偽装襲撃
ヴィクストレームが手紙を書き、それを出してから八日経った。
日中は警察による監視もあると想定し、余計な疑念を抱かれないように、街に出かけけるのは食料や日用品の調達で市場で出向くぐらいにしている。
その日の深夜に外が騒がしくなっているのに気付き、ヴィクストレームはベッドから身を起こし立ち上がった。そして、窓の外を眺めると、多くの帝国軍兵士が大声を上げながら一方向へ駆けて行くのが見えた。
窓を開け、その方向を覗くと、夜空をオレンジ色の光が舞っていた、どうやら火災が発生しているようだ。
炎の方向は警察署の方だ。
ヴィクストレームはしばらく様子を眺めていた。そして、窓を閉め、上着を羽織ってベッドに腰かけた。そして、一時間と少し経っただろうか、部屋のドアをノックする音がする。
ヴィクストレームは用心深く扉を開けた。
扉の前に立っていたのは、背が高く、金髪碧眼で面長の男。
彼の名前はニクラス・ニストローム。ヴィクストレームと同じヴィット王国の人間だ。彼は、本来、旧共和国の領内にあるモルデンという都市で活動をしている。
ニストロームは部屋に入ってきた。そして、二人は握手で挨拶をした。ニストロームは表情を変えないまま、用心して小さな声で話しかけてきた。警察関係者がヴィクストレームを監視しているかもしれないと聞いていたからだ。
「これを奪って来るのは、簡単だったよ。ここまでも幻影魔術を使っていたので、私のことが見つかることは無い」
そう言って、ニストロームが手で持ち上げたのは、警察署に保管されているはずの空間魔術の魔術書だった。
「ご協力、ありがとうございました」
ヴィクストレームは礼を言う。
「もらった手紙が暗号だったので、解読に時間が掛かってしまったので、その分遅くなった。申し訳なかった」
「いえ。手紙は帝国の検閲があると聞いていたので、用心をして」
「それでいい。君からの手紙にあった通り、まず警察署に侵入し、この魔術書を探し出し、建物に火を付けた。火事に気付いた警察署の当直の警官たちと、集まってきた帝国軍兵士には、旧共和国派の過激派を幻影魔術で見せたので、彼らの仕業だと思うだろう」
「ありがとうございます。素晴らしい手際です。しかし、これでは、旧共和国派への取り締まりが厳しくなりますね」
「我々には関係の無いことだ。それで、この魔術書はどうする?」
「この後、私はナザッド・ボールック高原の怪物の件を処理しなくてはなりません。なので、それはニストロームさんでお持ちになってください。そして、時期が来たら王立図書館に返還を」
「わかった、いいだろう」
「ところで、モルデンの方はどうですか?」
「例の魔術師アーランドソンの行方はまだわからない。しかし、帝国か旧共和国の領土のどこかに居るのは間違いない。モルデンは戦争で廃墟同然で、復興作業の思ったように進んでおらず混乱しているので、手掛かりを探すのは、なかなか大変だよ」
「そうですか」
その逃走中のアーランドソンという人物は、ヴィット王国で禁止されている“禁断の魔術”を使い、百年以上も生き続けている魔術師だ。国外に逃亡して長年潜伏していたのだが、最近、その消息の情報は入るようになり、ヴィット王国の組織が追跡を開始している。
この案件はニストロームが中心に捜査活動を続けていた。
「これで、空間魔術の魔術書は消滅したことになり、警察が私をここに留まらせる理由はなくなるでしょう。ひょっとしたら、ローゼンベルガーの捜索を手伝えと言うかもしれませんが」
「ローゼンベルガー。この空間魔術を使っている男だね」
「そうです」
「その男も始末しないといけないぞ」
「わかっています。しかし、まだ利用価値があると考えています。彼と高原の怪物の件は任せてください」
「ほほう…。良いだろう、君を信じよう」
「では、そろそろ、私はモルデンに戻るよ。私以外に潜伏しているものが今いないのでね、あまり長く留守にすることは出来ないのでね」
「増員は無いのですか?」
「時期に数名の仲間が到着する予定だ。では、また、近いうちに連絡をする」
そう言うと、ニストロームは扉の方に向かった。
「気を付けて」
「そちらもな」
ニストロームは部屋を出て静かに扉を閉めた。
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