出発

 アーレンス警部とヤゾフ達は、警察署から警察所有の馬車で十分ほどの距離にあるヴィクストレームの泊まる宿屋に向かう。

 馬車がその宿屋の前に到着すると、アーレンス警部たちは馬車を降りた。

 アーレンス警部は宿屋の近くで一晩中、ヴィクストレームの監視をさせていた刑事を二人見つけて声を掛けた。

「どうだ?」

 刑事たちはアーレンス警部に敬礼してから答えた。

「夜に宿屋から出た者はおりません」

「そうか、ご苦労」

 それを聞くとアーレンス警部一行は宿屋に入っていく。受付の主人に確認し、ヴィクストレームが泊まる部屋に向かう。


 アーレンス警部達が目的の部屋の前に到着し、その扉をノックするが返事がない。もう一度ノックすると、ようやく返事がしてガウン姿のヴィクストレームが、少し眠そうにしながら顔をのぞかせた。

「あら、アーレンス警部。こんなに朝早くに、どうかしましたか?」

 アーレンス警部は警察署を放火されたことのイラつきを抑えつつ挨拶を返した。

「おはようございます、ヴィクストレームさん。実は深夜に襲撃されました」

「そうですか。それは物騒ですね。放火犯は誰ですか?」

 ヴィクストレームは表情を変えずに答えた。

「旧共和国の過激派と思われますが、現在捜索中です」

「それで、例の魔術書もおそらく燃えてしまっています」

「なるほど…。魔術書は仕方ないですね。諦めます」

 ヴィクストレームはうつむいたが、その声にさほど残念がったような色がないのでアーレンス警部は少々不審に思った。彼は念のため尋ねる。

「ところで、ヴィクストレームさんは昨夜はどこにも行っておりませんね?」

「ええ…。今、起こされるまで、ぐっすり眠っていたので」

 ヴィクストレームは本当に眠そうに返事をした。

「なるほどそうですか」

 アーレンス警部には彼女の言葉に少々疑問を持った。しかし、外の見張りの刑事たちが誰も外に出ていないというのであれば、おそらく本当なのだろう。

「もう、オストハーフェンシュタットに戻っても構わないのですが、ご相談があります」

「何でしょうか?」

「ヴィクストレームさんに、ローゼンベルガーを逮捕するのを協力してもらえませんか?」

 やはり、捜査協力をお願いされたか。これはヴィクストレームの予想していた通りだった。ヴィクストレームは少し考えたふりをしてから尋ねた。

「協力と言うと?」

「オストハーフェンシュタットの警察当局へ一度出向いてください。あちらの者から具体的な内容を聞くことができると思います」

「なるほど。私は仕事もありますので、あまり時間を拘束されるのは困るのですが」

「その点は、あちらで話してください。お仕事の邪魔にならないようにするように、伝えておきます」

 ヴィクストレームは手を顎に当てて、再び考える仕草をした。彼女は、あまり非協力的な態度を見せるのは得策ではないだろうと思い、こう答えた。

「わかりました。そう言うことであれば、協力します」

「ありがとうございます。助かります。では、まず、オストハーフェンシュタットの警察本部当局へ向ってください。現地の警察関係者から事情を聞かれると思います。そこまでは、こちらのヤゾフがお供します」

 アーレンス警部は後ろにいた男性を指した。目つきが鋭いヤゾフという人物は軽く会釈をした。

 アーレンス警部は続ける。

「オストハーフェンシュタットの警察当局にはローゼンベルガーと、先日教えていただいた“オアーゼ”という宿屋については伝えておりますので、捜査はすでに開始されているでしょう」

「わかりました。出発の準備をしますので、三十分お時間下さい」

 そう言って、ヴィクストレームは扉を閉めた。


 アーレンス警部とヤゾフは、宿屋の一階のロビーで待つ。

 そして、準備の終わったヴィクストレームが荷物を抱えてやってきた。彼女は、いつものようにヴィット王国の特徴的な刺繡の入った民族衣装を纏っている。

 三人はオストハーフェンシュタットに向かう駅馬車を利用するため、まずは、その停留所まで移動することになった。宿屋の前に待たせてあった警察の馬車に乗り込み宿屋から停留所へ。

 しばらく移動し停留所に到着すると、ヴィクストレームとヤゾフが警察の馬車を降りる。

「では、私はここで」

 そう言うと、アーレンス警部はヤゾフに敬礼をした。警察の馬車が去るのを見送って、ヴィクストレームとヤゾフは駅馬車に乗り込んだ。

 駅馬車の乗客はヴィクストレームとヤゾフの二人だけだ。

 しばらくすると出発時間となり、駅馬車はゆっくりとオストハーフェンシュタットへ向け出発した。

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