「あんたに負けるくらいなら死んだ方がマシよ」と罵ってくるプライドの高い美少女に勝負を挑んで圧勝したので「好きだ」と言ってみた

本町かまくら

第1話


「なぁ上ヶ原。今度の期末テスト、俺と勝負しないか?」


「はぁ? 万年ビリのあんたと、ずっと一位を取り続けてる私が、勝負?」


「あぁそうだ」


 俺がそう言うと、上ヶ原が俺に見せつけるようにため息をつく。


「あんた、バカじゃないの?」


 これは上ヶ原の口癖だ。


 何かにつけて、俺にこう言ってくる。


 中学生の頃から言っているもんだから、洗練されて切れ味がもうすごい。


「そんなの勝負にならないじゃないの。意味のない勝負だわ」


 二つに結ばれた金色の長い髪を手で払って、もう一度「バカね」と罵ってくる。


 こいつは呼吸をするかのように、人を罵るのだ。


 それもそのはず。


 こいつはどんなことにつけても、その頂点に立っているのだから。


「全国有数の進学校で、昔から一度たりともテストで負けたことがない不動の一位。おまけにスポーツ万能で顔までいい才色兼備。加えて財閥の娘で、リアルお嬢様」


「きゅ、急に何よ」


 不思議そうに顔をしかめる上ヶ原に、にやりと笑う。


「そんな奴がこの学校のド底辺である俺の勝負を断るのか? それってもしかして実は――負けるのが怖いとか?」


 こいつはとにかくプライドが高い。


 だからこれが効果抜群だと、昔から知っている。


「何? もしかして柴崎、私のこと挑発してるの? あんたごときが?」


「そんなことはないよ。ただ、素直にそう思っただけだ」


 もう一度ダメ押しで、舐め腐った顔をする。


 これは俺の得意な顔。いわゆる十八番。


 これをすれば、大抵の相手は挑発に乗るのだ。


「いい度胸ね、いいわよ。その代わりにあんたが負けたら私のいうこと、なんでも聞きなさい!」


「もちろん。じゃあ俺が勝ったら『なんでも』俺のお願いを聞けよ?」


「ふっ。『なんでも』聞いてあげるわよ。どんなお願いだってね?」


 なんでも、というのは実にいい響きだ。


 もとよりそのつもりだったが、上ヶ原本人が言うと、俄然やる気が出てくる。


「だって私が負けることなんて、ありえないことだもの。それに、あんたに負けるくらいなら死んだ方がマシよ」


 普通そこまで言うか?


 俺に対する敗北が死と等しいとか、闇のデュエルでもしてんのかよ。


 まぁおふざけはさておき、俺を舐め腐ってくれている証拠と受け取っておこう。


「じゃあ、ほんとに何でもいいんだな?」


「ふんっ! 好きにしなさい。まぁ、私が負けることなんてありえないんだけどね!」


「じゃあ一か月後な」


「せいぜい頑張ることね! ふんっ!」


 勝利を確信した、不敵な笑みを浮かべる上ヶ原を横目に、俺は瞳の奥をメラメラと燃やしていた。


 命を懸けてでも、この勝負に勝つ。


 なぜなら、どうしても伝えたい言葉があるから。











 毎晩毎晩死を感じるほどの、毎日がまさに死闘のような一か月が終わり。


 テスト当日。


 寝不足でフラフラになりながら登校すると、隣の席で余裕そうに腕を組んでいる上ヶ原の姿が目に入った。


 いかにも自信満々という言葉が似合う面持ちだ。


「あら柴崎。その様子だと、どうやら寝不足みたいね。一夜漬けでもしたのかしら?」


「あぁ。こちとら時間がないもんで」


「ぷっ。あんたがどれだけ頑張っても、私に勝てるわけないのに頑張っちゃって……かわいそうに」


 煽りの天才かこいつは。


 俺も負けじと、不敵な笑みを浮かべた。


「それはどうかな」


 そう言うと、俺の態度が気に食わない様子で「ふんっ!」とそっぽを向いた。


 そりゃそうだろうな。


 今までずっと、中学校からこいつのことをヨイショし続けてきたのだから。


 でも、それも今日まで。


 今回の俺は――ひと味違う。











 激闘のテスト期間が終わり。


 期末テストの校内順位が廊下に張り出された。


 ただでさえいつも騒がしいのに、今日は一段と騒がしい。


 なぜかって?


 それは順位を見ればわかる。



 1位 柴崎俊(しばさきしゅん)    500点

 2位 上ヶ原(うえがはら)花蓮(かれん) 473点



「な…………」


「俺の圧勝だな」


 そう。このテスト、俺の圧勝だったのだ。


 いつも一位でデカい顔をして王座に君臨していたあいつが、万年ビリの俺に負けた。


 それも27点という大差で。


 そんな漫画みたいな展開に、野次馬が黙っているはずもなかった。


「そ、そんな……この私が、こいつなんかに……」


「勝負のこと、忘れてないよな?」


「…………な、なんで、なんでっ!!!!!!」


 上ヶ原は俺を睨みつけて、子供みたいに大粒の涙を目にいっぱいにためてその場を去った。


 そんな元女王の姿に、辺りが騒然となる。


「ま、まさか万年ビリの柴崎が上ヶ原さんに勝つなんて……」


「こ、こんなことあるもんだな……」


「正直、すっきりするわ。上ヶ原いつも偉そうにしてたし」


「泣くほどって、子供じゃないんだからさ(笑)」


 周囲の反応はお構いなしに、俺は上ヶ原を追った。












 上ヶ原は、教室にいた。


 教室に入ろうとしたところで、声が聞こえてきた。


「上ヶ原さんさぁ、あんだけ威張ってたくせに、恥ずかしくないの?」


「ほんといっつも偉そうにしてたくせにさぁ、マジ何様って感じなんだけど」


「女王様気取りで、余裕ぶっこいて奴隷に負けるとか、痛すぎるでしょ(笑)」


「みんなウザいって、ずっと思ってから清々するわ(笑)」


 ゲラゲラと女子数人が笑う。


 なのに上ヶ原は、いつもみたいに言い返さない。


 というより、言い返せないの方が正しいだろう。


 俺は勢いよく扉を開いた。


「ここにいたのか、上ヶ原」


「し、柴崎……」

 

 ウルウルとうるんだ瞳が視界に入る。


「あっ柴崎じゃーん。一位おめでとぉ~。あんたいっつもこいつにボロクソ言われてたんだし、今ここで発散しちゃえよぉ~!」


 その言葉に、俺は女子を睨みつけた。


「ひっ……」


「い、行こ」


 女子たちが逃げるように教室を出て行った。


 夕焼けに包まれた教室で、二人っきりになる。


 俺が近づくと、上ヶ原が弱弱しく言った。


「……あんただって、私のことウザいって思ってたんでしょ?」


 大粒の涙が、床にぽとぽとと落ちた。


「ウザいと思ってたんでしょ! だったら好き放題言いなさいよ! あんたは私に、勝ったんだからッ!!!!」


 悲痛の叫びをあげたその刹那――








「好きだ」








「…………へ?」


 キョトンとした顔をする上ヶ原。


「俺、お前のこと好きだ」


「……わ、私が?」


「あぁそうだ。むしろ大好きだ」


「っ…………!!!!」


 上ヶ原の顔が真っ赤になる。


 そんな姿が、この上なく愛おしい。


「な、なんで……普通、ウザいって……」


「ウザい? あぁー、まぁ、確かにウザい」


「や、やっぱり……! どうせ私なんか――!」



「でも、好きだ」



 上ヶ原の細い腕を掴む。


 用意なんかしてないし、寝不足で今すぐ寝たいけれど。


 言葉がスラスラと、溢れてくる。


「いっつもわがままで女王様気取りだし、めちゃくちゃ罵ってくるけど、だけどそういうめんどくさくてウザいところ全部ひっくるめて――お前が好きだ」


「……どうして」


「だってさ、俺お前が人よりも何十倍も努力してること知ってるから」


 中学校から、腐れ縁なのか割と一緒にいて。

 

 そんな瞬間を、何度も目撃してきて。


 それで、好きにならないわけがない。


「それに、めちゃくちゃ顔がタイプなんだよ」


「な、何よ! 私のことバカにしてんでしょ!」


「してねぇって! ほんとに、心の底から嘘なんて微塵もなく、そう思ってるんだよ」


 言葉だけでは伝わらないと思ったから、俺は上ヶ原の手をそっと握った。


 ビクッと上ヶ原の手が震える。


 震えを押さえるみたいに、力強く握る。


「お前はな、性格も顔も全部ひっくるめて、最高に可愛んだよ」


「っ…………!!!!!」


「だから、好きなんだ」


 その言葉に、上ヶ原は目にいっぱい涙を抱えたまま、耳まで顔を真っ赤にした。


 俺はまた不敵な笑みを浮かべて、上ヶ原に問う。


「この勝負に勝ったら、なんでも一つ言うことを聞いてくれるんだったよな?」


「……そ、そうよ」


 ようやく言える。


 この瞬間のために、俺は一か月間死に物狂いで頑張ったのだ。


 ほんと大変だったよ。お前がずいぶん遠くにいるもんだから。


 でも、この気持ちを伝えるためだけに、俺はこの一か月間大嫌いな勉強を頑張れた。


 お前のことを思うだけで、こんなにも頑張れた。


 それで、ようやく――追いつけた。


 だから、今は――言える。






「じゃあ、俺と付き合ってくれ」






 俺の言葉に、上ヶ原は驚いたように目を見開いた。


 そして口をキュッと結んで、俯いて。


 涙を拭って、目を真っ赤に晴らしたまま、いつもの勝気で自信満々な笑みを浮かべていったのだった。




「しょうがないわね! あんたと付き合ってあげるわ!!」




 上ヶ原のいつもの表情に気持ちが高ぶって。


 俺は気づけば、上ヶ原の口を俺の口で塞いでいた。


 つまり――キスをしていた。


「⁈⁈⁈」


 最初は「ん~~~~~!!!!!」ともがいた上ヶ原だったが、次第に落ち着いて、今度は上ヶ原が強く俺を求めてきた。


 まるで今にも蕩けてしまいそうな表情に、好きの感情が溢れ出す。


 やっぱり、好きだ。


 唇が、ゆっくりと離れていく。


 そして上ヶ原が、「ふんっ!」とそっぽを向いて、顔を真っ赤にして言うのだった。




「あんた、バカじゃないの?」




 二人して吹き出して、そしてもう一度キスをした。

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「あんたに負けるくらいなら死んだ方がマシよ」と罵ってくるプライドの高い美少女に勝負を挑んで圧勝したので「好きだ」と言ってみた 本町かまくら @mutukiiiti14

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