尋問

 駅馬車はズーデハーフェンシュタットの街壁を出てしばらく経って、渡し舟に乗る。グロースアーテッヒ川を渡河するためだ。

 グロースアーテッヒ川は大きな川だ。渡し舟を使って二時間と少し揺られて対岸にたどり着く。渡し舟は駅馬車が桟橋から、そのまま乗船できるほどの大きな船だ。

 駅馬車が乗船し、ヴィクストレームは一旦駅馬車から降り甲板へ上がる。辺りを見渡すと乗船している乗客はさほど多くはないようだ。見たところ帝国軍関係者がほとんどのようで、軍の制服を着ているも者が目立つ。若干ではあるが商人らしき人物も目に入った。


 二時間経ち、渡し船は対岸へたどり着く。桟橋からすぐの一帯は、三年前に帝国軍と共和国軍の最終決戦があったという草原だ。伝え聞くところによると、それは半日の戦闘であったが、双方で四万人以上の死者が出た壮絶な戦いだったという。

 現在はその時の面影は全くなく、のどかな光景が広がっている。

 駅馬車は、再び北東の方角にあるオストハーフェンシュタットへ向かって進み出す。

 しばらく駅馬車が進んだところで、そこまでほとんど会話がなかったが、ヤゾフがヴィクストレームに話しかけてきた。

「ところで、ヴィクストレームさんは、どういった貿易関係のお仕事を?」

「主に食糧の買い付けと、他に魔石や国外の魔術書を探しております」

 ヴィクストレームは答える。ヤゾフが質問してくるようなことは、警察のアーレンス警部から聞くなどして既に知っているはずだ。しかし、あえて質問をしてきているのだろう。

「食糧ですか?」

「ご存知の通り、ヴィット王国は大陸の北にあり、気温が低いため食糧の生産高はさほど多くありません」

「とはいえ、食糧の自給率としては、結構高いはずでは?」

「いざという時に備えているのです。不作になった時に急に動いても、簡単に食糧を調達できるとは限りません。なので、あらかじめルートを作っておくのです」

「なるほど。賢いですな」

 ヤゾフそう言って少し口角を上げて見せた。彼は質問を続ける。

「魔石はともかく魔術書はヴィット王国の方が豊富にあるのでは?」

「ええ、数では王国が圧倒的多いでしょう。しかし、魔術というものは多様です。王国にない魔術もあるので、そう言った珍しい魔術書を買い付けています」

「ほほう。これまでには、どういった魔術書を購入しましたか?」

「ダーガリンダ王国の召喚魔術やエルフの時空魔術ですね。これらの入手はかなり困難でした。値段も高かったですし」

「エルフの魔術書とはそれは珍しいですね。エルフの住む大陸まではそう簡単に行けるとも思えませんが」

「私自身がエルフの住む大陸に行ったわけではありません。エルフに会ったことのある人物から購入したのです」

「なるほど」

「それで、ヴィット王国としては、それらの魔術書をどのようになさるのでしょう?」

「あくまでも研究のためです」

「軍事目的なのでは?」

「我々は平和的な国家です。その証拠に長らく国家としては戦争にも参加していないのはご存知と思いますが」

としてはね」

 ヤゾフは、ニヤリと笑って皮肉を言った。

「何が言いたいのですか?」

「ヴィット王国の犯罪者が国外に脱出し、強力な魔術を使って悪事を働くというのを情報をたまに聞きますが」

「悪辣な魔術師が国外に逃亡することはありますが、それはあくまで個人の犯罪者です。国の意志とは違います」

「しかし、もし、国が方針を転換したら、我が帝国にとっての脅威です」

「そんなことは起こりませんよ」

「それは、どうでしょうか?」

 軍事力でブラウブルン共和国を侵略し占領しているブラミア帝国が何を言うか、と思ったが、ここは言葉に発するのを思いとどまった。変に目を付けられて、帝国に捕らえられるわけにいかないのだ。

 ヤゾフはきつい口調で話を続ける。

「ともかく、禁忌された魔術の管理ができないのであれば、そういった研究はおやめになった方が良いのでないかと、私は考えているのです」

 確かに、ヴィット王国の魔術は他国にとって脅威だろう。ヴィット王国の魔術師を中心とした王国軍が、ブラミア帝国軍と戦えば、おそらくはヴィット王国軍が勝利するに違いない。ヴィット王国は圧倒的な破壊力を持つ魔術を持っているのだ。

「ところで、これは尋問ですか?」

 ヴィクストレームは尋ねた。

「いえいえ。ただの世間話ですよ」

 そう言ってヤゾフは再び口角を上げて見せた。


 途中宿場町で一泊して、駅馬車を乗りついで、ズーデハーフェンシュタットを出発して二日後、オストハーフェンシュタットに到着した。

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