気になり始めて恥ずかしくなった。だから泊まる回数が減り、中2で完全に泊まらなくなった。

しかし、今日は久しぶりに泊まるというキーワードが出てきた。一瞬に喉から心臓でも飛び出そうで、ドキッとした。

「時計なしに2日に過ごしたらどうなるか実験をしてみたい」

「ははあ、なるほど。こういう実験をやりたかったか」

ほっと息を吐き出した。あれ?残念だったか、嬉しいだったか、どっちなのか分からない。

「じゃあ、お家で待ってるよ」

「あ、おう。今から家に帰ってから泊まりの準備をしてから行く」

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

ピンポーンと玄関チャイムを鳴らす。玄関の向こうにバタバタと足音が聞こえて、一歩を下げる。

ガチャリとドアが開けると、私服の小林が出てきた。

「はい、待ってたよ。どうぞ」

「…おう、おじゃまにする」

高校生の小林が私服を着るのを初めて見た。俺の顔に赤くなっていないかと、頬に触れて確かめる。

ガチャッと鍵を閉める音がした。後ろに振り向いたら、小林が玄関の鍵だけなく、チェーンに鍵をかけた。

「おいおい、なんで鍵を閉めるの?」

「時間が分からなくて、今すぐにこの家から出たくなるよね。そうならないように家中に鍵を閉めたわ。それだけなく、外の景色を見えないように外からカーテンで塞いでいる」

「はぁ?それってもはや監獄じゃねぇか!」

俺が不安感と焦燥感に駆けられるが、小林は塩対応でそのまま踵を返してリビングの方に向かう。

はあと、ため息を吐いた。それが小林らしいな。突然、想像もしなかった展開が始め、俺がもうこれ以上に行ってはいけないと阻止したが止められなかった。そして、最後に親に怒られたという記憶がある。

俺も小林に従って、リビングに向かう。

「小林———、あれ?時計がない?」

「うん、時計があると意味がないから」

前に来た時は、時計があったけど、今はない。

「そうだ、スマホで調べば良いか」

今度は、スマホを取り出して、画面を確認したが、真っ黒のままだった。もしかしたら電池をなくなったかと思って、充電器をつけてみたが、残りのパーセントが表示されなかった。

「おいおい、なんで?!!!?」

「ごめん、壊すつもりはなかったけど、実験を行うために一つのスマホを犠牲しないといけない」

「あぁあああ!なんで勝手なことにするか!?<◯▲%#%&」

今までは我慢できる程度だったが、今は鍵で閉め、家の中に閉じ込められ、時計をなくし、スマホを壊し、このような行為はやりすぎだ。俺は冷静さを失い、今までお腹の中に収めた感情が湧き出す。

「お前ってほんまにおかしいな」

「うん、私って変な人だよ」

「スマホを壊すのは普通にありえないわ。お前って人間ではなく、ひょっとしたら猿じゃねぇか?」

「うん、私は普通の人間ではない」

言いたくないけど、駆けられる感情が止まらない。枯渇するまで、喉がカラカラになるまで、意識を失うまで罵倒を言い続ける———。

———30分後———

俺は体育座りをして、膝の上に顔を乗せた。さっきまで小林に罵倒を言ったので、きっと泣いていると思う。なんだか顔を合わせるのは気がますいなと思って、なるべく顔を合わせないように顔を覆い隠した。

肩をポンポンと叩かれた。俺の肩を叩くことができるのは小林だけしかない。泣いているかなと思って、横目を向けると一つの涙も出ていない。

「———なんで怒ってないの?普通なら怒るよね?」

「?」と頭を傾けた。

「怒る?なんで私が怒るの?だってさ井上のせいじゃない。悪いのは私だから。私って変な人なので、井上に迷惑をかけてしまった。だから、私は泣く資格はなんてない」

「……」

小林って表面だけでは正常でいられるところが強い。しかし、内面では罵倒に傷つけられ、泣いている。だから、何の励まし言葉ががあるか探してもなくて困難だ。俺ってダメな人間だ。幼なじみとしては失格だ。

「いや、俺も悪かった。小林に傷つけるような言葉をかけてしまったので…。本当に怒ってるなら、俺を殴ってもひっぱ叩いてもええ」

「本当にいいの?…」

「ああ、1回だけ泣く、何十回でも何千回でもええ」

「…わかった」

小さな声が聞こえ、ギュッと体が強ばる。女子に殴られるのは恥ずかしいけれど、自分が作り出した責任を最後まで持たなければならない。

俺の体を誰かに触られる同時にふんわりと柔軟剤の香りがする。そして、何かの温かいものに包まれる感覚がする。

目を覚ますと、小林に抱きしめられたことを気づいた。

「私は何も怒ってない。訳が分からないけど、人を暴力するのは非道的な行為なので、その代わりにハグする」

「…俺のこと本当に怒ってないの?」

「クスッ、何を言ってるのか分からない。ごめん———普通の人間の気持ちが分からない。私は本当に何も怒ってないよ。大丈夫だよ」

そうだったか、小林は普通の人間ではない。だから普通の人間に気持ちを察してほしいと言われても小林はただ困惑するだけ。

怒っていないのは事実で分かったが、普通の人間と違う小林は誰にも共通のある人がいなくて孤独で生きていると想像するだけでゾッとする。

突然、涙が溢れた。泣きたくて泣いている訳はないけど、自然に涙が溢れてくる。小林に見られるのが恥ずかしいので、涙を堪える。

小林は抱き締めるのをやめないで、ただ黙って抱き続ける。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「悪りぃ、ちょっと精神が乱れてしまってごめん」

「ううん、大丈夫だよ」

「そういえば、今何時だっけ?スマホを壊し、時計もないので」

「私も分からないよ」

「どうやって朝昼夜を知るの?」

「それはね、動物と同じように本能的にすればいい。例えば、お腹が空いたら食べる、眠たいなら寝る。セックスしたいならセックスする」

「おい、最後のところはわざわざ言う必要ねぇわ」

「いや、動物としては当たり前だよ。なんで恥ずかしるの?セックスは子孫を残すために本能的な行為だよ」

「まぁ…小林の言うことは間違ってねぇけど、一応言うけど俺は男だ。セックスの言葉を聞くだけで理性を失いそうなるわ」

「私を襲いたければ襲えればいい」

「アホか、そんなにしないわ。大事な幼なじみなので絶対にやらない。だから安心しな」

ポンっと軽く小林の頭を撫でる。小林はムスッと頬を膨らませた。

「もっと私のことを見て…そして察してほしい」

「へ?何を言った?」

「我慢できないわ」

小林が井上の体を押して、ソファの近くまで向かったら倒す。仰向けの状態になっている井上のお腹の上に乗せた。

「何をしてんの。重たいわ、どいて」

「いやよ。私の欲を応えてもらうまで退かないよ」

「おいおい、待って。俺らはまだ高校生だ。もしかしたら妊娠させたら大騒ぎになるかもしれないのでやめて」

「…いいんだ。大丈夫だよ。今の外の状況はわかってる?」

「外?わかんない。だってさカーテンで閉めてるので外はどうなってるか分からないわ」

「あそう。今から事実を言う。今、99%くらい強力なウイルスが世界中に流行してる。だからここで避難して、ウイルスが入ってこないように設備してあるので安心だよ」

「99%の感染力?今の外にいる人間は…」

「ゾンビのように皮膚の壊死で皮膚が腐り血みどろになる。そして、最終的に亡くなる」

「あ、あそうだったか。じゃあ…生きてるのは俺らだけ?」

「分からない。私のように気付いている人は生き残れるかもね」

「……」

信じられない告白にショックを隠しきれなくて、黙り込んだ。

どうして想像できない危険なウイルスが世界中にばら撒くだろう。

「だから二人で子孫を残すためにしよう」

「……」

「私は知ってるよ。井上は私のこと好きよね」

「え、なんで?」

どうして自分の気持ちを透かれたのか理解できなくて、つい大きなリアクッションを取ってしまった。

小林は髪の毛を軽く触れて、目を閉じる。

「わかるよ。さっきからずっと私のことを見てる。なぜならば私は全体の空間に見ることができるから」

「すげぇ、小林って超能力を使えるか」

「まあ…ある意味で変な人かもね」

「小林も俺のこと好きなの?」

問う勇気がなかった。でも小林から私のことを好きだと知っていると言われた。話すときに露骨がなかったので、ひょっとしたらアリかもしれない。だから、俺は一か八か質問してみた。

小林は目と口を吊り上げ始めた。この表情は初めて見た。かわい———と思ったら

「違うよ。好きじゃないよ」

「えぇぇぇえ!!!?!?なんでやねんか!」

カバっと布団から起き上がった。ハアハアと冷や汗を流している。キョロキョロと周りを見渡すと、時計がある。今の何時は3時だ。チラリと横目を向けると、俺の隣に小林が半胎盤型で寝ている。

「あれ?もしかしたら今まで…夢だったか?」

ガジガジと頭を掻きむしる。怖い夢を見て怯える俺は小学生かと、自分で自分を突っ込む。

再びチラリっと横目を向けて、小林をよく見ると寝顔が可愛いなと思いながら無意識に撫でる。

「可愛いな、小林。おやすみ」

おでこにキスを軽くしてからもう一度寝始めた。

実は———小林は起きている。井上はちゃんと私を見ていないので、起きていることを全く気づかなかった。

顔が真っ赤になる。今だけなく、井上が寝ている間に全部の寝言が聞こえて、穴の中に入りたくなるくらい恥ずかしかった。

小林は起き上がって、井上の寝顔を見て、頭を軽く撫でる。

「私は変な人なのに、好意を持ってくれて嬉しい。私も井上のこと好きよ。っても井上は寝てるよね」

元の位置に戻って、ゆっくりと目を閉じる。明日の朝になると、きちんと井上に自分の気持ちを伝えようと決心する。

実は———俺は目を閉じているけど、起きている。えぇぇえーマジか。俺のこと好きだったか。想像できない意外な展開になって、ドキドキがうるさい。次の朝、なんて顔にして対応すれば良いの?










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