協力
翌日、朝、ヤゾフがヴィクストレームの部屋を訪れた。
ヤゾフが部屋の扉をノックすると、ヴィクストレームは既に起きていたらしく、身支度を整えた様子で扉を開いた。
「おはようございます」
ヤゾフは軽く会釈をした。
「おはようございます」
ヴィクストレームが挨拶を返す。
「では、早速、警察当局までご同行お願いできますか」
「わかりました」
二人は宿屋を後にする。
警察署は宿屋から徒歩十五分ほどの距離にあった。オストハーフェンシュタットの警察署もズーデハーフェンシュタットのそれと同様、クラシックなデザインの建物であった。
ヤゾフが先導して中に入ると、それに気が付いた職員がすぐに奥へ案内する。ヤゾフとヴィクストレームは奥のある小部屋に入ると椅子に座って待つ。しばらくすると現れたのは、身なりの整った男性。
「ヴィクストレームさんとヤゾフさんですね」
男性は丁寧にあいさつをする。
「初めまして、警部のハンス・ノイマンと言います。今回、こちらでローゼンベルガーの捜索責任者をしております」
「そうですか」
ヴィクストレームは無表情で返事をした。ノイマンは話を続ける。
「昨日、ズーデハーフェンシュタットのアーレンス警部から早馬で手紙が着いていますので、事情はすべてわかっています。それと、先日、ローゼンベルガーが“オアーゼ”という食堂に出入りしていると伺いました。そこで、その店を監視をしているのですが、それらしき人物が見当たりません。ひょっとしたら、別の場所に潜伏しているのでないかと、近くも捜索しておりますが、今のところローゼンベルガーの手掛かりはありません。ですので、ヴィクストレームさんがローゼンベルガーが他に行きそうな場所を教えていただけませんか?」
「私とローゼンベルガーは、さほど親しくありませんから、彼が行きそうな場所は全くわかりません」
「彼がどこで働いていたとか、聞いていませんか?」
「いいえ」
「彼とは魔術書をやり取りすることで話をしていたと伺いましたが、詳しく伺えますか?」
「ズーデハーフェンシュタットでお話しました」
「改めてお伺いしたい」
ヴィクストレームはピンと来た。これは同じ質問をすることで、矛盾する点が無いか探りを入れているのであろう。自分がローゼンベルガーについて何か隠している事があるかどうか探りを入れている。
ヴィクストレームは毅然と答える。
「彼が、ヴィット王国で持ち出し禁止の魔術書を持っているというので、返してもらうことになりました」
「彼とは何か交換条件を出しましたか?」
「持ち出し禁止の魔術書をヴィット王国に持ち帰ると報奨金が出るのです。それの一部を渡すということで話をしました」
「なるほど。そもそも、彼と知り合ったきかっけは、どういう経緯だったのですか?」
「私が念動魔術を使うのを見て、彼が声を掛けてきたのです。ヴィット王国の魔術に興味があるということでした」
「念動魔術?」
「ええ、男に絡まれたので、やむなく追い払うのに使いました」
「ああ、その武勇伝は耳に入っています。確か“ムーヴェ”という店でそう言うことがあったとか」
「そうですか」
「あなたは“ムーヴェ”に行ったのですね?」
「はい」
「ローゼンベルガーは“ムーヴェ”に泊まっていなかったのですか?」
「私が声を掛けられたのは、“ムーヴェ”の前ですが、彼自身は“オアーゼ”に泊っていると言っていましたので」
「なるほど、そうですか」
「もし、ヴィクストレームさんが魔術書を手に入れた後はどのようにして報奨金を渡すつもりだったのですか?」
「彼とは、“ムーヴェ”で会って、礼を渡す予定でした。ズーデハーフェンシュタットですぐに魔術書を手に入れるつもりでしたが警察に足止めされたので、彼と約束に間に合いませんでした。それに魔術書は燃えてしまったということなので、礼を渡すことはありません」
「彼と連絡を取る方法は無いのですか?」
「ありません。“ムーヴェ”に行けば、居ると思っていました」
「でも、居ないようです」
「では、私にも彼の居所はわかりません」。ノイマン警部は少々落胆したように言った。「とりあえず、今、お伺いしたいことは以上です。ご協力ありがとうございました」
ヤゾフが付け加える。
「私は、もう少しノイマン警部と話をしていきます」
ヴィクストレームはその言葉を聞くと立ち上がった。立ち去ろうとするヴィクストレームに、ノイマン警部は追加で質問をした。
「そう言えば、宿屋は当面は同じところをご利用ですか?」
「ええ、そのつもりです」
「わかりました。では、道中、お気をつけて」
ヴィクストレームは扉を開けて部屋を後にした。
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